第9話 エリシア、生徒会役員見習いになる
貴族学園での生活は、想像より忙しかった。
しかも私は、放課後は週に2回、王太子妃教育もある。
(会計の本を読みたいのに時間がないわ。
それに、春の新作のケーキも食べたいし)
そして、私をさらに忙しくさせるのは、生徒会だった。
◇
入学してからすぐに呼び出された先は、中央棟3階。
重厚な扉の前で一呼吸。
中からは、低く落ち着いた声と明るい声がしている。
「失礼します」
室内は意外と普通だ。
長机の奥に座るのはレオン様。
左右には3名の男性がいる。
そして、長机の出入り口寄りの席には、マグリット様も座っている。
視線が一斉に向く。
特にマグリット様の視線が鋭い。
「エリシア。よく来てくれたね。
さっそくだが、君を生徒会補佐役にしたい。
学園長からも推薦を受けている」
レオン様の話す内容は、初めて聞く。
それでも、私は微笑みを崩さない。
「私でよろしければお受けいたします」
メンバーの顔を見渡しながら、挨拶をする。
「みなさま、初めまして。
エリシア・アルカディオールでございます。
勉強不足の点も多々あると思いますが、ご指導よろしくお願いいたします」
「副会長のノエルだ。学年は3年だ」
レオン様の右隣に座っていた男性が、そう自己紹介した。
細い緑のメガネの奥、伏せ気味の視線はどこか鋭い。
(本当は、彼が生徒会長になるはずだったのかしら。
初めてお会いすると思うけど、トゲトゲしい雰囲気があるわね。
生徒会長になれなかった悔しさからかしら)
「はじめまして! エリシア嬢。
書記担当のエドヴィンです。
エドって呼んでもらってかまわないよ。
学年は3年だから、1年しか一緒にいられないけど、分からないことは何でも聞いてね」
レオン様の左隣に座っていた男性。
柔らかく整えられた明るい色の髪に、よく笑う目元。
表情は朗らかで、初対面でも警戒心を抱かせない、そんな雰囲気を自然にまとっている人だ。
(人懐っこい笑顔の方ね。
それに、なんだかお兄様に似ている感じがするわ。
今のところ、私に敵意はなさそうね)
「庶務担当のキリルです。学年は2年です」
(特に何も感じないけど、無害っていったところかしら)
マルグリット様は、首を少し前に突き出すだけで言葉は発しない。
挨拶のつもりだろうか。
(公爵令嬢なのに、マナーがなってないわね。
しかも、不満ですっていうのが、分かりやすく顔に出ているわ)
「みなさま、よろしくお願いいたします」
「普通は1年生が生徒会役員になることはないのだが、王太子は特別枠ということだ。
これから3年間は、僕が生徒会長をやることになる」
一瞬、ノエル様の眉がピクリとあがった。
「ノエル副会長、分からないことも沢山あると思う。
私に色々と教えてほしい」
「殿下。もちろんです」
「そして、マルグレットとエリシアも
まだ1年生だけど、将来は生徒会役員になる可能性が高いので、見習い補佐として、働いてほしい」
「はい! もちろんですわ!
レオンハルト様のことをお支えいたしますわ」
マルグリット様が、目を輝かせ、立ち上がりながら高らかに答えた。
(さっきまでと違って、溢れんばかりの笑顔ね。
クルクルと表情が変化して、分かりやすすぎるわね)
「マルグリット。君はその華やかさと社交さを生かして、主に広報を担当してほしい」
「私が広告塔になれば、皆の目を惹くと思いますわ」
(笑顔と首の角度、声のトーン。
自分を可愛く見せるコツをすべて押さえているわ。
さすがだわ)
「そして、エリシア。
君は、我々が見落とすものを拾うことが得意だろう。
数字好きを生かして、会計補佐をしてもらう」
「光栄でございます」
「拾うのが得意って!
淑女らしくないですわね。フフフ。
けど、エリシア様にはピッタリですわ!」
マルグリット様が余計な口を挟んできた。
しかし、私としては、学園の会計を見ることができるのは最高のご褒美だ。
「エリシア嬢、腕試し。
これは、おととしの学園祭の予算案の第一稿だよ。
問題点は?」
突然、エドヴィン様が、一枚の紙を渡してきた。
「ちょ、エド……!」
ノエル様が慌てている。
私は紙を受け取り、ぱらりと1枚めくった。
3秒。
「模擬店用の食材費が二重計上されています。
あと警備費が前年の倍となっています。
これはなにか特別なことがあったのでしょうか?」
キリル様が吹き出し、ノエル様が彼を睨んでいる。
「エリシア嬢。さすがお見事!
一瞬にして穴を見つけたね。
会計補佐としての腕は十分すぎるくらいだ」
「ありがとうございます。ちなみに、これは?」
「あぁ、これは、なんていうのかな。
人間、失敗することは成長の源であることを示す
資料っていうのかな」
「……どういうことでしょうか」
「……これは、僕が1年生のときに、作った予算案だ。
いきなり丸投げされて作ったから、色々と間違いがあった。
それだけだ」
ノエル様が憮然とした表情で言う。
「去年の予算案を作るときに、前年度の参考にしようと資料を整理していたら出てきた予算案です。
改めて見ると、とんでもない数字ですよね」
キリル様が言う。
「でも、1年生の頃に作成した資料は、もっとひどいもので、計算が苦手どころか……という感じです。
今のノエル先輩が作成する帳簿は、かなり改善されています」
大人しそうに見えるキリル様が、ノエル様からの睨みも気にせず話す。
(キリル様には特に何も感じない、無害と思ったけど
毒強めね。でも、嫌な感じはしないわ)
「ノエル殿には、今年は、副会長と兼務という形で会計をやってもらい、エリシアにはそれを補佐する形をしてもらいたい。
いいかね?」
「はい」
私とノエル様が同時に答える。
私はノエル様をチラリと見ると、ノエル様はマルグリット様を、じっと見ている。
「そういえば、僕は、マルグリット嬢の家とは少し縁があるんだ」
ノエル様が、さりげない調子でマルグリット様に話しかける。
「遠縁になるらしい。
昔、お父上にもお会いしたことがある」
話題としては悪くない。
むしろ、距離を縮めるにはちょうどいいはずだった。
だが、マルグリット様は
「あら、そうなのですね」
あっさりと一言返し、それ以上興味を示す様子がなかった。
そんなマルグリット様に、ノエル様は続ける言葉を探すようにしていたが、あきらめたようだ。
(なんだか、色々ありそうね……)
こうして、生徒会役員の顔合わせが終わり、私の忙しい生活に、会計補佐としての仕事が加わった。
学園の授業に王太子妃教育、生徒会。
それに、我が侯爵家の帳簿チェック
……これは、父が
「エリシアなら、これはどう見るのかなぁ」と、私に聞こえるようにつぶやくために手伝っている。
(やることが山積みだわ)
こうして、私の学園生活は始まった。
◇
生徒会での仕事は、基本放課後だが、毎日というわけではない。
ただ、1年生ということもあり、王太子妃教育がなければ、生徒会室に顔を出すようにしていた。
気づけば他の役員たちも集まり、主にレオン様が熱く語ることが多かったが、取り留めのない会話が流れていた。
私は一歩引いた位置で、過去の資料に目を通したり、ノエル様が作った予算案や収支表をチェックしたりしていた。
(チェックと言っても、結局、ほとんど私が作成したようなものだけど)
マルグリット様は、私への敵対心を隠そうとしなかった。
生徒会役員は6名。
なのに、差し入れだと言って持ってくるお菓子の数は、いつも5個であった。
「あらやだ!
私ったら、5個しか買ってこなかったわ!」
「……いただきます(もぐもぐ)」
私は、淑女らしくないと言われようが構わずに、いつも一番に手を出して頂いていた。
「……! だから! なんでいつも、あなたはさっさと手を出すのよ!」
「マルグリット様。さすがでございます。
いつも美味しいお菓子ありがとうございます」
私は、嬉しくて、つい表情管理が甘くなったと自分では思っていた。
「そんな感情のこもってない顔で感謝されても、嬉しくないわよ!」
マルグリット様は、額に青筋を立てている。
(とても感動して感謝の気持ちでいっぱいなのに、表情には出ていなかったのね。
感情を出すのって難しいわね)
マルグリット様が、私に食べさせまいと、幼稚な嫌がらせをしているのは分かる。
けど、なんせマルグリット様のお菓子選びのセンスは抜群で、私の楽しみとなっている。
(次は、何を持ってきてくれるかしら?)
そして、いつものようにマルグリット様がお菓子を5個差し入れ、私がいつものように受け取って食べようとすると
「だから!
あんたのために買ってるんじゃないのよ!」
マルグリット様が、私の手からお菓子を奪い取った。
「あ……」
「6人いるのに5個しかないのよ?!
なんで、あんたがいつも食べるのよ!」
「……いつも一つ少ないのは、レオン様が甘い物がお苦手だから、あえてレオン様分は買ってきていなかったのだと思っておりました」
「え……?」
「まさか、わざと私の分を用意しなかったのですか?」
私は、マルグリット様にそう尋ねながら、テーブルの上に置かれたお菓子の箱の中をじっと見た。
(ブドウにチョコが掛かっているわ。
少しキラっとしているのは何かしら?
食べてみたいわ)
「まぁ、待て。
マルグリットもわざとではないのだろう」
レオン様がマルグリット様をかばう。
「そ、そうですわ!」
「6人なのに5個買う方が逆に難しいですよね」
キリル様がボソリと言う。
「ははは! 確かに!」
エド様が大笑いしている。
ノエル様は怒った顔をして、なぜか私をにらみつけている。
「笑うなんて失礼ではないですか!」
レオン様が注意すると、エド様は笑いながら反論する。
「レオン殿下。1回だけじゃなく、何回もですよ?
そりゃ、わざとではないっていうのは、無理ありますよ?」
エド様が、笑顔のまま、レオン様に話す。
「本当にわざとじゃないなら、単純にマルグリット嬢は、数を数えることが出来ないことになっちゃいますよ?
そう思う方が失礼じゃないですか?」
「……確かに、そうかもしれないな」
「レオンハルト様?! 違うんです!」
マルグリット様が慌てている。
私は、そっと箱に手を伸ばす。
ぱくっ。
(上に乗っていたのは塩なのね。
甘じょっぱくて美味しいわ)
「だから、なんでこんな状況で食べられんのよ!」
マルグリット様のヒステリックな叫びが響く。
明日21時頃に第10話を更新予定です。




