第10話 エドヴィンとの友情
最近は、マルグリット様からの、お菓子の差し入れという定番はなくなった。
その代わりに、今の定番は、レオン様の演説である。
生徒会室では、レオン様が目を輝かせながら理想を語り、それをマルグリット様が賞賛する、というのが定番となっていた。
生徒会室以外では、マルグリット様に加えて、学園に入ってから見つけたらしい側近3名の前で、熱く語っている姿をよく見かける。
「殿下はスピーチが上手いよね」
私が裏庭のベンチで一人お昼を食べていると、たまにエド様が現れてお喋りをすることが多い。
「こんにちは、エド様。
えぇ、レオン様のお話は、人を惹きつけるものがあると思います」
「カリスマ性は抜群なんだけどねぇ」
「けど?」
「……それ以上は、殿下の婚約者の前で言ったら、マズイから言わないよ」
「では、私が勝手に想像しておきます」
「想像に留めておいてね」
エド様は、そういえば、と話題を変えてきた。
「この前の、あの討論もすごかったね」
「奨学金の話ですか?」
「そうそう。
まぁ、あの感じだと、エリシア嬢は苦労してるね」
エド様はそう言いながら、苦笑している。
◇
「僕は、平民にも教育を受ける機会を増やすべきだと思うんだ」
ある日の放課後、いつものように生徒会室でレオン様が演説を始めた。
「平民だからといって優秀ではないわけではない。
機会がないだけだ」
「レオンハルト様は、平民のことまで心配りをなさっているのですね。すばらしいですわ!」
マルグリット様が、いつものように合いの手を入れる。
「うむ。それでね、僕は考えたんだ。
我が学園で、すでに身分を問わずに、特待生2名を受け入れている」
レオン様が言うように、貴族学園では、優秀な平民に対しては門戸を開いている。
そして、選ばれた者は、学園卒業後は王宮に仕えることになる。
「けれど、来年からは、平民から20名を特待生として受け入れるとしたらどうかなって」
「……に、20ですか」
さすがのマルグリット様も顔が引きつっている。
「生徒会推薦の特待生枠があるだろ?
それを来年から20名枠に増やして、平民にも機会を分け与えようと考えているんだ」
エド様は、残念そうな目をしている。
ノエル様の顔は読めない。
キリル様は、レオン様の話す内容を書き記している。
目を輝かせてはいるが、尊敬のまなざしなのか、面白いことが起こるという、興味本位のまなざしなのか。
こちらも読めない。
私は、微笑みながらレオン様に話しかけた。
「レオン様。平民にも学習の機会をという考えは、私も同感でございます」
「おっ、エリシアが賛同するなんて珍しいな」
「レオン様の理想自体を否定したことはございません」
「そうかなぁ。
まぁエリシアも賛同したということだし、これを今度提案しようと思う」
「レオン様。
提案する前に、まず数字を考える必要がございます」
「またか……」
レオン様は、あからさまに顔をしかめる。
「特待生20名を受け入れるということは、授業料と生活費を学校が出すこととなります。
そのため、学校の収入が減ります。
ですので、コストカットが出来る部分があるのか、予算的に問題ないラインはどこかを検討した上で、特待生として受け入れる人数を決めるべきです」
「はぁ……細かいことはいいんだって」
「そ、そうですわよ!
予算なんて、レオンハルト様が陛下に一言言えば簡単ですわ。それか、私がお父様に頼んでもよろしくてっよ」
マルグリット様が、とんでもないことをサラリと言う。
私は、二人に言い聞かせるように、ゆっくりとしたトーンで話しかける。
「予算というのは、そんな簡単なものではございません」
しかし、二人には、私の話を聞く耳は一切ないようだった。
「レオンハルト様。
エリシア様に、いつも数字数字と理詰めされて否定されて。心はいつ休めることが出来るのでしょうか?
私はレオンハルト様に、癒やされる時間があるのかが心配です」
「そうだな。いつも、数字や根拠ばかり求められて、私の理想への思いを折られて、疲れてしまうよ」
レオン様の言葉に、私は微笑みを深くした。
「私は、レオン様の理想は否定しておりませんわ」
「もういい」
レオン様は、隠す気もなく苛立ちをにじませ、話を遮る。
「そうだ、マルグリット。この前話していたカフェに今から行くか?」
「はい! レオンハルト様」
レオン様とマルグリット様が、生徒会室を出て行った。
私は微笑んだまま、それを見送った。
◇
「特待生20名は、いくらなんでもだったよな」
エド様はそういうと、クククと笑う。
「レオン様の国民を思う心は、間違っていないと思うのですが……私の言葉には耳を傾けないのです。
せめて側近の方が正しい方に、導いてあげてくだされば良いのですが」
「うーん。殿下の側近に、それが期待出来るかなぁ」
「私、側近の方々とは、形式的な挨拶くらいしかしたことがないので、あまりどういう方々なのか把握していないのです。
エド様は何かご存じですか?」
「側近の一人で騎士見習いのゼノンは、特に良い噂も悪い噂も聞かないかなぁ。
ゼノンの兄が、僕と同学年にいるけど、彼は正義感に溢れた奴だけどね。
あとの二人のうち、ヨハンは大人しそうだし、クラウスはマルグリットの従弟ということで、側近になったみたいだね」
「クラウス様は、マルグリット様の従弟だったのですね。ご兄弟かと思っていました」
「養子縁組をしているから、マルグリットの弟とし登録はされているけど、マルグリットとは同い年の従弟だよ。
本当は、クラウスはレオボルド大臣の甥っ子にあたるんだよ」
「クラウス様の本当のお父様は?」
「小さい頃に、事故にあって亡くなったって聞いたことがある。それで、叔父であるレオボルド大臣に、引き取られたんだよ」
「……そうだったのですね。王太子妃教育では、そこまで深い家の情報を教えて頂いていませんでした」
「エリシア嬢は、数字には強くても、人間関係には疎いからね」
「情報をもっと積極的に入れなければ、ですわね」
「情報には価値がある。エリシア嬢にも、まだまだ学ぶ分野があるね」
「はい、そうですね。エド様は情報通で、さすがです」
「ところで、僕が入手した情報に、エリシア嬢と隣国王太子の関係、というのがあるんだけど」
「……! なんですか、それは」
私は微笑みが崩れそうになった。
「やっぱり本当なんだね」
「何がでしょうか?」
「そっかぁ……」
「エド様? 一人で納得しないでください」
「ねぇ、エリシア嬢。
今度、アルベルト殿下に会わせてもらうことって出来ないかな?」
私は、エド様の突然のお願いに、少し警戒を強めた。
「どういうことでしょうか?
簡単に王子を紹介なんて出来ません。
それに、私はアルベルト殿下とは兄を通じての知り合いに過ぎません」
「変な意味じゃないんだ。ごめんごめん。警戒させちゃったね。
実は、僕、学園を卒業したら、留学したいと思っているんだけど、第一候補として隣国を考えているんだ。それで、紹介なんて、図々しいことを言ってしまっただけだよ」
「エド様は、留学を希望なさっているのですね。
それでしたら、兄を紹介しますわ。兄は、隣国の貴族学園に通っておりますので、隣国については詳しいと思いますわ」
「ありがとう!
じゃあ、今度お兄さんが帰ってきたら教えてくれるかな」
「わかりました」
「……アルベルト殿下が、エリシア嬢に見合うのか、確かめてみたかったんだけどね」
「エド様? 今なにかおっしゃいましたか?」
「ううん! なんでもない。じゃあ、お兄様によろしくね」
◇
兄を紹介するといったエド様との約束は、思いの外、早く実現した。
「こちらが、兄のセヴランです」
私は我が屋敷のリビングで、エド様に兄を紹介した。
「はじめまして、エドヴァンと申します。
エリシア嬢とは、同じ生徒会役員として、仲良くさせていただいています」
「妹が迷惑かけていないかい?今後ともよろしく頼むね」
ここまでは、想定したとおりである。
ただ、もう一人いることは想定外である。
「アル。顔が怖いよ。
エドヴァン。こちらはヴァルディア国の王子であるアルベルトだ。僕の親友ってとこかな」
「アルベルト殿下。初めてお目に掛かります。
お会いできて光栄です」
「アルベルトだ。
エリシアが世話になっているようで」
(アル様、私の兄みたいな言い方するわね)
「いえいえ! むしろ、僕の方がエリシア嬢にお世話になっています。エリシア嬢の知的な会話に、いつも楽しく過ごさせてもらっています」
「いつも?」
「アル。いちいち、引っかかるなって」
「アル様、お兄様。
エド様は、学園卒業後、隣国に留学したいそうなのです」
「はい、将来は外交官になりたいと思っています。
隣国の文化や歴史などは学んでいますが、書籍での知識に過ぎないので、現地に行って学びたいと思っています」
「おぉ! それはいいね!
僕も学園を卒業しても2年くらいは、ヴァルディア国に残って宮廷で研修を受けるつもりなんだ。君を推薦しておこう!」
「お兄様。お兄様にそんな権限はありませんわ。それに、エド様とお兄様は同い年ですわ。先輩面をふかせていますが」
「エリシア。お兄様は少し傷ついたよ」
「……アル様。
エド様が留学先で何か困ることがございましたら、お力をお貸し頂ければありがたく思います」
「……。エドの面倒は見よう。
けれど、それは、エリシアの頼みだからではない」
「アルベルト殿下。ありがとうございます!」
エド様が、アル様に感謝を伝えて頭を下げる。
「アル様。感謝いたします。
――でも、私の頼みだからではない、とは?」
「……エリシアが、他の男のことを俺に頼むのは嫌だからだ」
その言葉で、私は微笑みのまま固まってしまった。
エド様も固まっているのが分かる。
兄は……
「ひゅーひゅー。嫉妬深い男は嫌われちゃうぞー」
「うるさい」
アル様は小さく舌打ちをした。
耳の先がわずかに赤くなっているのに気づいて、私の顔が一気に熱くなった。
慌てて扇子を広げ、私はそのまま顔をすっかり隠してしまう。
◇
「今日はありがとう。セヴ様だけではなく、まさかアルベルト殿下まで引き合わせてくれて」
「いいえ、とんでもないです。エド様のお力になれて良かったです」
エド様を玄関まで見送りながら話す。
「それに、確認出来て、本当に良かった。安心した」
「何がですか?」
「アルベルト殿下が、どういう人か分かって良かった」
「素敵な人ですよね」
「うん。もちろん素敵な人ってことは、分かっていたけど……」
「けど?」
「あの方なら、エリシア嬢を正しく評価してくれるね。
君の一番の理解者になれる」
エド様の言葉が胸に刺さる。
「私の理解者……」
「うん。レオンハルト殿下なら、って思ったけど
……あの人なら、安心して負けられる」
エド様は小さく肩をすくめて、笑った。
毎日21時頃に最新話を更新予定です。
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