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第11話 キレイな帳簿-見えない真実ー

 夏休みが終わり、学園祭が行われる季節を迎えようとしていた。

 今年の学園祭の予算案も、ノエル様が作成した。

 私は、それをチェックするという形で整えた。


 私は、ノエル様が作成した去年の学園祭の予算案を、何気なく眺めていた。


 ノエル様が作成した去年の予算案。

 去年は完璧に作成している。

 しかし、今年作ってもらったのを見ると、穴がある。


 (去年は誰かに手伝ってもらったのかしら)


 去年の予算案には、おかしな点は見当たらない。数字も合っていて問題ない。

 でも、何かを見落としているような気がする。

 胸の奥がざわついて落ち着かない。


 これが直感というものなのか?


 私は、今まで感じたことがない、説明が出来ない感情に、気持ち悪さを感じた。


 (少し気分転換が必要ね。糖分を頭に入れないと、考えがまとまらないわ)


 私は伸びをして、資料を鞄にしまい帰宅準備をして、学園の門を出ようとした。


「エリシア」


 門のところに、アル様が立って、こちらに手を振っている。


「アル様! こちらに来ていらしたのですね」

「セヴから、エリシアが生徒会で色々と大変かもしれないから、様子を見てきてと言われたのだ」


「まぁ! お兄様ったら、アル様を小間使いのように使って。申し訳ございません」


「いや、本当は、こちらに用事があったから構わない。

 それに、私も久しぶりに、エリシアに会いたいと思っていたから」

「そう言っていただけて光栄です。」


「せっかくだから、甘い物でも食べに行かないか?」


 少し逡巡した。

 隣国の王子と二人でいるところを誰かが見たら、誤解されないだろうか。

 レオン様に見られたら……彼は何か思うだろうか?


「こっちに来るときに、この国のブドウが美味しいって聞いた。ブドウのパフェなんてどうだ?」

「喜んで」


 一瞬の迷いは消え去った。


「エリシアは本当に甘い物が好きなのだな」


 アル様が、片手を口元に添えて、クククと笑っている。低く、愉悦を含んだ笑い声だ。


「嬉しい、というのが表情に出ている」

「えっ」


 アル様の前では、私の微笑みも通用しないようだ。


「表情、出ていますか?」

「あぁ。特に君の瞳は、結構感情豊かだ。

 でも、よく見ないと気づかないかもしれない」


 そう言うと、アル様が私の顔をのぞき込んできた。


「アル様! からかうのは止めてください」

「フフフ」


 アル様は、漏れでる笑いを、かみ殺すように肩を揺らした。


 私の顔を正面からちゃんと見てくる人は、学園にはあまりいない。

 レオン様とは、話をしていても目すら合わない。


 アル様は、私のことをしっかりと見てくれている。

 私は、胸がキュッとし、喉が少しひりつくような感覚になった。


 カフェで、私は、紅茶を飲みながらブドウパフェを食べる。アル様は、紅茶だけだ。


「ところで、エリシア。

 何か悩んでいることがあるように見える。

 私の気のせいか?」


「……アル様は、何でもお見通しですのね」


 私は、学園会計のことで、言葉に出来ない違和感を覚えていることを説明した。


「何もおかしなところがないのです。数字も間違っていないのです。

 それでも何か見落としているような気がするのです」


「何もおかしいところはない、数字はそろっている、ということか?」


「はい。去年1年間の予算表・収支表を見ました。

 間違いと訂正が入っている箇所が多々ありました」


 私は、何度も二重線で修正と訂正が書き記されていた資料を思い返した。


「予算修正や支出額の間違いを期末に修正したりと

 ……会計が苦手な方が、一生懸命作成したように見えます」

「間違えることは、特に学生作成なら、よくあることだ」


「はい。それは良いのです。

 ただ、去年の学園祭の数字は修正が一つもなく、そろっています。――キレイに」


「数字が、キレイにそろっている。学園祭の帳簿だけが?」

「はい。しかも、去年より前の学園祭の帳簿は、正直、穴だらけでした」


「それが、去年の学園祭帳簿だけが、キレイな会計になっている」

「はい」


「会計係は変わったのかい?」

「いいえ。変わっておりません……」


「係は変わっていない。ただ、数字がキレイになっている。おかしな点は帳簿上には現れていない。

 そういうことか」

「はい……」


「……キレイすぎる」

「え?」


 アル様の一言に、私は意表を突かれた。


「数字が汚いのも問題だが、キレイすぎるのにも何か理由があるかもしれない」

「キレイなのにも問題がある……」


「キレイすぎる数字は、何かを隠そうとしているのかもしれない」

「数字が隠す……」


 数字をキレイにそろえることが正義と思っていた。

 むしろ、揃っていない方が問題あると思っていた。

 しかし、キレイすぎるのには裏があるかもしれない。


「そのような視点はなかったです」


「もう一つアドバイスをあげるとしよう」


 アル様はそう短く告げると、手元にある紅茶のカップに指を添えた。

 磁器が触れ合う微かな音さえ立てず、よどみのない所作で一口、琥珀色の液体を喉に流し込む。


「エリシアは、今まで、侯爵家で沢山の帳簿を見てきたと思う。ただ、学園と侯爵家の帳簿の大きな違い。

 わかるか?」


「収入項目と支出項目の多さ、でしょうか」


「いい線いってる。そう、項目が侯爵家は沢山ある。

 支払うものも、多々ある。」


 アル様が、また紅茶を飲む。

 私は、アル様が次に何を言うのかと、じっと見つめる。


「でも、生徒会が動かすお金には、そんなに細かく項目はない。――つまり、金額が大きくないということだ」


「生徒会が扱う金額は侯爵家よりも少ない……」

「君は、いつも見ている侯爵家の金額を基準に、生徒会の帳簿を見ているのかもしれない」


 私は、アル様の言葉が鼓膜を震わせた瞬間、思考回路に電流のような衝撃が走り抜けた。


「……! アル様!

 ありがとうございます!」


 なぜ気づかなかったのか。

 気づけば簡単なことではないか。


 頭の中を覆っていた霧が、アル様の助言で消え去っていくのを感じる。


「私、今すぐ見たい資料があるので、お先に失礼させていただきます」


 私は、いてもたってもいられなくなった。

 早く資料をじっくり見直したい。


 私は、最後に残していたブドウをパクっと食べ、アル様に一礼をするや否や、小走りで、その場をあとにした。


「……! エリシア! 送っていくぞ!」


 アル様の声が、むなしく響く。

 その場には、キレイに空となったパフェグラスと、アル様だけが、残されたのであった。


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