第5話 エリシア、婚約者に選ばれる
「エリシア、おかえりなさい!
あら? エリシア、手に持っているのは何?」
自宅に帰宅すると、姉が、めざとく私がもらったお土産を指さしてきた。
「パーティー会場にあったプチケーキです。レオンハルト殿下がお土産としてくれたのです」
「えー! これって、いまとても流行っているのよ!
私も食べてみたかったの。エリシア、ありがとう!」
流行り物が大好きな姉が、私の手から、紙袋を取る。そして、中身をのぞいて、キャーキャー騒いでいる。
「お姉様?! まだあげるとは言ってないです」
「エリシアは、会場で食べてきたんでしょ?
私、辺境に行くのよ。そしたら、流行り物なんて、簡単には手に入らないんだから、いいじゃない!」
姉が、エリシアが意地悪するぅ、と言いながら、泣き真似をする。私は、姉の嘘泣きにため息をつき、プチケーキを1個渡した。
「エリシア、ありがとう!」
「お姉様が、辺境に行くのは、まだ3年先じゃないですか……」
「お、なになに? プチケーキ?」
そこに、隣国に留学中であった兄が現れた。
兄は「領地を発展のためには、外交を学ぶべきだ!」と言い、隣国の貴族学園へ入学することを決めて、現在、目下留学中である。
「お兄様。帰っていらしたのですね。おかえりなさいませ」
「1週間後には、また戻るんだけどね」
兄は、ただいまの挨拶もそこそこに、目を輝かせながら尋ねてきた。
「ところで、今日はレオンハルト殿下の誕生日会だったんだろ?誕生日会というか婚約者選定会だったんだよな?」
兄が帰ってきたのは、この話を聞きたかったからだろう。色々聞きたいという好奇に満ちた目で、私を見てくる。
「レオンハルト殿下とはお話し出来たのかい?
エリシアのことだから、ケーキ一人あたりいくつもらえるのかな?とか数えたんじゃないの?」
私は、兄の指摘にギクリとする。
「……。
ついケーキの数と一人あたりの数を数えていたら、レオンハルト殿下に笑われてしまいました」
「本当かよ?!殿下の前で、やっちゃったのかよ。
さすが、数字を愛し、数字に愛された子だ!あはは!」
「お兄様、あまり笑うとエリシアが可哀想よ」
姉が兄を軽く怒る。そして、私の方を見ながら、仕方ないと言いたげに微笑む。
「余りが出るのなら、もっと食べたい!と思って、計算してしまったのよね」
「……お姉様。それはフォローですか?
食い意地があるという、悪口のような気もするのですが……」
兄と姉の会話は賑やかで、時折笑いが混じる。私はそれに淡々と応じるだけだったが、会話は途切れなかった。
そんな様子を、両親は穏やかな顔で眺めていた。
「エリシアは、レオンハルト殿下のこと、どう思ったのかしら?」
「殿下はエリシアに笑顔を見せていた。二人の雰囲気は良かったよ。」
パーティーに付き添っていた父が、遠くからエリシアを見ていた感想を母に語った。
「それに、殿下は、エリシアに、今度お話ししたいと言っていたんだ」
「まぁ! それって、殿下は、エリシアのことを気に入った、ということですかね?」
「たぶんね」
父は、馬車の中でのエリシアの様子を思い出しながら、微笑んだ。
「そうだったのですね。でも、殿下がどう思うかではなく、エリシアがどう思うか、が大事ですわね」
「あぁ、もちろんだ」
「私たちは、エリシアの判断を見守りましょう」
母が穏やかな微笑みをしながら、父とうなずきあう。
「お父様。今度、このケーキを売っているお店にみんなで行きたいです!」
姉が父におねだりをする。家族の笑い声。
侯爵家はいつもと変わらない光景であった。
◇
「レオンよ、気に入った令嬢はいたか?」
誕生日パーティーが終わって数日後、レオンハルトは、父である国王と母である王妃から、婚約者候補について聞かれていた。
「マルグリット・ファルケンベルク公爵令嬢は、明るく華やかでしたわね。少し押しが強そうなのが、気になるところではありますが。
お父上はレオボルド財務大臣ですし、家柄的にも合いますわね。」
王妃がレオンハルトに語りかけると、レオンハルトは真剣な目をして二人に宣言をした。
「父上、母上。
私は、アルカディオール侯爵家のエリシア嬢を婚約者にしたいです」
「ほぉ。それはどんな理由でかな?」
「エリシア嬢はとても興味深い女性です。他の令嬢は私のことを褒め称えて、私の気を引こうとしてきましたが、エリシア嬢は一切ありませんでした。
そこがいいのです。」
レオンハルトは、一切の迷いのない目で話した。
「それに、計算もすごいのです。王太子妃として、とても良いことだと思います」
レオンハルトはそう言いながら、エリシアがお菓子を頬張った姿を思い出し、笑みがこぼれた。
(他の令嬢らは無表情で怖いなどと言ってたけど、そうは見えなかったなぁ)
エリシアとの婚約を希望した息子に対して、国王と王妃はしばし考え込んだ。
「エリシア嬢は、表情が乏しいけれども、凜とした美しさがあるお嬢様ですわね。
表情が出ないということは、王太子妃としては良い面もあるけれども、誤解されて敵も作りやすそうな気がするわ」
「うーむ。確かにエリシア嬢は、あまり華やかな雰囲気はない。ただ、芯は強そうな子だった」
レオンハルトは、両親が賛同の言葉を発してくれるのを期待して、目を輝かしながら待っている。
「それにルシアンの娘だしな」
「そうですわね。ルシアンの娘ですものね」
「ルシアンは穏健派だが、敵にすると手強い。味方にしておくのは良い考えだな」
「そうですわね」
「それに、エリシア嬢の姉のセラフィーナ嬢は、ドライゼン辺境伯の息子と婚約をしておる。
アルカディオール家と縁を結んでおけば、辺境伯とも良好な縁を保つことができるな」
国王の眉がわずかに寄り、何かを確認しながら納得するかのように、何度も小刻みに頷く。王妃はその表情を見逃さず、心の中で静かに頷いた。
言葉にせずとも、二人の決意は重なった。
「父上、母上。
エリシアを婚約者ということで良いでしょうか?」
「うむ。わかった。レオンの婚約者にはエリシア嬢としよう。
さっそくアルカディオール家には手紙を出そう」
◇
アルカディオール家の屋敷のリビングの扉が静かに開く。使用人が足早に手紙を運んできた。
銀色の封蝋が光を反射し、王家の紋章がくっきりと刻まれている。
使用人は深く一礼をし、震える手で手紙を差し出すと、すぐにその場を離れた。
封書を見た両親は顔を見合わせる。
中身は読まなくとも、書かれている内容は想像出来る。
「……王家からの申し入れをエリシアが断った場合、たとえ何が起ころうとも、構わない。エリシアの判断に任せよう。」
「そうですわね。エリシアが幸せになることが一番大切ですから」
「エリシアを呼んでくれ」
「はい。ご主人様」
使用人がエリシアを呼びに行く。
「お父様、お母様。何か御用でしょうか?」
私を呼びに来た使用人の雰囲気が、いつもと異なり緊張をしていた。少し不安になりながら、両親の待つリビングに入った。
「エリシア。お前に手紙が来ている」
私は父から封筒を渡された。
……!この封蝋は王家からの手紙だ。
私は、手紙を何度も読んだ。
「エリシア。レオンハルト殿下はお前を婚約者にしたいそうだ。どうする?私たちは、お前の意思を尊重したいと思う」
86.5%の高確率で選ばれないと思っていたのに、まさかの13.5%の方だった。
私は、戸惑いを覚えるとともに、あの時のレオンハルト殿下のえくぼと、プチケーキの甘い匂いを思い出していた。
「エリシア。今すぐに結論を出さなくていいのだよ。
ゆっくり考えて、どうしたいのかを決めてごらん」
父が優しい目線を投げかけてくる。
「エリシア。あなたの感覚で決めるのが良いわよ。
お母さんも、ビビっと来た直感を信じて、お父さんと結婚をしたのだから。」
「お母様。私はお母様と違って、直感を信じるということは不安で出来ません」
母のように、直感で決断出来れば楽かもしれない。けれども、私は計算をしてしまう。
婚約の話を受けた場合のメリット、デメリット。何が得で、何が損か。頭の中で計算する。
しかし、デメリットを考えようとすると、レオンハルト殿下のあの笑顔がちらつく。
そして、私は答えを導き出した。
「直感で決めることは出来ません。
ただ、色々考えると、レオンハルト殿下の申し入れを受け入れるのが良いと思います」
レオンハルト殿下と婚約をしたら、王太子妃教育を受けられる。そうすると、今とはまた違う視点で、帳簿を見ることが出来るようになるかもしれない。
それに、国の財政を見ることが出来れば、殿下を支えながら、国民のためになる財政運営にたずさわることが出来る。
一方で、婚約を受けたら、マルグリット様は何かと嫌がらせをしてくるかもしれない。
それはうっとおしい。
だからといって、ここで婚約を断った場合はどうだろうか。
王家の申し入れを断るからには、それなりの理由が必要だろう。中立派の我がアルカディオール家に、何か不具合が生じることはないだろう。
しかし、絶対ないとは言えない。
頭の中で、メリット・デメリットが目まぐるしく行き交う。
(それに、レオンハルト殿下は、私とお話ししたいと言ってくれた……)
計算出来ない、言葉に出来ない何かが、メリットの方へと大きく針を傾けた。
「エリシア。それで本当に良いのか?断ったら、我が侯爵家に何か不都合が生じるのではと思ってないかい?そんな心配から言っているのではないよな?」
「そうよ、エリシア。婚約は、この人いいかもっていう気持ちがないと続かないわよ」
両親が心配した顔つきで私に言う。
「もちろん婚約してから、好きという気持ちになることもあるし、そもそも政略結婚なら気持ち関係なくっていうこともあるけど。我が家は政略結婚する必要はないのよ。
なんとなくビビっと来るものを感じたの? 私は、お父様と会ったときに……」
「お母様。のろけ話は、何度も聞いていますわ」
母の話が長くなりそうだったので、私は言葉を遮って答えた。
「お父様、この婚約を断ったら、不利益を被るのではとの思いから、婚約を受け入れるといっているのではありません。大丈夫です。
心配してくれてありがとうございます」
私は両親を安心させるように答えた。
「それに、お母様。先ほども言いましたが、私は、お母様やお姉様のような直感がわかりません。
ただ、レオンハルト殿下との婚約は、私にとってプラスになると思うのです」
こうして、私は、レオンハルト殿下と婚約することになった。
たとえ、結果がどうであれ、このときの判断は間違っていなかったと。
今でも思っている。
明日10時に第6話を更新予定です。




