第4話 レオンハルト王太子とケーキ
「ケーキが好きなのかい? そんなに険しい顔でケーキを見てたら、クリームが溶けちゃうよ」
クスクスという笑い声がした。
声の主を見ると、いつの間にか、私の隣にきていたレオンハルト殿下だった。
ついイチゴのプチケーキを数えて、計算をすることに夢中になりすぎていた。
レオンハルト殿下が、横に近づいてきていたことすら気づいていなかったのだ。
「……! このたびはご招待いただきありがとうございます。侯爵家アルカディオールの次女、エリシアでございます。
つい、ケーキに目がいってしまい、ご挨拶が遅れてしまいました。申し訳ございませんでした」
「エリシア嬢。僕より、ケーキが気になった? 視線がずっとケーキの上を往復していたよ」
「えーと……」
レオンハルト殿下が、笑顔で聞いてくる。
(殿下って笑うと、片方の頬にえくぼが出来るのね)
私が、レオンハルト殿下のえくぼを見ながら、答えに窮していると
「レオンハルト殿下! あちらで一緒に紅茶をいただきませんか?」
マルグリット様の声が、レオンハルト殿下と私の間に入ってきた。
「あら、そちらにいらっしゃるのは、確か、アルカディオール侯爵家のエリシア様? 数字がお得意とお聞きしたことがありますわ。素晴らしい特技ですわね」
「マルグリット様。
エリシア・アルカディオールでございます。
お褒めいただきありがとうございます」
「特技を生かして、商家にお嫁入りなさるご予定かしら? フフッ」
マルグリット様は、私のほうを見て、少し小馬鹿にするような顔をして言ってきた。
……品位のある落ち着いた風格と思ったが、前言撤回。
初対面で嫌味全開を、格下令嬢にぶつけてくるなんて、余裕がないことの表れではないかしら。
「レオンハルト殿下は、王子様なのですから、計算より冒険のお話の方がお似合いですわ。わたくし、宝探しのお話を知っておりますの! あちらで一緒におしゃべりいたしましょう」
マルグリット様が、レオンハルト殿下の手を自然に引く。
他の令嬢たちは、格上の公爵令嬢に、何も言うことが出来ず、萎縮している。おどおどして、顔色を伺うばかり。
マルグリット様が、彼女らの頂点に君臨していることが分かる。
レオンハルト殿下の婚約者は、やはりマルグリット様で決まっていたのだろう。
「レオンハルト殿下。私は、こちらでケーキをいただいております。どうぞマルグリット様と、紅茶をお飲みにいかれてください」
これ以上、レオンハルト殿下と交流をする時間は何も生み出さない。それどころか、マルグリット様からの嫌味を聞くことになりかねない。
無駄な時間を過ごしたくないので、その場を立ち去ろうとした。
「あはは! やっぱり僕よりケーキなんだね」
そんな私の思いとは裏腹に、レオンハルト殿下は私を離さなかった。
「ち、違います! そう思わせてしまったのならば、申し訳ございません」
「謝らなくていいよ。このケーキ、いま流行ってるんだよね。僕も食べてみたかったんだ」
レオンハルト殿下がテーブルから、ひょいとプチケーキを手に取った。
「エリシア嬢、一緒に食べよう。ほら、あーん」
……まさかである。
レオンハルト殿下が、私の口にプチケーキを入れてきた。
レオンハルト殿下に誘いを無視されたマルグリット様が、怒りで、髪色と同じくらい顔を真っ赤にして、私をにらんでいる。
こんな状況で食べるケーキ。味を感じることができるのだろうか。
「……! とても(もぐもぐ)美味しいです」
「じゃあ、もう1個食べたらいいよ。それに、お土産として5個くらい、持ち帰ったらどうだい」
「いえダメです!
計算上、私は3個までしか食べられないのです」
「計算上?」
「はい、全部でプチケーキは45個です。
私が2個食べたうえに5個持ち帰ったら、6人の方が1個しか食べることが出来ないのです」
レオンハルト殿下が、目を丸くする。
……やってしまった。
私は何を口走っているのだろう。
「プッ! 意地汚いですわよ、エリシア嬢。
ケーキの数を数えて、何個食べられるかを計算していたのだなんて。しかも、真顔でそんなに早く計算出来るなんて、少し怖いですわぁ」
マルグリット様に笑われてしまった。他の令嬢たちも、皆でクスクスしている。
私は、内心恥ずかしさで一杯になりながら、顔色を変えずにその場を立ち去ろうとした。
「お見苦しいところをお見せいたしました。
殿下にご挨拶もいたしましたので、私はここで失礼いたします」
私は、早口で挨拶をすると、クスクスという笑い声を聞きながら、表情を変えずに、その場を急いで後にした。
レオンハルト殿下が何かを言っている。しかし、笑い声の方が大きく耳に入ってくるため、その言葉は聞こえない。
王宮庭園は、春の光に満ちていた。噴水の水しぶきが、きらきらと跳ね、白いテントの下で甘い焼き菓子の香りが漂っている。
その中を、私は淑女マナーに反しないように、注意しながら小走りをする。背筋は伸ばしたまま。
「エリシア?! もう帰るのかい?」
「はい、お父様。少し気分が優れないので、もう帰りたいのです」
父も小走りになりながら、私の後ろを追いかけてきた。
噴水の縁を回り込み、入り口の門が見えてきた瞬間、ようやく息を深くつく。
(確かに、計算が早いのは怖いし、意地汚いかもしれないわね。誕生日パーティーでは楽しいお話をすべきなのに)
マルグリット様らのクスクスという笑い声が、まだ耳の奥に残っている。
笑われるのは初めてのことではない。今までも、無表情で怖いなどと言われ、からかわれたこともあった。
それに対して、何も思わなかった。
しかし、今日は、笑われたことに、恥ずかしさを感じた。
レオンハルト殿下が、切れ長の目を丸くしていた顔が脳裏をよぎる。
小走りで走りっていた私たちは、庭園の端の白い砂利道の先にある入り口を抜けた。そこには侯爵家の馬車が待っていた。紋章旗が、春風に揺れている。
御者が私たちに気づき、慌てて姿勢を正した。
「ご主人様、お嬢様? 先ほど、来たばかりではないですか? まだお時間では――」
「私、少し頭が痛くなりましたの。帰ります」
「エリシアが、このように言っておるので、馬車を出す準備をしてくれないか」
私は小さくウソをついた。父が馬車に乗り込み、私も続いて乗り込もうとした。
「エリシア嬢! 待ってくれ!」
後ろからレオンハルト殿下が、走って追いかけてきた。殿下の後ろからは、慌てた表情で近衛騎士らも走ってついてきている。
「殿下! 走ってきたのですか?!」
「ハァハァ……。エリシア嬢。
僕は君のことを意地汚いだなんて思わないよ。あまりの計算の速さに、少しびっくりしちゃったんだ。でも、気分を害したのなら申し訳ない」
レオンハルト殿下は、息を切らしながら、私に紙袋を渡してきた。
「これ、さっきのプチケーキ。2個入ってるよ。
僕の分2個だから、参加者で食べられない人はいないから大丈夫だよ」
「……! わざわざ持ってきてくださったのですか?
でも、殿下の分がなくなってしまいます」
「僕、実は甘いものが苦手なんだ。だから、僕の分も食べてくれると嬉しいよ」
レオンハルト殿下は、少し照れくさそうに言った。
「本当にいいのですか? 殿下、ありがとうございます」
私がお礼を言いながら、殿下から袋を受け取ると、
レオンハルト殿下の顔が少し赤い。走ってきたからだろうか。
「その代わり、今度は甘くない物を食べることに付き合ってほしいな」
「……はい。殿下がよろしければ、ご一緒させていただければと思います。」
「エリシア嬢、ありがとう! じゃあ、また今度ゆっくりお喋り出来ること楽しみしているよ」
「ありがとうございます。本日はお誕生日おめでとうございました。
今日はこちらで失礼いたします」
馬車の扉が閉まると、外の明るさが遮られる。薄暗い車内だが、レオンハルト殿下とのやりとりを思い返すと、ほんのりとした明るさがあるように感じられる。
馬車がゆっくりと動き出す。砂利を踏む音が規則正しく続く。
庭園の笑い声が遠ざかっていく。
私は、膝の上においた紙袋の端を、両手できゅっと握る。紙袋を見つめたまま、まばたきすら忘れていた。
そんな私の様子に、父は特に声をかけることなく、黙ったままであった。無言の中に温かみを感じた。
こうして、レオンハルト殿下の、誕生日パーティーという名のもとの婚約者選定会が終わった。
本日21時頃に第5話を更新予定です。




