第6話 レオンハルトとの差ー距離の帳簿ー
レオンハルト殿下との婚約が決まり、顔合わせが終わると、すぐに王太子妃教育が始まった。
最初の頃は、王宮で顔を合わせれば、レオンハルト殿下と私は、自然に隣になっていた。
レオンハルト殿下は私の勉強内容にも、興味を隠さず話しかけてくださった。
私は、小さい頃から、両親に家庭教師をつけてもらっていたため、年齢にしては、一通りマナーも知識もある方であった。
しかし、貴族学園に通うまで、毎日のように行われた王太子妃教育は、想像以上に、覚えることが多く大変であった。
ただ、王太子妃教育の中でも、表情を読まれないようにすることの習得は難しくはなかった。
なぜなら、私は、昔から感情を顔に出すことが得意ではなかったからだ。
しかし、私が、表情管理を習得すればするほど、レオンハルト殿下との距離が開いていってしまった気がする。
王宮内に与えられた書斎にて、私が自習をしていると、昔はレオンハルト殿下がよく部屋を訪れてくれた。
「エリシア。
そろそろ、甘い物が欲しくなったんじゃない?」
そう言いながら、後ろに控えていたメイドに指示をし、書斎のテーブルに、お菓子と紅茶をセッティングしてくれたこともあった。
「レオンハルト殿下。ありがとうございます」
「エリシア。このチョコレート、見てごらん」
「なんでしょうか? あっ、うさぎの形していますね」
「可愛いでしょ?
こっちは、ひよこの形をしているよ。
食べる前に言わないとさ。
エリシアのことだから、形に気づかないで食べてしまいそうだからね」
「そんなことないですわ!」
レオンハルト殿下は笑いながら、私の口に、チョコレートを入れる。
「(モグモグ)おいひいです……」
「それは良かった。
それに、何度も注意しているけど、殿下ではないよ。
レオンと呼んでおくれよ」
「わかりました。
レオン……殿下」
「殿下と言った回数だけ、チョコレートを没収しちゃうよ」
「レオン……様」
「あはは。
やっぱり、君は僕よりお菓子なんじゃないの?」
「違います! レオン様」
「ところで、レオン様は、今日も剣術をなさっていたのですか?」
「あぁ。騎士団のメンバーにボコボコにされたよ」
「殿下。逆ですよ」
レオン様の後ろに控えている護衛が、苦笑しながら言う。
「レオン様が勝ったのですか?」
「一応、最終的にはね。
でも、手加減してもらっていたと思うよ」
「殿下。騎士団のメンバーは本気でしたよ」
護衛は、手加減をしていなかったと否定する。
レオン様は、12歳なのに、すでに騎士団と互角に打ち合う稽古をし、たとえ泥だらけになっても傷一つ負わなかった。
レオン様には剣術の才能があった。
そんなレオン様の武勇伝を聞くのも楽しかった。
レオン様との短い時間、私は表情管理が少し甘くなっていた。
しかし、王太子妃教育係は、甘くなることを許してはくれなかった。
「エリシア様。王太子殿下の前こそ、王太子妃として振る舞いなさい」
「王太子妃は笑いません。微笑むだけです」
表情は色々な情報を含んでいる。
情報は管理しなければならない。
特に王太子妃としては、王太子の弱みになりかねない。
王太子妃教育として、必要なことだ、というのは理解出来る。
私は感情が表に出ないタイプだったので、無表情は得意だった。
けれども、無表情は国の顔としてふさわしくない。
そこで、私は『微笑み』を覚えたのだ。
微笑むことは難しくない。
表情を出すより、ずっと簡単だ。
しかし、私の王太子妃教育の結果である『微笑み』が
レオン様との距離を遠ざけた。
それに、レオン様との関係を変えたのは、微笑み以外にもある。
というか、そちらの理由の方が大きいかもしれない。
それは……
「僕は、国民が苦しむ姿を見たくはないんだ」
レオン様は、国民のことを思って熱く語ることが多かった。
「国民を苦しめている一つに、物価に見合った賃金を得ていない点があると思う」
「確かに。レオン様のおっしゃることも一理あると思います」
「そのためには、賃金を上げる必要がある!
だから、国から、給料上乗せ分に使うための補助金を出せば良いと思うんだ」
「補助金ですか……」
「これを僕は、将来実現して、国民を助けたい」
レオン様が熱く語るときの目は、まっすぐで純真な目をしている。
このスピーチを聞いた者は、なんて芯の通った素晴らしい方だと思うだろう。
民衆も支持したくなるだろう。
ただ――熱い思いだけ、なのだ。
「レオン様。それだと、国が払うお金が、とても大きくなってしまいます。
国が出すお金をどのように確保するのかが、難しいのではないでしょうか」
「エリシア。また否定かい?」
レオン様は、盛大にため息をついて、視線をそらす。
「いえ、否定ではございません。
レオン様のおっしゃる補助金の出所を考えなければ……」
「あーもういいや!
……君には、いつも僕の思いが伝わらないなぁ」
そう言って、レオン様は、うっとおしそうな表情を
隠しもせず、話を打ち切ろうとする。
「レオン様の国民を思う気持ちは、とてもすばらしいと思っています」
「そんな微笑みながら言われても、全然気持ちがこもっていないよ。
この話はもう終わりだ」
そういうと、レオン様はぷいと顔を背け、そのまま立ち去っていく。
こんなやり取りが何回もあった。
レオン様の提言する熱い思いは、色々な形であったが、話の流れはいつも同じ。
私も、口を挟まずに、ただ微笑んで聞いていればよいのかもしれないが、それは出来なかった。
レオン様が理想を語る。
私は現実を語る。根拠を尋ねる。
レオン様は、根拠を尋ねる私を、否定的と評価する。
私たちは、かなり早い段階で、交われない道を進んでいたのかもしれない。
本日21時頃に第7話を更新予定です。




