第36話 暴かれた不正とその者達の末路
レオボルト大臣が父を殺したというクラウス様の発言に、会場は騒然としている。
「どこにそんな証拠があるんだ! お前!」
クラウス様はレオボルド大臣に怒鳴られても、もうひるまない。レオボルド大臣のことを、黙って睨み付けている。
「証拠はこれから出てくるだろう」
アル様がレオボルド大臣に向かって言う。
「クラウスの父親の事故報告書が、我が国が作成した物とすり替えられていたことが分かった」
アル様の発言に、会場が静かになる。
当然だろう。
隣国が作成した書類が偽物に変わっていただなんて。下手をすれば戦争にもなりかねない。
「事故現場を目撃した者に、あなたから多額のお金が払われていたこと、も分かっている。
調査報告書がすり替えられることは外交問題だ。今後はこちらで改めて調査を行う」
「……くそっ」
レオボルド大臣は、そう吐き捨てた。
そして、気力を使い果たしたかのように、うなだれて大人しくなった。
私は、クラウス様から渡された書類に目を通す。
3秒。
そして、レオン様の目をまっすぐ見る。
「これは、基金が山を購入することの承認書と基金の監査を免除する書類です」
私は、書類をレオン様に見えるように掲げる。
「殿下はいずれの書類にもハンコを押しております」
「私は、何も知らずに、ハンコを押しただけだ」
私は、次の言葉を告げる前に一瞬目を閉じた。
そして、一息吸って、レオン様の顔を見ながら告げた。
「そして、これは……基金が融資を受けて、あなたが『保証人』となっている書類です」
さすがの陛下も動揺を隠せないでいる。
まさか王太子が借金の保証人になっているとは予想外すぎただろう。一瞬、陛下の身体がふらついた。そして、額に手を当てている。
会場に再びざわめきの波が広がる。
「国の補助金だけではお金が足りないからと……もっとお金があれば、沢山の子どもたちを救えると言われたのだ……」
レオン様が、震えながら、声を段々小さくしながら答える。
「それで、子ども未来基金の借金の保証人になったということですか」
「レオボルド大臣の部下が、融資先を紹介してくれた……けど、僕は不正も何も知らなかったんだ! 信じてくれ!」
私のことは信じていなかった。
なのに、いまさら、自分を信じろ、というレオン様。
(あなたの評価は、私の中で地に落ちていました。
が、まだ底ではなかったようですわ。まだまだ落ちていきますわ)
「お金の流れの工作は、知らなかったのかも知れません。けど、殿下」
私は、書類のハンコの部分を、指先で叩いた。
「何も知らなければハンコを押してはいけない。王太子がハンコを押すということは責任が伴うのです。
そのために『確認』をするのです」
「ぼ、僕は……」
「信じて、任せる――それで殿下は失敗してきました」
レオン様は、婚約破棄後の再教育でも、その迂闊さを理解出来なかった。
レオン様は悪い人ではなかった。
けれど、自分の信じたいものしか信じなかった。レオボルド大臣を信じたがために、それが間違っていると認めることが出来なかった。
「信じることも、任せることも、否定しません。ですが、王太子としては、それだけでは足りません。そこには責任が発生するからです。
必要なのは『確認』です」
レオン様は、唇を噛みしめて、下を向いている。
「私は必ず確認します。数字で」
私は手に持った書類の数字を静かに指でなぞった。
「数字はウソをつきませんので」
◇
あの後、陛下は、会場で、レオン様の王位継承権を永久剥奪とすることを宣言した。
レオン様は、修道院にて生涯預かりの身となった。修道院預かり――それは名を奪われ、二度と外の世界に戻れぬという宣告だ。
ただ、人を信じすぎるレオン様にとっては、神を信じて生活をするのは向いているのかもしれない。
レオボルド大臣は、爵位剥奪の上、全財産を没収された。そして、北の鉱山にて労役に課せられている。
皮肉なことに、北の鉱山は、最近、本当に鉱石が出る山として発見された場所である。彼は、苛酷な環境において鉱石の発掘作業をしているそうだ。
そのほかにも財務省内で、レオボルド大臣とともに不正を行っていた者は一斉摘発され、財産没収や爵位落とされるなど、それぞれ処分が下った。
不正の調査は、セドリック王太子の主導のもと、ベルナルド様が先頭に立って行った。
マルグリット様は、父親の悪事は知らなかったようなので、直接の処分はなかった。だが、財産もなくなり平民となったため、結果的には罰を受けるのと同じこととなった。
もっとも、マルグリット様は、商売で我が国に来ていた裕福な商家を見つけて外国へと嫁いでいった。
ただ、商売人は、裕福でもお金にはシビアだ。マルグリット様が思い描いている結婚生活は、到底望めないだろう。
クラウス様は、実父の事件のことから、同情が集まった。当主の座に邪魔だったという理由でクラウス様の実父はレオボルドに殺されたのだから、クラウス様には一代限りでも爵位を与えるべきとの声もあった。
しかし、それでも、レオン様を悪事に巻き込んでいたこと、クラウス様が処分を甘んじて受け入れると言ったことから、平民となり、一生懸命働いているようだ。
クラウス様は優秀なので、這い上がれると信じている。数字の裏付けはないが、そう思っている。
◇
「セドリック様。このたびは色々とありがとうございました」
私は、セドリック様に王宮の庭でお茶に誘われた。
「エリシア様。私は国のために、必要なことをしたまでです」
セドリック様は、あの会場のときよりも、さらに頼もしくなったように見える。
「とはいっても、正直、いまでも、兄上ではなくて僕でいいのか、という思いもあります。やはり兄上の弁のうまさには勝てないと思うので」
「セドリック様……」
セドリック様は、レオン様が後継者候補から外れたことで、正式な後継者となった。
もっとも、王宮内には、レオン様のカリスマ性に憧れていた者、レオン様の方が扱いやすいと思っていた者など、色々な思惑もあるようで、まだ試練や問題山積みといったところのようだ。
「まだ弱気な自分が、出てくることがあります」
「セドリック殿下なら出来ますよ。
国を守るという強い気持ちと確かな判断力がおありだと思っています」
アル様が言う。
そう、今日のお茶会には、アル様も一緒にと呼ばれていた。
「アルベルト殿下。ありがとうございます。クラウスの件の調査もありますが、今後とも、お付き合いよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
セドリック様は、アル様と私の顔を交互に見ながら、少し寂しそうな顔をした。
「エリシア様。どんなにバカなことをしても、僕は、兄上を、今でも好きなのです」
「分かっております。レオン様は、子どものころから、剣術が強く、おしゃべりもうまく、セドリック様にとってはヒーローでしたものね」
「はい。格好いいところが沢山あるのです。
けど、国の王たる器はなかった。それに……エリシア様にはふさわしくなかった」
「……申し訳ございません」
「エリシア様が謝るところではないですよ!」
セドリック様が慌てている。
「エリシア様とアルベルト殿下は、とてもお似合いです」
そう言いながら、セドリック様は、レオン様にそっくりな、太陽のような笑顔を見せた。
「僕も今度は素敵な人を見つけたいです」
セドリック様の婚約者は、一度決まったことがあったが、なかなかうまく行かず、ここ数年間は空白のままであった。
それは、王妃様が、私をセドリック様の隣にスライドさせる可能性を諦めきれなかったかもしれない。目下、セドリック様は婚約者募集中である。
「セドリック殿がよろしければ、今度、私の妹と会ってみないか?」
「……! アルベルト殿下の妹君ですか!」
「あいつも、まだ婚約者が見つかってなくて。性格はかなりキツい……いや、語弊があるな。やる気をださせてくれる性格だ」
「アルベルト殿下が、義理の兄になるのも素敵ですね」
セドリック様は意外と乗り気である。
「アル様。勝手なことを言ったら怒られますよ」
「大丈夫だ。まぁ、この話はいずれ改めてとしよう」
穏やかな笑いが、そよ風のように庭中に広がった。




