第37話 エリシアが信じるもの
修道院の石造りの回廊は、朝の冷気をそのまま閉じ込めたようにひんやりとしていた。
レオンハルトは静かに目を開ける。
豪華な天蓋も、柔らかな寝具もない。薄い寝台と荒い布の毛布だけだ。
起床の合図を示す鐘の音が響く。
祈りの時間。食事。労働。
決められた一日は、驚くほど規則正しく流れていく。レオンハルトは不満を漏らすことはない。無言で繰り返される毎日を迎えていた。
夜、一人になり、寝台に横になり目を閉じると、彼女の姿が思い浮かぶ。
(私は、信じるべきものを間違っていた……)
修道院に連れてこられた後に一度だけ、アルベルトがやってきたことがあった。
「アルベルト殿下。私の無様な姿を見に来られたのですか?」
「あぁ。それもある」
アルベルトが間髪入れずに認めたため、レオンハルトは思わず苦笑した。
「……アルベルト殿下は正しい支えを得たようですね。
僕は、その支えを、邪険に扱っていた」
レオンハルトが下唇を噛む。
「あぁ。レオンハルト。
あなたは、彼女を手放したのだ。これはルクセリア国の損失だ」
「……」
「あなたの損失が今後どのように埋められていくのか。それを隣国から見させてもらおう」
「セドリックなら出来ますよ。あいつは優秀です。
それに――なんせ、僕の弟ですから」
レオンハルトの自信に満ちた言葉に、アルベルトは微笑んだ。
「フッ。あなたの良いところが似ていればいいのだがな」
◇
レオンハルトは、今日も黙々と一日をこなしていた。
「レオンハルト殿下」
レオンハルトが庭の掃除をしていたとき、突然、背後から声が掛かった。
「?!……お前は?!」
「お久しぶりでございます。
子ども未来基金に融資をさせていただいた者です。覚えていらっしゃいますよね?」
「……もちろんだ」
「殿下。私は、『殿下』という立場を担保に、お貸ししたのですよ。それなのに……」
マリオットと名乗る男は、哀れな雰囲気を演出している。
「すまない。もう私は殿下ではないのだ。財産もなにもない」
マリオットは、眉を下げながらレオンハルトに尋ねる。
「担保が無価値となったら、私はどうすればよいのでしょうかね?」
「申し訳ない。私にはどうすることも出来ないのだ」
レオンハルトは、マリオットに頭を下げる。
「いえいえ。そんなことございませんよ、殿下。実は、1つ方法がございます」
マリオットがレオンハルトの耳元に囁いた。
「あなたに、再び『担保』としての価値がつけばいいのですよ」
マリオットが不気味に笑う。
レオンハルトは思わずのけぞる。
そして、その笑みを見た瞬間、レオンハルトの意識がふと揺らいだ。まるで薄い霧がかかったように――
◇
夕陽が石畳の街路を黄金色に染める頃、私たちはカフェを訪れた。王都の喧噪から少し離れた、静かな路地裏にあるカフェ。
「エリシアと初めて来たカフェ、ここだったな」
「えぇ。あのとき食べたブドウのパフェ、美味しかったです」
あれはもう5年も前のこと。
アル様のアドバイスで、答えを導き出すことが出来た。
運ばれてきたのは当時と同じ、香りの高い紅茶。
懐かしさに心を奪われていたが、私は意識を引き戻した。そして、アル様に、気になっていたことを尋ねた。
「ところで、アル様。レオン様に会いに行かれたのですか?」
「あぁ」
「どのようなご様子でしたか?」
「気になるか?」
「……ええ」
私は視線を少し落とす。
「私の判断は正しかったのか。もっと早くレオン様に気づかせることが出来たのでは。そんな思いが、どうしても拭えないのです」
「エリシア。あなたの判断は間違っていない」
「……数字だけではなく、もっと信じるべきものがあったのでは、と自問自答をすることもあります」
「エリシア、こっちを見て」
アル様の言葉に、私は視線を上げる。
「エリシアは、人を信じたいからこそ、数字を確かめているのだろう?」
アル様が、私の震える指先を、大きな手のひらで包み込むように握り、祈るような仕草で自分の額をそこに寄せた。
「これからも数字を信じ続けてほしい。
そして、私のことも信じてついてきてくれ」
私は思わず笑みを返し、そっと手を握りなおした。
「私も、ずっとあなたと……」
私は数字を信じる。
それはこれからも変わらない。
だって、数字は嘘をつかないから。
――でも。
あなたを信じるのに、理由はいらない。
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次作でもお会いできれば嬉しいです。




