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第32話 詐欺師の襲撃-山の価値ー

 男は酒場に行き、考える。


 (あの女、妙だな)


「アニキ。あの女、大丈夫でしたか?」


 男をアニキと呼ぶ者が、男に酒を注ぐ。


 男と比べると少し幼く見える。年の頃は、20歳前後か。

 髪は少し跳ねていて、整えているのかいないのか分からない。口元には常に薄い笑み。無邪気に見えるが、鋭い目をしている。


 男は酒を一口飲んだ。


「……やけに領地について聞いてきた」

「へぇ」

「あと、一緒にいた護衛。あれは普通の護衛じゃない」

「そうなんすね! さすが、アニキ。観察眼がするどいなぁ!」


「それに、あの女。あれは偽名だ」

「へっ!? じゃあ、あいつも俺らと一緒の詐欺師ってことっすか?」


「いや、それはないだろう。……レオボルドの差し金かもしれない」

「レオボルド大臣ですか? あぁ、確かにゴミクズを高値で買わされて、怒り狂ってましたからね」


 そう言い、ヘラヘラと笑っている。


「でも、ここ最近、大臣からの刺客、なくなっていたんすけどね。返り討ちがよほど懲りたと思っていましたけど、違うんすかね?」


 レオボルド大臣は、騙されたことを知るや、男の元に刺客を派遣していた。

 しかし、ことごとく返り討ちに遭っていた。男は現場には姿を現さず、手下や地の利を利用してうまく切り抜けていたようだ。

 ここ最近は、大臣もあきらめたのか、動きは大人しくなっていた。


「分からない。ただ、レオボルドなら、他の策を考えてもおかしくない」

「なんか、よく分かんないすけど、あの女はレオボルドの刺客の可能性がある、ってことっすね!」


「あぁ。この領地は、領主が使いやすく、つい長居してしまったが、そろそろ移動しなきゃいけないだろう」

「えー、残念だなぁ。結構、この酒場とか気に入ってたんすよ」


「ここを離れる前に、あの女に、ちょっと教えてやれ」

「何をですか?」


 ニヤニヤして酒をあおっている。


「ばかやろう。怪しい奴は痛い目にあう、ということを教えてやるんだ」

「あらら。かわいそうに」

「今夜中にやれ」

「へい! アニキ。任せてください。ちょっと数名に声をかけますんで」


「注意しろよ。特にあの護衛は怪しいからな」

「腕っぷしが良い奴らを集めますんで、大丈夫っす!」


「領主はアホで使いやすいし、宿屋の親父は口が軽いし、居心地が良かったが、引き際が大事だ。

 終わったらすぐに報告しろ。荷物まとめてすぐに離れるぞ」

「アニキ、了解っす!」


 ◇


 その夜。

 私たちが泊っている部屋の扉が勢いよく開き、ならず者達が押し入った。


 ならず者達が、私の寝床に手を伸ばす。


 だが、ベッドの下には、アル様が静かに潜んでいた。


 私の耳に、アル様の低く鋭い声が響く。


「大丈夫。そのまま動くな」


 アル様が、ベッドの下から飛び出す。ならず者達は一瞬動揺しつつも、アル様に襲い掛かる。


 しかし、アル様は、敵の動きを見ながら、飛びかかる相手の腕を素早くかわし、一撃で制圧する。隣室から、アル様の護衛も駆けつける。


 私はベッドに身を潜めたまま、掛け布の隙間から様子をうかがう。


「こっちは任せろ! ……絶対に傷つけさせない!」

 

 短い声に、冷静さと力強さが混ざる。


 護衛が横から敵を押さえ、アル様が連携して隙を突く。ならず者達は混乱し、逃げるまもなく返り討ちにされている。


 私は息をひそめ、その堂々たる戦いぶりを見つめる。冷静で、頼もしくて、胸が熱くなる。絶対に大丈夫、そう判断しているのに、指先にはわずかに力がこもる。


 やがて部屋に静寂が戻り、アル様が護衛に軽く目で合図する。その視線だけで、全ての安全を確認出来る。


「エリシア。無事か?!」

「アル様! 私はずっと隠れていたので大丈夫です。アル様、お怪我はしておりませんか?」

「私は大丈夫だ」


 張りつめていたものが一気にほどける。ようやく息が出来た気がした。


「ルクセリア王国の騎士団に引渡しておけ」

「はい、殿下」


 アル様の護衛が返事をする。


 手足を拘束されている、ならず者達が、呆気にとられた表情を浮かべている。


「は? 殿下?!」

「そうだ。お前たちは、我がヴァルディア王国の王太子を襲ったのだ。ただではすまないぞ」


 ならず者達に護衛が告げる。


 ◇


 物陰に潜んでいた男の部下は、目の前の光景に息をのんだ。

 腕っぷしがよいからと集めた、ならず者達が、あっという間に制圧されていく。反撃する間もなく押さえつけられ、床に転がされる姿に背筋が冷えた。


「な、なんだよ……あれは」


 一人だけじゃない。護衛らしき連中が動き、連携して、無駄なく叩き潰している。

 早く逃げなきゃ。頭ではわかっていても足が動かない。


「……! ヴァルディア王国の王太子?!」


 その言葉が聞こえた途端、足音を殺しながらその場を離れ、宿屋を出たら路地へと駆け出す。


「やべぇ……やべぇって……!」


 男の部下が、転がり込むように酒場に駆け込み、荒い息のまま、男に叫んだ。


「はぁはぁ! まずいっす!」

「落ち着け。何があった?」


「あいつ、隣国ヴァルディアのアルベルト王子でした! 仲間は全員やられました! 」

「……! アルベルト王子だと?!」


 男は勢いよく立ち上がり、その勢いでテーブルの酒がこぼれたのにも気づいていない。


「アニキ! 王子を襲ったなんて! 打ち首ではすまないですよ」


 男の胸に焦燥が走る。


「クソ! なんでこんなところに王子がいるんだ!」

「俺、尾行されたかもしれないっす! 早く逃げましょう!」


 男達は慌てて酒場を出ると、拠点から持てるだけの荷物をかき集めて、夜の暗闇に消えていった。


 ◇


 襲撃を受けた翌日、私たちは問題の山へと向かった。


「エリシア。足元に気を付けて」


 そう言って、アル様は当たり前のように手を差し出した。


「ありがとうございます」


 私は、アル様の手を取る。指先が触れたままでも、どちらも何も言わない。


 宿屋の主人は、昨日のならず者達のことは知らないと言い張っていた。

 しかし、アル様の護衛による厳しい取り調べを受けているので、いずれ宿屋に招き入れたことなどを白状するだろう。


「すごい岩山ですね」


 岩肌がむき出しになった斜面に、淡く金属の光が走っていた。表面に出ている岩は鉱石っぽいが……


「アル様。あそこ光っていますが、あれは鉱石ではないのでしょうか?」


 アル様は、近づき、しばらく無言で見る。

 そして、周囲に落ちている、石の欠片を拾い、指先で砕いた。乾いた音が、やけに軽い。


「似ている。どう思う?」


 アル様は、後ろにいた護衛に尋ねた。


 護衛も石を拾い、地面に落とし、静かに言った。


「アルベルト王子のおっしゃるとおりです」


「鉱山の見た目をしている――だが、見た目だけだ」

 

 アル様は断言した。


「鉱山ではない……ということですか?」


「あぁ。私の国は武器を作ることが多いから、鉱石は見慣れている」


 アル様は、岩肌へと視線を向けたまま続けた。


「見慣れているが、これは違う。それっぽく見えるだけだ。ただ、素人なら騙されるだろう」

「では、鉱山ではないこの山は……」


「大した価値もない岩山だ」


 風が、砂をさらっていく。


 私は、山を見上げたまま、小さく息を吐いた。


「子ども未来基金は、ずいぶん高い値段で、この岩山を買ったのですね……」


 子ども未来基金は、この岩山を購入した。しかも、国からの助成金以上の金額なので、おそらく借金もしているのだろう。

 何も産み出さない、この単なる岩山のために。


「レオン様……あなたは……最後のチャンスを手放したのですね」


 私は目を伏せて、わずかに息を落とした。


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