第31話 アルベルトとの視察
「今度、こんな辺鄙なところに、どこぞの令嬢とその護衛が来るらしいぞ」
酒場で、宿屋の主人が、目の前の男に顔を寄せて言った。
その男の年の頃は、四十前後。
特別に大柄というわけではないが、肩の力の抜け方が妙に落ち着いている。
「令嬢が? 何しに?」
「何やら観光らしいけど」
「こんなところにか?」
「ほんとだよな。大して見るもんなんてないと思うけどな」
宿屋の主人はビールをあおり、嬉しそうに言う。
「まっ、うちとしては、泊まってくれれば稼げるから。こちらは万々歳だけどさ」
男は思う。
(令嬢が観光? 怪しいな。探りを入れてみるとするか)
◇
王都を出て、どれくらい経っただろう。
最初は石畳だった道も、いつの間にか土へと変わり、馬車の揺れも規則的ではなくなっていた。窓の外には、まばらな民家、手入れの行き届かない林。
距離だけでいえば大したことはないはずだ。だが、日帰りで済ませるには、すこしためらう程度には遠い。
「エリシア。そろそろ着くぞ」
声が落ちてきた。私は顔を上げ、馬車の窓の外をのぞく。
「よくある地方の町よりは、少し元気がない感じですね」
「あまり人も、外に出ていないようだ。活気はないな」
「事前に調べたところによれば、領地の人口が年々減っているそうです」
私は、膝の上の資料に視線を落とし、もう一度数字を追う。資料の数字と一致する、放置された痕跡。
「領主は、人口減に対しては何もしていないのだな」
「えぇ、おそらく。人口が3年前より1割も減っていましたから、対策はしていないかと」
私は、ベルナルド様からいただいた資料を改めて見る。
農作物の生産者が減少。それに加えて、数年前の不作のときから生産量が落ちたままだった。
他の領地は、肥料の変更など工夫をしたことで、農作物の生産量は戻ってきているところが多い。
しかし、この領地は、今まで育てていた小麦をグッと減らして、果物に変えていた。
農作物の種類を変更して、成功している領地もあるので、その判断はよいだろう。もし成功したら、土地の特産品にもなる。
ただ、この領地の土地質などを考えていなかったようだ。果物の生産量は全くもってダメで、結果、人口流出を招いてしまっていた。
「領主の侯爵様は、実際にお会いしたことはありませんが、領地経営は苦手なようです」
「侯爵の浅はかな考えだったのか、誰かの入れ知恵だったのか。農作物の失敗は、痛手だな」
こんなところに、高値で取引されるような山があるのだろうか。
「もし、この領地に、お宝の山があれば、採掘の労働などで活気があふれるはずだ」
「えぇ。でもそんな雰囲気はありませんね」
馬車が大きく揺れ、やがて完全に速度を落とす。
今日泊まる宿屋に到着した。
「エリシア。今回、私は君の護衛のふりだが、ふりではなく、本当にエリシアを守る」
「ありがとうございます。心強いです」
「馬車を降りたら、敬語はダメだ。私は護衛だからな」
「はい」
アル様は、いつもの服装とはまるで別人だった。
仕立ての良い上着を着ているが、色は深い灰色。
刺繍も装飾もなく、遠目には、ただの実務的な護衛服にしか見えない。
髪も整えすぎない程度にまとめられている。
つやを抑えるように整えられているのに、それでも光を拾ってしまう。
視線を伏せれば目立たないが、一度顔を挙げれば、否応なく、その琥珀色の瞳が目を引く。
「それにしても、普通の護衛には見えませんわ」
「腕の良い護衛に見えれば、合格だろう」
(どんな格好をしていても、隠しきれていないのよね)
「見惚れてるのか?」
「……! 早く降りましょう!」
アル様は小さく笑った。
「すでに宿屋には、私の護衛が旅行者を装って泊っている。じゃあ、行くとするか」
「えぇ」
私たちは馬車を降りて、宿屋に入った。
「いらっしゃいませ。こんな遠くまでようこそおいでくださいました」
「今日から数日間泊まるから、よろしく」
「へい! 今日は、珍しくお客様がいっぱいでして。
部屋は一部屋しか空いていないのですが、大丈夫でしょうか?」
宿屋の主人が伺うような目で見てくる。
(え!? 一部屋? アル様と同じ部屋なの?)
私は一瞬、顔がこわばった。
「もちろんです。私はお嬢様の護衛ですから、同じ部屋で構いません」
「へへへ、ありがとうございます。
では、これが部屋の鍵です。部屋はそこの階段あがって、正面の部屋です」
「さぁ、お嬢様。部屋に行きましょう。荷物は私が持ちますので」
アル様が宿屋の主人から鍵を受け取り、私の荷物を持って、さっさと階段をあがっていく。
「アル様! さすがに同じ部屋というのはまずいのではないですか?」
「エリシア。空いてないのだよ? それに、何がまずいんだ?」
「それは……」
「エリシアは、僕と同じ気持ちじゃなかったのかい?
悲しいことだ。私は一秒でも長く一緒にいたいと思っていたのに」
そういって、アル様は目元を拭うが、涙の跡はどこにもない。
(アル様ってこんなキャラだったかしら。なんだかお兄様に似てきた気がするわ)
トントン……扉がノックされた。
「はい!」
「到着早々、お疲れのところ、申し訳ございません」
宿屋の主人だった。
「領主様の代理人の方が、ご挨拶をしたいと1階に来ておりして」
私とアル様は顔を見合わせた。
「代理人?」
「今回は観光ということを伝えていたけど」
私は引っかかるものを感じながら、アル様と1階に降りた。
「ようこそお越しくださいました。私は領主様より代理人を任されている者です」
男はにこりと笑った。
特徴がない男だ。再び出会っても気づかないかもしれない。
「ところで、今回はどのようなご用で?」
「観光ですわ。事前に伝えていたとおりです」
「えぇえぇ! 観光とはお聞きしております。
ただ、王都の令嬢さまに楽しんでいただけるような場所ではなさそうだったので」
男は笑顔のままだが、目が笑っていない。
何か探りをいれるような、まなざしだ。
本心を隠すのは私の方がうまい。
私は、観光目的はおかしいことかしら?という雰囲気が出るよう、小首をかしげながら、微笑んだ。
「あらやだわ。何もないところも珍しいから、観光になるのですわ」
「……あぁ、なるほど。そうかもしれませんね」
「静かなところで過ごすということも、私には新鮮なのよ」
「確かに、賑わいはないので、静かではありますね」
「人の数も少ないのかしら。町を歩く人も余り見かけないし」
「まぁ、地方の町は、こんなもんだと思いますよ」
「それにしても、静かね」
「お嬢様には珍しいかもしれませんが、地方によくある状況ですよ」
男は、まだ探るような目をしながら、私と会話をしている。
「こんなに静かなのは、人口が減っているのかしら」
「いや、減ってはいないと思います。地方は地方なりに頑張ってますので」
「……そう。人が少ないと領地経営も大変ですものね」
「えぇ、でもそれなりに経営はやっておりますよ」
男の話は滑らかであるが、どことなくフワっとしている。口から流れるように言葉が出ているが、抽象的な感じだ。
「ところで、この土地には何か特産品とかあるのかしら」
「いや、ないですよ。特産品があればいいんですけどね」
「王都ならブドウを育てているけど、そういうのはないのかしら」
「いやいや、ないですよ。王都とは違いますよ」
男は、苦笑し、何も分かってないな、という顔をしながら言う。
「昔から小麦だけ育ててる普通の町なのでね」
「なるほど。そうなのですね」
「ところで、令嬢さま。お名前が、エリナ様、ということですが」
「えぇ、それが何か?」
「いえいえ! 何でもございません」
男は慌てて手を振る。
「では、エリナ様。この町をお楽しみくださいませ。私は失礼します」
部屋に戻った私たちは、窓から、男が去っていくのを見送った。
「エリシア。どう思った?」
「領主の代理の者ではないことだけは、確かですね」
「あぁ。事前の領地情報と全然違うからな」
「得体の知れない人ですね。明日の山の調査は慎重に行う必要がありますね」
「あぁ、警戒を強めよう」




