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第29話 アルベルトの告白-計算不能な思いー

「エリシア様。いつもご寄付ありがとうございます」


 私は、炊き出しの時に知り合った孤児院に、寄付を届けに来ていた。

 薄暗い修道院の門をくぐると、かすかに木とろうそくの香りが漂う。


「子どもたちも、エリシア様と会えると喜んでおります」


 修道院の年配の女性は、にこやかに頭を下げ、手にした小さな袋を渡してきた。

 中には、子ども達の手紙や木の実で作ったブローチなどが入っていた。


 小さな足跡が廊下に響き、子どもたちが次々に集まる。

 目を輝かせ、口々に「エリシア様!ありがとう!」と叫ぶ姿に、胸が温かくなる。


 中には恥ずかしそうに手を振る子もいれば、寄付された食料や人形などを嬉しそうに抱きしめる子もいる。


 私は子どもたちの様子を、目を細めながら見る。


「私が出来ることは微々たることです」

「そんなことございません。大変感謝しております。

 国からの援助も少ないので、ご寄付は大変助かっております」


 彼女はそう言い、手を軽く胸に当てた。


 我が侯爵家の領地にある孤児院も、国からの援助金が少ないと言っていた。

 貧困層対策や孤児院対策は、どうしても後回しになってしまうのだろう。


 レオン様は、孤児院の現状に心を痛めていて、対策を考えているらしいと噂で聞いた。

 卒業式から1年以上経ち、レオン様もだいぶ成長しているのだろうか。


 (ちゃんと数字の裏付けのある対策を考えていればいいんだけども)


 レオン様が王太子再教育を受けてから、直接お会いしたことはない。

 なので、どれだけ変化したのかは分からない。

 けど、甘さがなくなっていることを期待したい。


 ◇


「最近、レオンハルト殿下は、子ども未来基金というものを立ち上げたそうじゃないか」

「えぇ。孤児院を将来的にはなくしたいとの思いから、立ち上げたそうですわ」


 私は屋敷の庭で、アル様とお茶をしていた。

 アル様との距離は近づいたような、変わらないような、微妙な感じだ。


「基金の代表は誰なんだい?」

「レオン様の側近のクラウス様だそうです」

「ふぅん。設立目的は賛同出来るし、我が国でも参考にしようかと思ったのだ。

 今度機会があったら、クラウス殿に話しでも聞いてみようかな」

「それはよろしいかと思います」


「ただ、少し気になるところがあるのです」

「なんだい?」

「国からの補助金で立ち上げたので財源はあると思うのですが、孤児院を回ると、財政的に厳しいと言うところが多いのです。

 建物もボロボロなところもありますし、基金がちゃんと活用されているのかなと疑問に思うのです」

「立ち上げたばかりだから、まだ方針等が決まっていないのかもしれない」

「まぁ、そうですよね」


「けど、エリシアの、そういう違和感、というのを私は信じている」


 アル様は、私の目をまっすぐに見ながら言う。


「エリシアが違和感を覚えたのならば、調べてみるといい。

 そして数字を見て、現場を見る。

 違和感を解消するために行動をするのがエリシアの良いところだと思っている」

「そうですわね。

 ……数字に基づかない違和感だけで足を止めておりました」


 そうだった。私は帳簿の違和感で今まで不正を見つけてきた。

 それは、違和感が気持ち悪かったから。


 今回は、まだ数字は見ていないから、帳簿の違和感ではない。

 けど、モヤモヤするという気持ちがあれば、行動しない理由はない。


「アル様とお話ししていると、いつも発見があります。ありがとうございます」

「それは光栄だよ」


 (本当に、アル様とお話すると、気づきが見つかるわ。モヤが晴れるのよね)


 私はカップを手に取り、紅茶を一口飲む。


 遠くで小鳥がさえずり、花の香りがふわりと漂う。 

 時折、葉擦れの音や小さな風の音が聞こえ、静かな庭に二人だけの世界が出来ているようだ。

 私は、言葉にできない安心感を覚え、思わず心がふわりと軽くなる。


「ただ、今度は、現場を調べるときには、私にも声をかけてくれ」

「え……でも、わざわざアル様にご面倒をかけさせるわけにはいきませんわ」


 私は、慌てて手を振る。


 お兄様やエド様の影響もあり、ふと忘れそうになるが、彼は、ヴァルディア国の王太子である。

 私の悩み事で、わざわざアル様に協力をしてもらうだなんて。

 外交や視察などでお忙しい中、我が家に顔を出してくれるだけでも、よくよく考えれば あり得ない話だ。


「……面倒なんかじゃない」


 そして、アル様は、何度か口を開きかけて、やめた。

 琥珀の瞳が落ち着かなく揺れる。


 けれど、次の瞬間。


 小さく息を吐き、覚悟を決めたように私を見てきた。

 視線をそらすことはできない。


「大好きなエリシアが心配だから」


 彼は、小さく笑った。

 ――覚悟を決めた人の笑みだった。


「一人で考えて判断をするエリシアの姿勢が好きだ。

 けど、婚約破棄宣言のときもそう。生徒会での領収書の件もそう。

 エリシアに何かあったら、エリシアが傷ついたらと思うと心配でたまらない」

「アル様……」

「だから、一番そばにいつもいたい。一緒に悩みたい」


 言った後で、アル様はふっと視線をそらした。

 さっきまでの落ち着いた様子がウソみたいに、少しだけ気まずそうだ。


 けれど、すぐにまた私を見る。

 琥珀の瞳が、まっすぐ向けられた。


 私の答えは最初から決まっていた。


 私は小さくうなずく。


 その瞬間、彼の目がわずかに見開かれる。

 驚いたように。そして――安心したように。


「……じゃあ、将来結婚してくれる、ということでいいかい?」


 どうかな?というように、のぞき込んでくる琥珀の瞳に、私は大きくうなずいた。


 彼が安心したように息を吐く。

 まるで、ずっと張り詰めていたものがほどけたみたいに。


 それから、彼が私の手を取った。

 指先が、少しだけ強い。


「よかった……」


 アル様は、少し困ったように笑った。


「エリシアは、帳簿のミスはすぐ見つけるのに、僕の視線にだけは気づいていないのかと思って、不安だった」

「私の方が不安でした……」


 私がふいっと顔をそらす。アル様が、私の手を軽く引き寄せる。

 私が顔を向けると、琥珀の瞳が、まっすぐ私を見ていた。


「もう、一人で戦うのは終わりだよ」


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