第28話 王妃様の思惑
学園卒業後、私は領地経営の手伝いをしながら、アル様との交流も続けていた。
そして、なぜか王妃様から、お茶会に定期的に誘われていた。
「エリシア。先日は地方に行っていたのですってね」
「はい、王妃様。炊き出しで回っていたときに知り合った孤児院をいくつか訪れておりました」
「そう。エリシアは、今も昔も、国のことを思っておるのですね」
「貴族として当然のことまでです」
私が微笑むと、王妃も微笑んだ。
(さすがだわ。これが完璧な『微笑み』というものだわ。全く読めない)
「ところで、レオンも最近は、孤児院などを視察しているようなのよ」
「そうなのですね。レオン様は、特に子どもたちの将来について、いつも考えておりましたから。孤児院を無くすことが出来たらと思っておられるのでしょう」
「あの子の気持ちは、本物なんだけれどもね。少しは成長してくれてれば良いのだけど」
私は何とも返事がしづらく、曖昧に微笑みながら、ティーカップに手をかけた。
「ところで、エリシア。アルベルト王子とは、いつ結婚をするの?」
急角度からの王妃様の質問に、私はティーカップを落としそうになった。
「……!失礼しました。えー、いまは友好的な関係を築かせていただいております」
「そう。じゃあ、まだ大丈夫ということね」
「え?」
王妃様は紅茶を一口すする。
何が大丈夫なのだろうか。
私は嫌な予感がした。
「エリシア。あなたは王太子妃教育を完璧に勤め上げたわ。それに比べてマルグリットは……まぁ、比べるまでもないわ」
「年数が違いますので。私も最初は完璧ではありませんでしたし」
「あなたは、マルグリットに王妃がつとまると思う?」
王妃様が答えにくい質問をぶつけてくる。
王妃様の思惑に嫌な予感がする。
「レオン様とマルグリット様が、二人で支え合っていかれれば大丈夫かと」
「そもそも、王妃になれると思うの?」
「そのために、二人はいま努力をなさっているのではないでしょうか」
「努力だけでは直らない部分もあるわ。質問を変えるわね」
「レオンは王になれるかしら?」
「と申しますと……?」
「レオンが王にならなければ、マルグリットは王妃にはなれないわ」
「……えぇ、そうですね」
「レオンの隣がマルグリットなら、レオンは王にはなれないでしょう」
王妃様は、紅茶を一口飲んで、微笑む。
私は背中に冷や汗が落ちる。
「それは、レオン様の隣がマルグリットでなければ、レオン様は王になれる、ということでしょうか」
この流れはまずい。
これは、私がレオン様の隣に立てば良いということを言いたいのだろう。
「うーん、それもそうだけども。レオンの隣に立ちたいという人間は、もうマルグリットくらいしかいないんじゃないかしら」
「え……」
王妃様は、陛下のようにレオン様に甘くはない。
そんな王妃様のレオン様評価は手厳しい。
「それに、エリシアほど王太子妃教育を完璧に出来る人間はなかなかいないわ」
「恐れ多いです……」
「ということは、エリシア基準で考える、っていうのはどうかしら?」
「……は?」
私は、思わず声が出た。
「だから、エリシアは王太子妃確定とすれば、自ずとその隣に立つのは……」
「母上! それにエリシア様も!」
そこに、セドリック第二王太子が現れた。
「……セドリック様、こんにちわ」
「あら、セドリック! どうしたのかしら」
王妃様は、セドリック様が現れるのを知らなかったように反応する。
「どうしたもなにも、母上が、エリシア様とお茶をしているから顔をお出しなさい、とおっしゃったのではないですか」
「わたくし、そんなこと言ったかしら。最近、物忘れが激しいみたいだわ」
王妃様は、卒業パーティーでのレオン様の失態から、考えていたのだろう。
私は、王妃様はレオン様との婚約を再び結ばせようとしていると思っていた。
まさか、セドリック様を後継者として、そしてその婚約者に私、と考えていたとは。
(やっぱり、王妃様は読めない人間だわ)
「セドリック。エリシアとお茶でもしなさい。私はここで失礼するわ」
「あ、はい。母上」
「……」
私は、複雑な気持ちで、その場から去る王妃様にカーテシーをして見送った。
「エリシア様。母から何か言われたのではないですか?」
「えぇ。まぁ」
「エリシア様は気にしないでください。
僕は、アルベルト様とお似合いだと思います」
「え……」
「母は、僕の婚約者にエリシア様を置きたいのです。
僕は、エリシア様にはアルベルト様がいらっしゃると、いつも言っているのですが、なかなか諦めが悪いようで」
「そうなのですね」
「母が僕をどうしたいのかは感じています。けど、僕は……まだどうしたらよいか分かりません」
セドリック様の声がだんだんと小さくなっていった。
「セドリック様は、レオン様を尊敬なさっていますものね」
「ええ。兄には僕にはない決断力や胆力があると思っています」
「確かに、レオン様は惹きつける力強さはありますわね」
レオン様は、確かにカリスマ性があった。けど、結局は、理想を語るだけであった。根拠がないので実現力はなかった。
逆にセドリック様は、理想は多くは語らない。
「けど、セドリック様には、慎重に実行しようとするところがございますわ」
セドリック様が少し驚いた表情をした。
「理想を語るのも大切ですが、実現不可能なことを言うのは無責任ですわ。
セドリック様は、実現出来るか、根拠を集めて、慎重に見極めてから発言をする方だと私は思っております」
「……そんな風に言われたことはありませんでした」
私は心からの微笑み浮かべながら、セドリック様に伝えた。
「セドリック様。自信をお持ちになってください」
セドリック様が、真剣に私の言葉に耳を傾ける。
「というのは、私も父から言われたことなのですけれどもね」
「エリシア様が自信ないことってあるんですか?」
「……数字という根拠がないと臆病なところもありましたわ」
セドリック様が、満面の笑みを浮かべる。
さすがは兄弟である。レオン様に似た太陽のような笑顔だ。
「へー! 意外です!完璧に見えるエリシア様のそうではない姿を見られて、なんだか嬉しいです!」
「ありがとうございます……で合ってますでしょうか」
「今日はエリシア様とお話出来て良かったです。これからのこと、考えたいと思います」
「私もセドリック様とお話出来て良かったです」
こうしてお茶会も無事に終わり、帰ろうとする私に、セドリック様が声をかけた。
「エリシア様、またいつでも王宮に訪れてください」
「はい、またお目にかかれますこと、楽しみにしております」
「次は、アルベルト様も連れてきてくださいね」
「……! 考えておきますわ」
◇
財務大臣の屋敷で、レオボルドが悪態をついている。
「くそっ! この損失がばれたらまずいぞ! あいつめ、私を騙しよって!」
レオボルドは部屋の中をせわしなく、グルグルと歩き回っている。
「大臣、落ち着いてください。ここはひとつ、良い案がございます」
「なんだ? 言ってみろ」
部下の男がレオボルドに何かをささやく。
「なるほど……ふむ。それは良いな」
レオボルドは先ほどまでとは違い、落ち着きを取り戻した。
「おい、クラウスを呼べ」
「父上、お呼びでしょうか」
「最近の殿下はどんな感じだ?」
「真面目にやられております。地方を回って、各地の現状を把握しようとしています。特に孤児院など、貧困層の多さに心を痛めております」
「なるほど、それはちょうど良いな」
「えぇ、大臣」
財務大臣が、クラウスに何かを指示する。
クラウスは、少し考えるような顔をしたところ
「お前は余計なことは考えるな。私の言うとおりにすればいいのだ。わかったか?」
「……承知いたしました」
「分かったなら、もう下がって良い」
レオボルドは満足そうな顔をし、部下に対して笑いかけている。
クラウスは一礼をして廊下に出た。廊下に灯された光で照らされた顔は、沈んでいるように見えた。




