第27話 マルグリットへの裁きー損益は赤字ー
エリシアとルシアンが親子の関係を確かめ合っている一方で、マルグリット親子は……
「お父様! 私は何も知らなかったのです!
ドレスも宝石もレオンハルト様が買って良いと言うので、お言葉に甘えていただけだったのです」
卒業式パーティーの騒動後、自宅に戻ったマルグリットは、父に泣きながら訴えていた。
「まさか、ヨハンが、勝手に国の予算から使っていたなんて!」
「もういい。何も言うな」
レオボルトは、少し疲れた顔をしている。
「今回は、地方にお金をばらまくことで、なんとか許してもらえそうだが、多大な損失だ。
ドレスくらい我が公爵家で買えただろう!」
「……申し訳ございません」
「どうせ、エリシアに差を見せつけて優越感を感じたい、という思いがあったんだろ」
「だって、エリシアは婚約者なのに、ドレスもアクセサリーも、ほとんど買ってもらってないんですもの」
マルグリットは、少しゆがんだ笑みを浮かべた。
「レオンハルト様は、私に買ってくださるのに、みじめでしたわ。だから、ついどんどん買ってもらっては見せつけておりましたの」
「はぁ。お前というやつは……気持ちは分かるが、もっと賢くやれ」
「はい。申し訳ございません」
「まぁ、今回損したところもあるが、王太子の婚約者という地位を得ることが出来たのは良かったがな」
「当り前ですわ。レオン様は、エリシアのことを嫌ってましたから」
「それにしても、レオンハルト殿下は考えが足りなさすぎる」
レオボルドは、ソファに深く座り直して、ため息をついた。
「が、それが私たちにとっては、いい。頭はこちらで用意すればいいのだ」
レオボルドは、自分の後ろに控えていたクラウスに向かって言った。
「クラウス! これからは、もっとお前が殿下をコントロール出来るようにするんだ」
「はい」
「クラウス! あなたがヨハンの横領行為に気づいていれば、お父様に言ってどうにかしてもらえたのに。気が利かないわね」
「お姉さま。申し訳ございませんでした」
「確かに、そうだな。今後は、レオン殿下にあまり側近を持たせるな。お前がすべてを取り仕切る第一の側近になるようにしろ」
「わかりました」
マルグリットは、先ほどまで泣いて謝罪をしていたのも忘れたかのように、上目遣いで父に甘えた声をかける。
「ところで、お父様。今回の件で、私、ドレスや宝石がなくなってしまいました」
「……今はまだ早い。我慢しろ。お前が王太子妃になれば、好きなだけ買えるぞ」
「いまほしいけど、ダメですかぁ? あのエメラルドのネックレスもお気に入りだったのに」
「いまは、反省している様子を見せないとダメだ! 来月の炊き出しは地方に行くことになる。私たちの評判がどう伝わっているか分からないから気をつけろ」
「はぁい」
マルグリットは、手入れが行き届いた自分の手と爪を眺めながら答える。
「民衆の反感を少しでも和らげなければ、王太子妃にはなれないぞ」
「お父様、大丈夫ですわ。悲しい顔や申し訳なさそうな顔などすれば良いのですわよね。顔を作るのは得意ですから」
「これ以上、傷を広げるようなことをするな。肝に銘じておきなさい」
「はぁい」
◇
マルグリットは、地方を甘く見ていた。
王都での炊き出しと同じように、周りが作ってくれた食事をお椀によそって配るだけで良いと思っていた。
(なんで、私が! 私は公爵令嬢よ!)
今までカヌレより重い物を持ったことがなかったマルグリットが、大鍋を持たされたり、ジャガイモやタマネギが入ったカゴを背負わせられている。
王都では、マルグリットが新しい婚約者であることが伝わっているせいか、そこまでこき使われなかった。
しかし、地方においては、エリシアの評判の方が高いため、白い目で見られながらの作業だ。
「今日来ているお洋服も、私たちの炊き出しのお金で買われたものなのかしら?」
「今日は涙の形のネックレスはしてないのね」
「あの人が抱えているタマネギ、よく見たら、涙の形に見えるわ。新しいブランドのネックレスとして売り出せばいいんじゃないの」
「えーやだぁ! 臭そう!」
マルグリットと一緒に炊き出しの準備をする女性たちは、マルグリットに聞こえるように雑談をしている。
「あなたたち、私を誰だと思ってるの? 失礼すぎるわよ!」
マルグリットが我慢できずにそう叫ぶ。
「誰だと思ってるの? ですって!」
女性らが顔を見合わせてから、吹き出す。
「あはは! 民衆のお金を盗んでドレスを買っていた人、ですか? ねえ、みなさんはどう思う?」
「確かに!」
「あのとき、エリシア様が炊き出しをしてくれたから助かったけど、本当に大変だったんだぞ」
「エリシア様を見習えっつうの」
「誰だと思うのかって、知らねーよ! 何様だよ!」
準備をしていた女性らだけではなく、炊き出しに並ぼうとしている者たちも一緒になって口々に騒ぎ出した。
「みな、何を騒いでいるんだ!」
炊き出しの現場を取り仕切っている騎士が周囲の人間を叱責した。
「余計なことを言って騒がずに、列に並べ!」
「ありがとう。でも……文句を言われる私が悪いのですわ」
マルグリットは騎士に対して、眉を八の字にして、目を少し潤ませながら言った。
(わたし、可哀想でしょ?)
「マルグリット様。問題を起こさないでください! 仕事を増やされたら困りますな!」
マルグリットの思いとは裏腹に、騎士はマルグリットに怒ってきた。
「な……なによ! 私は問題を起こしてないわよ!」
「今日のことも王妃様には報告をしておきます」
可哀想な被害者を装ったマルグリットの演技は通用しなかった。
それどころか、騎士は、汚い物を見たかのように鼻にしわを寄せた。
「被害者ぶらないでいただきたい。私も怒鳴りたいのを我慢しているのです」
マルグリットは、今まで受けたことのない言動に唖然とした。
そして、怒りで睨み付けたい気持ちとなったが、グッと押さえた。
(なによ! 本当に私は被害者なのに! ヨハンのアホが、勝手にやったことなのに!)
マルグリットが、怒りにまかせて、鍋をかき回した。
「あつっ!キャー!!」
マルグリットが乱暴にかき回したせいで、鍋の中の汁がマルグリットの手にかかった。
「熱い! 痛い!」
みるみるうちに、マルグリットの白く手入れが行き届いている手が赤く膨れてきた。
「誰か! わたし、ケガをしたのよ! どうにかしなさい!」
マルグリットの手を冷やすための水を持ってこようと動いていた女性陣が動きを止めた。
「どうにかしなさいって」
「ほんと、何様なのかしら」
「助けようっていう気持ちがなくなるわね」
マルグリットは、痛い痛いと叫んでいる。
さすがに、泣き叫んでいる者をいつまでもそのままにするほど鬼ではない。
周囲の人間が、冷やすための水、やけどに効く塗り薬などを持ってきて、マルグリットのやけどの治療をしてあげた。
「火傷の跡が残ってしまうわ。私の美しい手が!」
「……炊き出しをしていれば、火傷の一つや二つ、珍しくありませんよ」
マルグリットの悲痛な声に、騎士も冷ややかなままである。
「なんなのよ……」
マルグリットは、包帯を巻かれた手をさすりながら、怒りの形相をしている。
(覚えておきなさいよ。私が王妃になったら、こんな村は潰してやるんだから!)




