第25話 婚約解消-自由という利益ー
卒業パーティーの騒動後、我が侯爵家と王家において、婚約解消の手続きが進められた。
王家と公爵家の面々が集まった王宮の広間には、重苦しい沈黙が満ちている。
「……以上が、確認された事実でございます」
宰相が淡々と静かに告げる。
「これにより、責は王家側にあるものと判断されます」
沈黙が広がる。
レオン様は堂々とした姿勢だが、目線は下を向いている。
「しかし、侯爵家側からの希望により、婚約は破棄ではなく、婚約の解消といたします」
レオン様の目線があがり、驚いた表情をしている。
「これ以上の追及は望みません。
本婚約の解消をもって、終結とさせてください」
私はそう答える。
レオン様は、慰謝料を請求されると思っていたのだろう。
自分勝手に公の場で、自分の失敗を顧みることもなく、私に婚約破棄を告げたのだから、普通なら慰謝料が発生するだろう。
でも、レオン様が賠償すべきなのは私ではない。
国民に対してだ。
「陛下、王妃様、今まで大変お世話になりました。
これからも臣下として、貴族らしくお支えいたします」
王妃様は微笑んだままだ。
全く腹の中が読めない表情だ。
「レオンハルト殿下。
6年間、ありがとうございました」
レオン様が何かを言いかけようとする気配がある。
けど、私はもうレオン様の顔は見なかった。
王家の席から、短く言葉が落ちた。
「配慮に感謝する」
私は一礼をし、顔を上げる。
婚約解消の手続も終わり、屋敷に戻ってきた私たちは、リビングに集まっていた。
母は王宮では大人しくしていた。しかし、屋敷に戻ってきてから……
「王家の有責の婚約破棄なのよ。慰謝料もらえばよかったわ!」
と鼻息荒くしている。
「お母様。お気持ち分かりますが、私は特に慰謝料は望んでおりません」
「でも、エリシアは、王家のことを考えて、わざわざ卒業式が終わってからと待ってあげてたでしょ!
それなのに、殿下はみんなの前で、エリシアをさらし者にしたのよ!」
「お母様、わたくしにお任せください」
騒動を心配して、辺境から戻ってきていた姉が、母に言った。
「あのガキに、辺境の力、思い知らせてやりますから」
姉も、母同様、息巻いている。
「母上、姉上。エリシアは、そこまで望んでいない、と言っているんだから。エリシアを困らせちゃダメだよ」
これまた、私のために帰国中の兄が、母たちをたしなめる。
「それにしても、エリシア、よく頑張ったなぁ!
僕も妹の雄姿を見たかったよ。アルから、エリシアが理路整然と追い詰めていたと聞いて、震えたよ!」
「あぁ。エリシアは、非常にかっこ良かった」
……そして、家族の集まる場に、なぜかアル様もいるのだ。
「アルベルト様。すみません。家内と娘が過激なもので」
父がアル様に謝る。
「あらやだ、あなた! 私が過激なら、あなたはどうなるのよ」
「私は声には出さないぞ。心の中では、あいつの髪をまずは引っ張って……」
父は、コホンと咳払いをした。
「いや、アルベルト様の前では言うまい」
「アル様、卒業式パーティーの時も見守ってくださって、心強かったです」
私はアル様に感謝を述べた。
アル様は、卒業式も会場にいてくれた。
私は一人で大丈夫だと言ったのだが、アル様は心配してついてきてくれたのだ。
「レオンハルトが怒鳴りつけていたときは、怒りで目の前が真っ赤になった。いつ飛び出して、あいつを殴ってやろうかと思った」
アル様も母や姉以上に怒っているようだ。
「けど、エリシアは、自分一人で決着をつけたいのだろう、と思ったから我慢した」
「ありがとうございます」
「アルベルト様。いつも妹がお世話になっており、ありがとうございます」
さきほどまで母と一緒に怒っていた姉であったが、興奮も少し落ち着いた様子で、アル様に挨拶をした。
「それに、辺境の防衛用物資の輸出の際には、お世話になりました」
「辺境の防衛は、実質、我が国の防衛にも繋がる。
こちらとしてもありがたいと思っていました」
姉は辺境伯夫人として、アル様と交流があったのだ。
軍事産業に力を入れているアル様の国との取引を進めるため、お兄様を介して紹介してもらったらしい。
「それにしても、私たち兄妹、みんながアルベルト様にお世話になっていますわね」
姉がしみじみと言う。
「俺はお世話している方だぞ」
「お兄様!アル様に失礼です」
「エリシア、いいのだ。セヴには大変世話になっているのだから」
アル様が苦笑いを浮かべている。
「俺の一番の功績は、なんといっても、アルとエリシアを会わせたことだもんな!」
「ちょっとお兄様?!」
兄の発言に私は動揺した。
(でも、お兄様が留学をしていたおかげで、アル様と出会えた。
もしアル様がいなかったら、私は数字の裏側まで見ることが出来なかったかもしれないわ)
「ところで、エリシア。卒業後は、どうするんだい?」
「私は、ゆっくり若い子らしく遊んだらいいと思うわ!それかしばらく辺境でゆっくりしても良いわよ」
姉と兄が、私の今後について心配してくれている。
「しばらくは、お父様のお手伝いをしながら、考えたいと思います」
「エリシア。領地経営については、お父様にお任せすれば良いのよ。あなたは、やりたいことをやっていいのよ」
母が心配そうに言う。
「そうだぞ。
ただ、エリシアが領地の帳簿管理をやりたい!というのならば、手伝ってもらうのはアリ。というか、むしろ助かるが……」
「あなた!」
家族らが騒がしく話している中、アル様が、珍しく、少しおずおずとした感じで聞いてきた。
「えーとだ。エリシア。我が国に来る、という案はないのか?」
「アル様の国に……それは、つまり、どういう形で、でしょうか?」
私は、アル様の誘いに、ドキっとした。
(これは、もしや、プロポーズというものでしょうか……)
「えーと、あー、なんだな。ほら、セヴもいるし、エドもいるから」
アル様はいつも見せないくらいに慌てている。
「自国を離れて少しゆっくりするには、ちょうどいいのではないかなって思ったまでだ。それに、もしエリシアが希望すれば、会計の仕事も紹介出来るだろう」
アル様は早口にそうまくしたてる。
その視線は定まっていない。動揺しているのが丸わかりである。
(アル様、私にプロポーズと受け取られたかもしれないと慌ててるのね。婚約解消したばかりの私なのに、勘違いして申し訳ないわ)
「……アル様、ありがとうございます」
私は恥ずかしさを隠すように、微笑みながら答えた。
「ただ、もう少しこの国でやることをやりながら、考えたいと思っています」
「あー、まぁ色々とやることも、まだあるだろう。
ただ、いつでも受け入れる、ということだけは覚えておいてほしい」
「はい……わかりました」
アル様の優しさに、つい微笑んだ。
「よかった。君の本当の笑顔が見れた」
「アル様……」
「とりあえずさ、夏くらいにでも、隣国に遊びに来たらいいよ!」
いつものように空気を読まない兄が、話に入ってきた。
「俺とアルで、色々なところに連れて行ってやるから」
「お兄様、アル様。ありがとうございます」
私は家族の笑顔に囲まれて、ようやく肩の力が抜けたようだ。
まだ、私のこれからの将来は決まっていない。けど、ひとまず、終わったのだと、安堵する。小さく息を吐くと、そのまま自然に笑みがこぼれる。
いまの私には、安心できる家族そばにいてくれている。そしてーーアル様も。
これからの私は、私にとって価値あるものだけに時間を費やすことが出来るのだ。




