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第22話 レオンハルトの公務帳簿ー数字から分かる真実ー

 窓から差し込む午後の光が、机の上の帳面を淡く照らしている。もう何度も見返した数字なのに、私はついまたページをめくってしまう。


 卒業式まであと1か月。長かったような、短かったような3年間だった。


 椅子の背にもたれ、天井を見上げる。こうして何も考えずに過ごす時間が、最近は少し増えてきた。

 いや、正確には、考えるべきことが、もう決まってしまったかもしれない。


 学園卒業後は王太子妃候補として王宮に入るのが普通の流れだ。

 しかし私は、そのレールには――乗らない。


 レオン様が、マルグリット様へのプレゼントをどこから支出したのかは、まだ確定出来ていない。

 けれども、もうレオン様の『審査』には十分すぎるほどの材料が揃った。


 私は、学園の卒業と同時に、レオン様の隣からも卒業する。


 ◇


「お父様、お母様。大事なお話があります。

 私は、レオンハルト殿下との婚約を解消したいと思っております」


「……理由は?」


 父も母も、私が言うことを想定していたのか驚かずに、静かに聞いてきた。


「レオン様は、数字を信じません。そして、私のことを信じません。私の支えを不要と思っています」


「エリシア……」


 母が悲しそうな顔をしている。


「レオン様は見たいものしか見ない。確認はしない。 レオン様のスピーチは民衆に勇気を与えます。でも、それだけなのです」


 少しの沈黙が落ち、父が口を開いた。


「エリシアが、長年レオンハルト殿下を見ていて、判断したことだ。私たちはエリシアの判断を尊重するよ。そもそも、エリシアが望むならば、エリシアが幸せならば、ということで、婚約継続していたに過ぎないから。

 あとのことは任せなさい」


「お父様……」


「ここ最近、レオンハルト殿下が誕生日に贈ってくるドレスのセンスも悪かったわよね。センスもなければ、人を見る目もないわね!」


 母は、今まで、レオン様の私への言動を知りつつも、見守ってくれていた。なので、その反動で、憤りも非常に強い。


「私の可愛いエリシアをコケにして。どうしてくれましょうか!ねえ、あなた。どのパターンでギャフンと言わせましょうか?」


「お母さま、お気持ちは嬉しいのですが、ここは落ち着いてくださいませ」


 一人暴走しそうになる母を落ち着かせながら、父に更なるお願いをした。


「お父様、婚約解消の件、了承いただきありがとうございます。もう一つお願いがあるのです」

「なんだい? エリシアの願いは何でもかなえてあげるぞ」


「婚約解消の話し合い、卒業式の後に出来ませんか?」

「それはいいが、どうしてだい?」


「王家の体面もあるでしょう。それに、在学中の婚約解消ですと学園にも何かと迷惑がかかるかもしれません。卒業をしてからの方が、一番穏便に終わらせられるのではないでしょうか」


「……エリシアが、それを望むのならばそれで構わない。

 でも、そうするとあと1か月はレオンハルト殿下の婚約者としていなければならないよ?1か月も我慢できるのかい?」


「婚約して5年も経っているのです。今さら1か月くらい問題ございません」

「わかった。では、卒業後に、話し合いをすることにしよう」


 ◇


 私が、卒業後に婚約解消の話し合いをしたいといったのは、王家や学園のことを考えてというのがあるが、それだけではない。


 卒業前に婚約解消となれば、レオン様の評判が下がるかもしれない。もちろん、私の悪評の方が多いので、そんなことはないとは思う。


 それでも、私が望むのは、レオン様の破滅ではない。

 ただ、私は、間違った契約を、終わらせたいだけだ。


 本当はレオン様には、気づいてほしかった。

 でも、私は気づかせることは出来なかった。


 窓の外に目を向ける。まだ冷たい風が、庭の危機を揺らしている。


 胸の奥に、ふと別の顔が浮かんだ。思わず、小さく息を吐く。


「まだ、考えるのは早いわ……」


 今はまだ。

 私は、一人つぶやき、テーブルの上にある蜂蜜入り紅茶を飲んだ。


「お嬢様。お客様がおいでです」


 執事が扉を叩き、来客を告げてきた。


「どなたかしら。こちらに呼んでください」


「エリシア様。お久しぶりです。大変お待たせいたしました」

「ベルナルト様! お久しぶりです。少しおやつれになられたようで」


 エド様の叔父であるベルナルト様であった。以前お会いしたときよりも、少し顔色が悪いような気がする。


「えぇ。まぁ、色々ありまして。実は、つい先日、地方の財務局に異動となったのです」

「えっ! それって、もしかして、私のお願いのせいでしょうか?」


「いいえ。違います。ただ、私が、今までの帳簿を見直して、二重領収書のような怪しい数字がないかをチェックしていたのです。そしたら、私の動きが気づかれたようで、突然の異動です」

「ベルナルト様……」


「でも、エリシア様。ご安心ください」


 ベルナルト様はそう言いながら、スーツのポケットから小さく畳まれた書類を渡してきた。


「原本はさすがに持ち出せませんでしたが、レオンハルト殿下のここ1年間の公務帳簿を写してきました」


「ベルナルト様。やはり私がお願いしたから、不当な対応を受けたのでは……」


「エリシア様は気になさらないでください。地方の財務局の方がむしろ自由に動くことが出来そうですし、これからも私は不正を見つけるために動こうと思っています。

 それよりも、この公的帳簿を見てください」


 ベルナルト様は、書類のある一部分を指さしてきた。


「この災害緊急対応費ですが、炊き出しに使った費用と記入されていますが、一般的な炊き出し費用よりも高額に思うのです」


「レオン様が炊き出し……?」


 確かに、炊き出し費用にしては、かなり高額である。

 でもそれ以上に、おかしな点がある。

 レオン様が、炊き出しをしていた、とは聞いたことがない。


「……レオン様。これですわね」


 炊き出しをしていないのに、炊き出しの費用が使われている。


 民衆のためにと、汗をかいて配膳をしていたレオン様の姿。民衆を思う気持ちとあの姿は、ウソではなかったはずだ。


 私は、なぜだか涙がこぼれ落ちそうになった。


 ベルナルト様に見られないよう、慌てて目を閉じた。


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