第21話 財務省役人ベルナルトとの出会い
ある日のこと。
財務省本部にて、一人の男性が上司から怒鳴られている。
「余計なことを言って仕事を増やすな! 上司に盾突くからには根拠があるんだろうな!」
財務省に勤めるベルナルトは、直属の上司に怒鳴られた。
きっかけは、最近の収支報告が実態とズレてる気がしたから。ベルナルトは、気になることを上司に伝えたところ、怒鳴られる目にあっていた。
「単なる、そんな気がする、で批判するな! この件はこれで終わりだ。」
ここ2、3年の財務省内部は、何かがおかしい。怒られ、自分の席に戻ったベルナルトは、考える。
もちろん基本的な仕事に問題はないが、レオボルド財務大臣を中心に空気が淀んでいる気がする。
レオボルド大臣の娘であるマルグリットは、第一王太子と仲が良い。その事実も、レオボルド大臣が、一部の幹部らと共に、独裁的に物事を進める根拠になっている。
以前の職場は、帳簿を見て、おかしな支出があれば指摘をする。そんな当たり前のことが出来ていた。
しかし、ここ2、3年は、指摘をしても「レオボルド大臣らに、聞いてから判断だ」と言われて、結局うやむやになることも少なくない。
去年は、領収書記載の公共事業が、実際に行われていたものと異なるのではないかと思い、指摘したことがあった。
「領収書があって、支払いをしているようですが、それに見合った工事とは思えないのですが」
「領収書で支払っているんだ!それに合う工事かどうかは、この部署で判断することではない」
と言われ、その件からは担当を外されてしまった。
(財務省の中で、正義ではないことが行われている)
けれど、批判するだけの根拠がない。資料を見ると違和感だけは覚える。財務省の役人の一人では、何かを証明するのは難しいのかもしれない。
ベルナルトは、今日も暗い気持ちで自宅に帰った。
「叔父上! お久しぶりです」
「おぉ! エドじゃないか!こちらに戻ってきていたのか」
自宅に帰ると、隣国に留学中のエドヴィンがいた。
エドヴィンは、ベルナルトの甥っ子であり、将来は外交官になりたいと言っている。
「叔父上。元気がないようですが、何かあったのですか?」
「いや、なんでもないんだ」
「僕で良かったら話してください。聞くしか出来ないかもしれないけどね」
エドヴィンの軽いノリに、ベルナルトの心が少し軽くなった。
「うーん。仕事でちょっと色々あってね。仕事で、国の帳簿をチェックしているだろ?その帳簿に違和感があるんだが、その正体が分からず悩んでたんだよ」
「帳簿……」
「あぁ。はっきりとした根拠はないのだけどね。だから、何から調べたら良いか分からないんだ」
「……叔父上。僕、叔父上の悩みを解決できるかもしれない人を知ってます」
「え! 本当かい? それはどんな人だい?」
「ちょうど、明日その人と会う約束をしているので、叔父上も一緒に来てください」
「明日かい? ずいぶん急だなぁ」
「叔父上、ちょうどお仕事お休みですよね?その人、叔父上の話に、たぶん興味津々で食いついてくると思いますよ」
「一体それは、誰なんだい?」
「明日のお楽しみにしてください」
そういうと、エドヴィンは、今日はちょっと顔を出しただけだから帰ります、と言って風のように去って行ってしまった。
◇
「まさか、エリシア様だったなんて。突然で申し訳ございません」
「いいえ、そんなに恐縮しないでください。エド様には大変お世話になっていましたので」
私は、久しぶりに王国に戻ってきたエド様と屋敷内でお話をしようと約束をしていた。
すると、突然、一人の男性を連れてきたのだ。
「エリシア嬢、久しぶり! エリシアがとても興味深い話を聞ける人を連れてきたんだ」
「エド様?」
「僕の叔父なんだけど、財務省に勤めているのだよ」
「エリシア様。初めてお目にかかります。我が甥のご無礼、失礼いたします」
エド様が、財務省役人の叔父を連れてきたのだ。
「それで、興味深い話というのは?」
私が尋ねると、ベルナルト様は、恐る恐るといった感じで、仕事で感じる違和感の話をしてきた。
「なるほど……帳簿に違和感ですね。そして、財務大臣らに、何か不穏な感じがすると」
「はい。でも、何かこれという証拠はないのです。 私の感覚だけです」
「ベルナルト様。毎日帳簿を見ている者にとって、その違和感というものは大切だと思いますわ。
数字がキレイであることが問題ということもあります」
「数字がキレイ……」
「えぇ、これはある方が教えてくださったのです」
「それって……もしかして、アルベルト様かい?」
エド様がニヤニヤしながら、割り込んできた。
「……エド様。ちょっと静かにしていただけますか?」
「はいはい」
エド様が肩をすくめた。
「それでエリシア様。数字がキレイなのが問題というのは?」
「キレイすぎる数字は、何かを隠そうとしているのかもしれない」
「何かを隠そうと……」
「えぇ。数字は必ず何かを教えてくれます」
ベルナルト様が、少し思案気な顔をしている。
そして、私とエド様にとって聞き覚えのある話をしてきた。
「実は、公共事業の実際の工事内容が、帳簿上の数字に見合っていないように思うことがあったのです。
でも、領収書もちゃんとあるのです」
私とエド様は、顔を見合わせた。
「それって、ノエル様がやったことと似てるよね」
「えぇ。領収書があって支出もされている。けど、実際は支出額に見合った対価はなかった。……あの学園祭の事件と同じ手法ですわね」
「やっぱり……財務省が絡んでいたのか」
「エド様が、もっと大きな何かがあるはず、とおっしゃっていましたが、それって……」
「うん。実は、ノエルは、レオボルト財務大臣の腹心の部下と遠縁なんだ」
「ノエル様に指南をしたのは、もしや……」
「さすがに、大臣が直接的に指南はしていないと思う」
「大臣でなくとも、財務省の人間が関わっていることは、ほぼ間違いないようですわね」
「あぁ。そして、今の話を聞いて思ったのは、学園と言う小さな世界で、ノエルに二重領収書の手口を教えて実践させる。
何らかの必要性があったのだろう」
「たとえば?」
「たとえば、この手口はバレにくいのか?をノエルで実験してみた、とか」
「ノエル様は、実験台として使われた、ということですか?」
「ノエルが、というか、貴族学園の帳簿で試してみたんじゃないか。そして、それがうまく行ったから、もっと大きなお金――国のお金で、実行してみたんじゃないかな」
「それって……ノエル様は捨て駒だったということですよね」
ノエル様が、二重領収書という犯罪行為に、手を貸すに至るには何かがあったのだろう。
財務省の大人と貴族学園の学生。
ノエル様を利用するのは、赤子の手をひねるほど簡単だったに違いない。
「えーと、話が読めないんだけど」
ベルナルト様が、一人話に置いて行かれて困惑している。
「……! ベルナルト様、申し訳ございません!」
エド様が、ノエル様の事件について説明する。
「なるほど。公共事業の領収書と確かに同じだ。そして、それにはレオボルト大臣が関わっている可能性が高い、と。最近の財務省での不穏な感じと一致するな」
「ええ。ですので、ベルナルト様が感じている違和感は当たっているのではと思います」
ベルナルト様は財務省の不正の可能性に対して、不満を抱いている。
そんなベルナルト様なら、もしかしたら……
「ベルナルト様。実は、お願いがございます。今日、エド様にご相談しようと思っていたのですが、ベルナルト様と出会えたのも何かの導きかと思っております」
「エリシア嬢、今日の目的は、僕に会いたくて仕方なかった、からじゃないのかい?」
「エド様。もちろんですわ。お会いしてお話ししたかったですわ」
私は、今までで一番の微笑みをした。
「……目が笑ってないよ。……アルベルト様に怒られるね」
エド様は、怖い怖いとつぶやいている。
「改めて、ベルナルト様。実は、私、レオン様の公的資金の帳簿を閲覧したいのです」
「公的資金の?」
ベルナルト様は眉をひそめる。
「はい。レオン様が王太子裁量で使うことが出来る公的資金の帳簿です」
「それの閲覧をしたい、と。理由をお聞かせいただいても?」
「レオン様の交際費帳簿のチェックをしているのですが、領収書があるのに、その帳簿からの支出がないものが多々あるのです」
「ふむ」
「それで、いったいどこからレオン様は支出なさっているのだろう、と考えたときに……」
「私的予算でなければ、王太子に裁量がある公的予算から支出しているのではないか?ということですね」
「ええ、そうなんです。レオン様にも、将来の王としての統治訓練として、小さな予算を任されています。私的予算から支出がないとするのならば、考えられるのは、この予算からなのです」
「なるほど」
ベルナルト様は顎に手を当てて、考えている様子である。
「ちなみに、仮に公的資金からの支出だとしたら、それは、レオンハルト殿下が知っていて行っていることだと思いますか?」
「……私は、積極的にレオン様が不正をしているとは思っておりません。いや、思いたくないのかもしれません」
「もし、公的資金から、目的外支出がされていたとなれば、レオンハルト殿下の王太子としての地位も 問題になるでしょう。
そして、それは、――王太子の婚約者としての地位もですよ」
「はい。分かっております」
私は、引き返す気は、最初からなかった。
「私、王太子妃という地位には、もう興味がないのです。最初のころは、レオン様の隣にいて数字や根拠で言葉を補強出来れば、国のためになると思っていました」
私は一瞬目を伏せるも、顔をあげてベルナルト様の目を見ながら続けた。
「けれど、レオン様は信じたいものしか見ない。そのような方を支えることが、国のためになるとは思いません。
ですので、今回、不正があるのならば、それを正すことの方が国のためになると思っています」
何かを決める前の静けさが、その場に満ちていた。
しばらくして、ベルナルト様が口を開いた。
「……エリシア様のお気持ち、分かりました。私も、国民のためには、財務省が健全に機能してもらいたいと思っています。……レオンハルト殿下の公的帳簿については、なんとかしてみましょう」
「ベルナルド様。感謝いたします」
「叔父上、ありがとうございます」
「それにしても、エドの隣に、まさかエリシア嬢がいたとは思いもしなかったよ」
「違いますよ、叔父上!エリシア嬢の隣の人は、ヴァルディア王国にいるんですよ」
「エド様!……ベルナルト様。エド様の隣の方も、ヴァルディア王国にいるらしいですわ」
「エリシア嬢! 余計なことを言うなって!」
エド様が、真っ赤になって慌てている。
「エド! そうだったのか!」
「叔父上。まだ分からないですから!家族には言わないでくださいよ!」
ベルナルド様がエド様の慌てぶりを見て笑っている。
「今日は来てよかった。私も私でやれることをしなければ、と思った。
では、私はここで失礼する。エリシア様、資料が手に入ったら、ご連絡いたしますね」
「ありがとうございます。感謝しております」




