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第2話 数字に導かれた幼少期

「帳簿は最後に真実を残すのだよ。エリシア」


 祖父の声を、私は今も、はっきりと思い出せる。


 あの卒業式の日、あの壇上の空気。

 あの冷たい視線の中。


 私が頼りにしたのも、結局この言葉だった。


 私の最も古い記憶は、この光景だ。そしてそれは、一度きりではない。


 アルカディオール侯爵家の末っ子の私を膝に乗せ、言い聞かせるように話しかけるのは、私の祖父である。


 私の祖父は、由緒正しい侯爵の長男であった。

 ただ、伝統はあったが、治める領地は荒れていた。そのため、幼いころの生活は厳しかったようだ。


 しかし、祖父は帳簿と数字を武器に、盤石な領地へと作り替えた。そして、敏腕領主として公爵の爵位をもらった。


 そんな祖父の娘が、母である。


 数字を信じて領地を繁栄へと導いた祖父は、厳格である。しかし、家族の前では柔和な顔を見せる。

 そんな祖父の膝の上は、私の特等席だった。


「数字は、うそつかない。でしょ?」


 そう言って、私は祖父の膝の上で胸を張り、祖父を見上げる。


「そうだよ、エリシア。

 まだ5歳なのに、帳簿の大切さをわかるなんて。

 賢いなぁ! さすが、我が孫だ!」


「エリシア、数字だいすき!

 全部あわせると、ぴったりになるのが、すき!

 ちゃんと、ぴったりにならないと、どこかがまちがってるんだよ」


 祖父は、帳簿の大切さを答える私の頭をなでて、上機嫌になる。


 祖父の笑い声に、リビングの空気が和らぐ。


 暖炉の火がパチリと弾け、祖父の胸越しに見える天井はやけに高い。

 重たいカーテンの向こうでは、冬の風が唸っているはずなのに、この部屋はあたたかい。


 西棟の家族用のリビングは、来客用の広間よりも幾分こぢんまりとしている。しかし、家族が集まるのにはちょうど良く、私はこの部屋が好きだった。


 私は祖父の膝の上で、帳簿とテーブルの上に置いてある焼き菓子を、交互に見比べる。


「エリシアは、帳簿とお菓子どっちが好きだい?」


「どっちも!

 おじいさま。エリシア、あのお菓子、たべてもいい?」


「ハハハ! 数字を見ると頭を使うからな。

 お菓子が好きというのも理にかなってるな」


「はい、エリシア。ゆっくりお食べ」


 祖父は笑いながら、焼き菓子を私に渡す。


 丸みを帯びた肘掛け椅子が暖炉を囲むように置かれ、その中央には小さな円卓。

 白磁のティーカップからは、ほのりと甘い香り。父と祖父のグラスからは、少し大人のにおいがする。


「お父様が、またエリシアと帳簿を見ているわ」


「あの子には、この前、領地経営の収支の抜けているところを指摘してもらったんだよ!

 いやー僕は気づかなかったのに。さすが、頼りになる娘だよ!」


「あなたったら、5歳の娘に何をさせているのよ。もう」


 私の父、ルシアン・アルカディオールが、母に怒られている。これもいつもの光景だ。


 私は、小さいころから数字を読むのが大好きだった。絵本よりも帳簿を見るのが楽しかった。

 自分でも変わった子どもだと思う。


 兄と姉が外で走り回って遊ぶ中、私は庭に咲く花を数えて遊ぶことに熱中していた。


 紙に、ぐちゃぐちゃの線と数字を書いて「きょうのきろく」と呼ぶのが日課であった。減ったものや数の違いには、誰よりも敏感に気づいた。


 兄がこっそりお菓子を食べれば


「いち、にい、さん。

 あれ?

 おかあさま!

 1こ、なくなってるの。

 きのうまでは、そろってたの」


 とすぐさま告げるため、兄は隠れてお菓子を食べても、すぐにばれていた。


 そんな私に、両親は心配をするのではなく、私の好きなようにさせてくれていた。


 私が数字好きになったのは、祖父の英才教育が影響している。

 祖父の娘、つまり私の母は、あまり数字に興味がなく感覚で動くタイプだ。結果的には、母の選択が正しいことが多い。


 私は、明確な根拠もないのに突っ走って、正しい結果になる母が不思議である。私は、数字の裏付けや明確な根拠がなければ、ムズムズしてしまう。


 ちなみに、母の一番正しかった選択は、父との結婚だったようだ。


 父は一見穏やかで、のほほんとしているように見える。私たちにも使用人達にも声を荒げることがない。

とても優しい存在だ。


 けれども、親世代の貴族の方々の印象は違うらしい。父は敵にしてはならない・怒らせるととても怖いと言われているらしい。

 いつもの自宅での父の姿からは想像もできないが、陛下も一目置く存在らしい。


 そんな父に、母は一目惚れをし、もっと良い縁組みがあるとの周囲の声もなんのそので、そのまま突っ走って、結婚までいったそうだ。


「くしゅん!」


「あら、エリシア。大丈夫?

 大分寒くなってきたと思ったら、雪が降り始めているわ」


 母が肩にかけていたストールを、私に掛ける。

 一段と寒さが増してきた。カーテンの隙間から見える窓ガラスの向こうが、白く霞む。


 ドタドタという音が、扉の外から聞こえてきた。


「おじいさま、来ていたのですね!」

「おじいさま、セラフィーナのダンス見てください! うまくなったのです」


 私の兄セヴラン、姉セラフィーナが、息を切らせながら、リビングに勢い込んで入ってきた。


「セラフィーナ、セヴラン!

 なんて騒がしいの。ちゃんとドアをノックして、ゆっくり入ってきなさいな。」


 母から小さく怒られ、姉らは小さく舌を出していた。


 リビングに家族みんなが集まり、冬の休日には領地から泊まりに来る祖父を交えて賑やかに過ごす。

 これが、アルカディオール侯爵家の休日で、よくある風景であった。


 数字を愛でる私を、家族は温かく見守ってくれている。


 あの卒業式の日とは――まるで違う温もりだった。



本日の21時頃に3話目更新予定です。

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