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第1話 婚約破棄の宣言

新作の長編です。

不正や陰謀を暴いていく、ざまぁ要素ありの物語になります。

よろしくお願いします。

「私は、ここにいるエリシア・アルカディオール侯爵嬢との婚約を破棄する!」


 ルクセリア王国の第一王太子であるレオンハルト王太子が、貴族学園の卒業式会場にて高らかに宣言した。


 会場は、一瞬にして静まり返った。


 クスクスと密かに笑う声、戸惑いの声、息をのむ音。ささやきが水面の波紋のように広がっていく。


 歓声も、悲鳴もない。

 あるのは、冷たく、そして何かをきっかけに弾けそうな空気だけだった。


 壇上の中央に立つエリシアは、微動だにしない。


 窓から差し込む光が、彼女の銀糸の髪を淡く照らす。その口元には、いつもと変わらぬ作られた微笑。


(今日、何かが起こる確率は高いと思っていたけど、まさか卒業式で婚約破棄とは、計算外ね)


 白い指先に、わずかに力が入る。

 怒りではない。恐怖でもない。


 戸惑いを一瞬で押し殺し、思考を切り替える。


「婚約破棄、承りました。

 残念ではございますが、仕方ありません」


 その声は、思いのほか澄んでいた。


 ざわめきが、ぴたりと止まる。


 何が起こるのかと不安そうな顔。

 期待に目を輝かせる顔。


 レオンハルトの側近たちは、真っ直ぐ見返してくるエリシアに、わずかな戸惑いを覚え、視線を彷徨わせた。


「確かに、私との婚約がなくなったことは、残念であったな」


 レオンハルトは、エリシアがショックを受けていると思い込み、わずかに声色を和らげた。


「いいえ。違いますわ。

 殿下が、何も分かっていらっしゃらなかったことに、失望したのです」


 ざわ、と空気が揺れた。

 側近たちの顔がこわばる。


 泣き崩れ、弁解し、許しを乞う。

 そうなるはずだった。


 冷血令嬢と呼ばれていたエリシアが、感情を露わにする瞬間を、誰もが待っていた。

 しかし彼女は、いつもと変わらぬ表情のまま、扇子で口元を隠し、小さくため息をつく。


 何かがおかしい。


「なんだと?!

 貴様……立場を理解しているのか!

 この場に及んでも私を馬鹿にするのか!」


 怒声が高い天井に反響する。


 会場の最後尾にいた男性が、一瞬立ち上がりかける。しかし、エリシアは、視線だけでそれを制した。


「いつも、根拠がないとか数字に反するとか、自分が正しいかのように偉そうにしていた!」


 レオンハルトの憤りが止まらない。


「それに何より問題なのは、お前には人を最初から疑う心しかないことだ!

 心優しいマルグリットとは違い、猜疑心の塊のような者は、国母としてふさわしくない!」


 (……その言葉、数字と合っていないわね)


 熱を帯びた言葉に、会場の空気が再び揺れる。


 ざわめきは、好奇と疑念が入り混じったもの。

 そのすべてが、エリシアに向けられていた。


「レオンハルト様」


 壇上近くの最前列に座っていたマルグリット公爵令嬢が立ち上がり、そのまま壇上へと歩み出る。


 レオンハルトの隣に立つと、涙をにじませながら言った。


「私は、すべての人を信じます。

 信じて裏切られることもございます。それでも、疑い続けるよりはましです。

 私は、人を疑う人間にはなりたくありません」


 その言葉に、誰もが聞き入っていた。


「レオンハルト殿下。マルグリット様。

 失礼ながら申し上げます」


 エリシアは一歩も動かず、静かに告げる。


「信じる相手を選ばないことを、優しさとは呼びません。

 信じるべきものは数字です。

 数字は、常に正しき道を示します」


「このような場でも数字か!

 数字ばかりを見るから、人の気持ちが分からないのだ!

 そのような者は私の隣にはふさわしくない。

 私の隣には、マルグリットのような、清らかな心を持つ者がふさわしい!」


 新たな婚約者宣言に、会場が大きくざわめいた。


 エリシアは、扇子を口元に当て、小さくため息をつく。


「レオンハルト殿下。信じるのは自由です。

 ですが……任せた『責任』は、殿下にあります」


 静かに、しかし確実に場の空気が変わる。


「国民から集めたお金を私的に流用していたことも

 “信じて任せていたから仕方ない”

 とおっしゃるのですか?」


 ――ひらり。


 一枚の紙が、静まり返った大講堂に落ちた。

 その小さな音が、不自然なほど大きく響く。


 側近の一人がそれを拾い上げ、青ざめた顔で膝をついた。


「……領収書?」


 誰かの、震える声。


「レオンハルト殿下。

 私は、あなたが国のためにと、自信に満ちたスピーチをし、民衆に希望を与えていたこと。その姿を、心から尊敬しておりました」


 一瞬だけ、エリシアの表情が揺らぐ。


「ですが、国民から集めた資金を、自分のために使うことは見過ごせませんわ」


 空気の重心が、音もなく移動する。

 先ほどまでレオンハルトに向けられていた視線が、潮が引くように離れていった。


 これから何が起こるのか。


 緊張と期待と疑念が混ざり合い、場の空気を鮮烈に染め上げていく。


 エリシアは、静かに言い放つ。


「婚約破棄は、帳簿に記録しておきますわ

 ――あなたの『赤字』として」




本日12時に第2話を更新予定です。

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