第19話 ネックレスの領収書ー帳簿から消えた数字ー
王都の中心を少し外れた通りに、小さな光が揺れていた。
レンガの壁にかかる手書きの看板には『ルクレール アクセサリー工房』と、小さく書かれている。
「エリシアお嬢様。こちらです」
「お店の見た目もかわいらしくて素敵ね」
メイドが馬車から降りて、私の手を取る。
私は、普段の華やかなドレスではなく、軽やかな街歩き用の服装だ。
髪も簡単にまとめているだけだ。
あまり目立ち過ぎると、職人が緊張して、口が堅くなってしまうだろう。
いつもと違う軽やかさに、少しだけ自由な気分を感じながら、私は扉を押した。
店に入ると、金属と石が混ざった独特のにおいが鼻をくすぐる。
「いらっしゃいま……エリシア様?!」
カウンターのところにいた女性が驚いている。
小柄で幼く見えるが、一人で工房を経営しているので、20歳は過ぎているのだろう。
私の正体はすぐに分かられてしまった。
「あら。私のこと、ご存じなのね?」
「それはもちろんでございます。
レオンハルト殿下の婚約者のエリシア様ですよね。
こんな小さなお店に来ていただけるなんて!」
彼女は胸元に手を当てて、とても喜んでいる。
「いまとても人気があると聞いたの。
私、アクセサリーは詳しくないけど、あなたの作る作品は、どれも素敵ね」
「ありがとうございます!」
「未完の雫、といわれているネックレスって、どちらにあるかしら」
「はい、こちらにございます」
彼女がガラスケースのふたをゆっくり開ける。
小さな手のひらに、軽やかなチェーンとチャームが載せられた。
マルグリット様がつけているのと同じデザインのネックレスである。
「こちらって、おいくらなの?」
「金貨5枚です」
「この雫の中に入っている石を変えることって、出来るのかしら」
「はい。特注品として、作っております。
通常はガラスを入れていますが、入れる石によって、かなりお値段が変わります」
「そう。
たとえば、エメラルドを入れてもらうとしたら、いくらになるの?」
「……エメラルドですか?」
彼女の目が泳ぐ。
エメラルドの特注品を作るお客で思い当たったのだろう。
「ごめんなさい。脅かすつもりはないの。
マルグリット様へのプレゼントで注文があったのよね?」
「……はい。申し訳ございません」
「別にあなたが謝る必要はないわ」
「実はね、殿下がマルグリット様にプレゼントしたと聞いたから、悔しくて」
私は、心にも思っていないことを言う。
「だから、私も同じくらいの値段のものをおねだりしようと思うの。
それで、一体いくらだったのかしら?と思って聞いたのよ」
「そういうことですか!
えーと、別に言っても問題ないですよね?」
「えぇ。だって、私も同じ物を注文すればわかる話だし」
「そうですよね!
マルグリット様へのプレゼントは、金貨50枚でございました」
(金貨50枚! マルグリット様、いくらなんでもおねだりしすぎじゃないかしら)
私は、あまりの金額に、一瞬表情が崩れそうになったが、エヘンと咳ばらいをして続けた。
「そのときの、領収書の写し。見せてくださらない?」
「領収書ですか……?」
彼女は不審な顔をしている。
「殿下におねだりするときに、これと同じくらいのを買ってくださいな!と言いながら、領収書を見せた方が効果的でしょ?」
私は彼女に、ウィンクをした。
したこともないウィンク。
うまく出来ているのだろうか。
彼女は、一瞬驚いた顔を見せた後、笑顔がこぼれた。
「私のこと、悪女って思った?」
「いえいえ!
ただ、失礼ながら、エリシア様は、可愛らしいお方だなと思いました」
「口で言うより、証拠を突きつけたいのよ。
だから、その領収書を貸してもらえると助かるわ」
「……領収書の写しはお渡し出来ないのです。
もう一度同じ領収書を書く、でも良いですか?」
「ごめんなさいね。それだと助かるわ。ありがとう」
(……だましてゴメンなさい。でも国のためなの。許してね)
私は心の中で彼女に謝った。
「あと、このブレスレット、いただいていくわ。
これも未完の雫のシリーズなのね」
「ありがとうございます!
エリシア様の華奢な手首には、そのブレスレットの雫がとてもお似合いです」
「母や姉にも、素敵な工房があるって伝えておくわ」
「エリシア様のお姉様って、辺境伯婦人ですよね!
大変光栄です」
彼女から、マルグリット様へのプレゼントとして贈られたネックレス代が書かれた領収書と、購入したブレスレットを受け取った。
私は彼女に、ふと尋ねた。
「どうして、完璧にしないことをテーマとしたのかしら」
「完璧であることも美しいし、正解であると思います。
けど、それだと余白がないので、物語が生まれないとも思うのです。
余白があるからこそ、人はそこに意味を探すのではないでしょうか。
それが私にとっては美しい、と感じるのです」
「余白に意味がある……」
「はっ! 申し訳ございません!
エリシア様に、つい語ってしまいました」
「いいえ、いいのよ。教えてくださって、ありがとう」
完璧でないことに美しさがある。
私の世界では、誤差が生じたら直す。
歪みは直すものだった。
端数は切り捨てるし、ズレは修正しなければならない。
けれど、この雫は、傾いているから美しい。
不完全なのに、完成している。
数字は正確でなければならない。
そこを曖昧にすれば、すべてが崩れる。
不必要な数字は切り捨てなければならない。
けれど――
人は違う。完璧な人間なんて存在しない。
人なら間違いもする。曖昧なこともある。
正しくなければ切り捨てる
……それでよいのだろうか。
(レオン様。あなたは足りていないところが多すぎる。
――でも、それを余白とみれば、美しく見えるのでしょうか)




