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第18話 消えた領収書はどこに?

 今日も私は、王宮にある書斎にて、レオン様の交際費帳簿をチェックしていた。


 最近になって、マルグリット様へのプレゼントであるドレス代と装飾品代の記載が、なくなったことに気づいた。


 交際費帳簿をチェックしていた最初のころは、マルグリット様へのプレゼント代が交際費に記載されていた。


 そもそもの発端は、私が汚してしまったマルグリット様のドレスへの弁償、という名のもとでのプレゼントであった。

 『弁償』ということには、今でも異論がある。


 ただ、それは置いておいたとしても、その後は、弁償の枠を超えているのではないかと思うほど、ドレス代と宝飾品代の領収書が増えていった。


 多いのではと思ったが、レオン様の私的予算内なら仕方ない、と思っていた。


 しかし、最近、その類いの領収書を見なくなった。


 それなのに、マルグリット様は私に、

「レオンハルト様がドレスをプレゼントしてくださったの」

 とか

「このイヤリング、素晴らしいでしょ?

 レオンハルト様からなの。

 あら、エリシア様はもらってないの?」

 などと言ってくる。


 領収書はない。

 そのため、帳簿にも数字が載っていない。


 なのに、マルグリット様は、レオン様からもらった、と言っている。


 (おかしいわ。

 レオン様はプレゼントしている。

 それなら、どこからか、お金が出ているはずなのに)


 帳簿と領収書を何度確認しても、どこにも出てこない。


 物はあるのに――数字はない。

 

 まさか、タダでもらった物を、マルグリット様にプレゼントをしているはずがない。


 (どこかに数字はあるはずよ)


 ◇


「エリシアお嬢様。

 エドヴィン様よりお手紙が届いております」


 屋敷に帰った私に、執事が手紙を渡してきた。


「ありがとう」


 エド様からの手紙を手に取り、自室に戻ろうとしたところ


「お嬢様。もう1通来ております。

 アルベルト様からですよ」


 執事が、何か言いたげな笑顔で渡してきた。


「……ありがとう」


 私はわざとそっけなく言い、はやる気持ちを抑えて自室に戻った。


 エド様からの手紙を、まずはためらうことなく開けて読み始めた。


 エド様の隣国での出来事が、面白おかしく書かれている。


 (エド様からの手紙は相変わらずね。

 楽しくやっているようで良かったわ)


 最後の追伸には、『アルベルト様に変な虫がつかないように僕も目を光らせておくよ』と書いてある。


 (エド様……アル様に、何か余計なこと言っているような気がするわ)


 エド様からの手紙を読み終わると、少し深呼吸をしてから、アル様の手紙を開けた。


 手紙には、兄やエド様の様子も書かれていた。

 アル様が、国が抱える様々な問題に頭を悩ましながら解決策を模索していることなども書かれていた。


 『実際に、現場を視察することで、解決策が見つかることが多い。

  最近は、王宮よりも外で過ごす時間の方が長くなっている。

  そのおかげで、民衆の間で流行っている色鮮やかな綿菓子というのを見つけた。

  エリシアに似合う素敵な色だと思う。

  皆が美味しいと言っている。

  エリシアと一緒に食べたいから、私はまだ食べていないが』


 私は、読み終えた紙の端を、指先でそっとなぞった。

 自然と笑みがこぼれる。


 色鮮やかな綿菓子とは、どういうものだろう。

 夕焼けのような色なのかしら。

 青空のような色なのかしら。

 私に似合う色って、アル様はどのような色を思っているのかしら。


 綿菓子に思いを馳せていたが、ふと一文を読み返してみた。


 (現場で分かることがある……)


 帳簿を読んでいただけでは分からない。

 実際に目で見て分かることがある。

 数字がない。けど物はある。


 マルグリット様が最近、レオン様からプレゼントされたと自慢して、私に見せつけてきたネックレス。

 あの領収書もなかった。


 瞳と同じエメラルド色の宝石が埋め込まれており、デザインが特徴的であった。


 小さな雫の形が3つ縦に連なっている。

 まるで今にも落ちそうな雨粒を、空中でそっとつなぎ止めたみたいな形。


 一番上は小さく、下へ行くほど、ふっくらとしている。

 同じ形なのに、どれも少しずつ表情が違う。

 そして雫の真ん中から少しずれた位置に、小さいけれども輝きを放つエメラルドの石が埋め込まれていた。


 宝石が中央ではなく、少しずれていたのに目がいった。

 わずかなズレが、不思議と計算された美しさを生んでいた。


 私は、記憶を頼りに、ネックレスのデザイン画をメモ帳に書いてみた。


 特徴的なデザインなら、販売店を特定できるかもしれない。

 店に行くことで何か見えるかもしれない。


 でも、私は宝飾品に疎い。

 興味がないので、どのお店が有名かとかも分からない。


 (お姉様がいたら、すぐに分かるのに)


 数字以外に興味を持っていなかった自分に残念な思いになる。


 私が少し後悔をしながら思い悩んでいると、メイドが自室の扉を叩いた。


「エリシアお嬢様。夕飯の準備が出来ました」

「わかりました。ありがとう」


 私は自室を出て、1階に降りようとした。


 その時、私を呼びに来たメイドの彼女を見て、ふと思った。


 (彼女は、お姉様のメイドだったわよね)


 私は、軽い気持ちで聞いてみた。


「ねぇ、姉と一緒によくお買い物に行っていたわよね?

 宝飾品に詳しくなっちゃった、なんてことないわよね?」

「詳しいです」


「そうよね、ないわよね……え? 詳しいの?」


「はい。セラフィーナ様は、新しいものや流行り物が大好きですので、お嬢様に新しい情報を提供をしようと、沢山情報を仕入れているうちに、とても詳しくなりました」


「それじゃあ、もしかして、このデザインのネックレスって、どこの店のか分かるかしら?」


 私はそう言って、自室に戻り、ネックレスのデザイン画を彼女に渡した。


「これは……独創的なタッチですね。

 さすがでございます」


「……絵は苦手なのよ。

 それより、このペンダントヘッドのところが、3連の雫の形になっていて、宝石が少しずれて埋まっているの」


「なるほど。ニンニクかと思いました」


 メイドは、冗談なのか本気なのか分からないトーンで言う。


 そして、デザイン画を5秒ほど見つめていた。


「分かりました。

 これは、ルクレールというブランドのネックレスだと思います。

 新進気鋭で、いま人気が出始めているブランドです」


「すごいわ。もう分かったのね」

「はい。このネックレスは、『未完の雫』と呼ばれています。

 3つの涙が完全な対称ではなく、石もわずかに重心をずらして傾いているのです」


「未完の雫……」

「はい。完璧にしないことをテーマに作られたようです。

 でも、エメラルドが入っているのは見たことがないので、宝石だけ特注品でしょうね」


 未完の雫。

 工房を訪れてみよう。


 私は、何かが見えるかもしれないと、期待に胸を膨らませた。


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