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第17話 エリシアの炊き出しー困窮する地方に幸せを加算ー

 私が、学年の最上級生である3年生となったとき、生徒会室のメンバーは少し変わった。

 庶務と書記に、2年生の令息が加わった。


 私は変わらず、会計係として、ただ帳簿の数字の正しさを見ている。

 レオン様とマルグリット様は、私がいないかのように楽しそうに話している。


 私の王太子妃教育は、すでに終わっていた。


 ただ、今年から、レオン様の交際費などの支出が記録されている交際費帳簿もチェックすることになった。学生のうちから帳簿をチェックするのは、実務の予行演習のようなものだ。


(また忙しくなるわね。今日はこれで帰りましょう)


 私は資料を棚に戻し、荷物を整理して、挨拶をしてから生徒会室を出る。

 私の挨拶に、レオン様は、返事はしてくれる。


 しかし、私のことを見ようとはしない。


 廊下を歩く。

 窓から爽やかな春風が吹き込んでいる。


 レオン様との今後をどうするか。

 学園卒業まで残り1年を切った。


 レオン様に何か変化がない限り、結論は、ほぼ出ている。


 ただ、王家からの婚約申し入れなので、私の方から動くのは躊躇する。いま自分から切るためには、何か理由が必要だ。 


 本当に切るべき不良債権かどうか。

 それとも将来価値のある投資なのか。

 見極める最後の1年。


 レオン様は、理想は素晴らしい。

 しかし、それを支える根拠に、思いを馳せることが出来ていない。


 レオン様に対する『最終審査』が始まる。


 ◇ 


 私は、王宮内に割り当てられている書斎にて、レオン様の交際費帳簿をチェックしている。


 交際費帳簿を記入しているのは、レオン様の側近ヨハンだ。


 私は領収書を見ながら、収支におかしな点がないかなどを見るのだ。

 この帳簿には、レオン様の交際費や婚約者、つまり私へのプレゼントなどの支出が記載されている。


 ここ最近は、私の誕生日に、申し訳程度にドレスと装飾品が贈られてくるだけだ。

 夜会などへのエスコートは、形ばかりのものは以前少しあったが、今はそれすら久しくない。


 私は『婚約者関連費』の欄、そして『交際費』の欄を見る。


 私へのプレゼントは『婚約者関連費』に記載されている。

 マルグリット様へのプレゼントは、全て『交際費』に記載されている。


 私は帳簿を見ながら、ため息をついた。

 交際費なので、レオン様が何に使っても自由であろう。


 けれど、私に関する予算を年々減らし、余った分を交際費への予算に回しているのだ。

 そうすることで、マルグリット様へのプレゼント代を、少しでも多くしようとしているのが、帳簿から見て分かる。


 確かに、私に使うお金は、多くは必要ない。予算も余ってしまうだろう。

 余ってしまうのならば、勿体ないというのも分かる。

 

 しかし、そもそもの財源は、国民からの税収だ。

 使い切れないなら、全体の予算額自体を減らせばよいのだ。


 (レオン様は、金銭的にも、国民のおかげで、国が成り立っていることの意識が少ないわ) 


 そして、この帳簿を見て明らかなことはもう一つ。


 レオン様は、もう私を婚約者として見ていない。

 一応、形式上はまだ婚約者であるが、そのように扱わない。それが帳簿からも分かる。 


 「帳簿はウソをつかないわね……」 


 私は王宮の書斎での仕事を終え、学園の図書館に向かった。

 レオン様の交際費帳簿チェックという仕事が加わったものの、王太子妃教育がないので時間的余裕が出来た。


 生徒会役員として会計係を変わらず担当しているが、大きく何かが変わることがないため、特段の忙しさもない。


 学園での授業も今までの総仕上げが多く、跡継ぎではない令息・令嬢たちは、卒業後の進路をどうするかで忙しく過ごしている。

 私は忙しくする同級生を横目に、図書館で会計に関する本を読みながら、将来を考える。


 (私も、お兄様やエド様のように留学しようかしら)


 エド様からは今でもたまに手紙が送られてくる。

 気になる女性が出来たようで、最近は『女の子って何が好きかな?』なんていう相談もされる。


 (絵本より帳簿が好きだった私の感覚で良いのかしら。世間一般的な女の子とはズレてると思うけど……)


 アル様との交流も続いている。

 王太子って暇なのかしら?と疑うくらい、よくお兄様と一緒に会いに来てくれる。


 そんな忙しくもないが、将来の方向性を考える最終学年を送っていた。

 

 しかし、問題が一つあった。


 それは、国全体の問題であるが、去年の小麦の不作による食糧不足である。


 姉がいる辺境は、特に厳しい状況のようだった。もっとも、姉は即座に行動を起こして、乗り切っているようだ。

 私は、国全体の状況に憂い、国からの支援が届きづらい困窮している地方を回って、炊き出しを行こうことを考えた。


 (私個人で行う炊き出しに、領主である貴族らは同意してくれるかしら)


 そうして、私は父に相談することにした。


「国からの支援が手薄い地方で支援活動を行う。それは、良い考えだな」


「我が領地は、備蓄がかなりありますし、他のところよりは、大分ましかと思います。

 ただ、地方は困窮をしているようです。何か力になりたいのです」


「かなり困っているという話は議会でも上がっている。それに、友人らからも聞いている。

 特に農業中心の領地が多い領主らは大変のようだ」


「えぇ。ただ、面識のない領主の方々に、私が、支援をしたいと申し入れても、許可が取れるか分からないのです」


「それは大丈夫だ。私から、彼らに話をしてみよう。

 彼らも喜んで協力してくれるはずだ」

「ありがとうございます」


「うむ。任せなさい。何名か当たってみよう。

 領地が広くて、自分たちも手が回らないと言っている者もいた。助けになると思うぞ」


「あと、自分が出来る範囲でと思っています。

 なので、私の個人資産を使って、炊き出しを行おうと思っています」


「侯爵家として、資金を出すぞ?」

「いいえ。お父様は、まずは我が領地のことを考えて下さい。

 慈善は家の仕事ではありません。私がやりたいのでやることです」


「分かった。好きにしなさい。

 でも何か困ったらいつでも言うのだぞ」

「はい」


 相談をしてからすぐ、父が何名かの領主と話をし、そこの領地での困窮者への炊き出しを行うことの了承をもらってきた。


 そこで、私は、休みの日を使い、許可を得た各地方に行き、炊き出しを行うことにしたのだ。


 そのような私の動きを全く知らないレオン様は、いつものように生徒会室で演説をしている。


「いまの食糧問題は解決しなければいけない!」

「陛下に備蓄食料の開放を進言しようと思う」

「炊き出しも積極的に行わなければならない。

 お腹をすかせた民衆を助けることが、私の使命だ!」


 (炊き出しなんて、もうとっくにやっているわ)


 私はレオン様の語る理想に対して、今では何も言わない。


 レオン様の演説をBGMに、私は学園帳簿に視線を落とした。


 ◇


「皆のもの!

 まだまだスープはあるから、焦ることはないぞ!」


 レオン様が自らスープを容器に注いで、領民に渡す。

 私もその横で、領民に配膳をする。


 なぜこのような状況になったのか。


 さかのぼること1時間前。


 ある領地にて、私が領民らと共に、炊き出し準備をしていた。


 調理が終わり、これから配給をしようとしたタイミングに、レオン様が側近らを連れて現れたのだ。


「エリシア。ご苦労」

「……レオン様!」


 レオン様と側近の後ろには、当地の領主である伯爵様が、少し困ったような顔をしている。


 (伯爵様は知らなかったのかしらね)


「……突然で驚きました。

 レオン様が、わざわざ、こんな遠くまでいらしてくださるとは」


「王都から離れている場所の方が、より困窮していると聞いたからな」


 伯爵様にも私にも、事前に何ら話をすることなく、突然現れたレオン様。

 私は、一瞬眉をひそめそうになった。


 しかし、領民らは、レオン様の登場に感動をしている。


「レオンハルト殿下!

 わざわざ私達のために、ありがとうございます!」

「殿下が来て下さった!

 こんな近くで、初めてお目にかかれた!」

「エリシア様が、殿下の婚約者だから殿下も来てくださったのだろう」


 領民は、王太子に会えたと口々に喜んでいる。 

 

 私は、レオン様の突然の訪問には複雑な気持ちであったものの、領民らが喜ぶのなら、それはそれで良かったと思った。


 意外なことに、レオン様と側近は、周囲の人間に任せることなく、実際に配給の手伝いをしてくれた。


 (単なる人気取りのためではないようね。

 国民のために何かをしたい、という気持ちは本当のようね)


 レオン様の手から配給を受けた者は、とても恐縮し、感動している。


「殿下自らが、スープをくださった!」

「王家の方を、こんな近くで見られるなんて!」


「まだまだ残っているから、おかわりをすると良い!

 ただし、順番を守って並ぶように!」


 レオン様は、張り切って配膳をしている。

 側近らは、少しぎこちなく、レオン様の手伝いをしている。


 汗をかき、笑いながら配膳をするレオン様の片えくぼを見て、私は何とも言えない気持ちになった。


 (レオン様が持ち続けている、国民を思う心。

 私が、その信念を支えて、補うことが出来ていれば、どういう未来が待っていたのかしら……)


 私の心の中が、一瞬揺れたが、すぐに揺れは収まった。


 (私は自分の役割を全うしていた。

 レオン様がそれを拒否したのよ。

 これはレオン様が選んだ道なのよ)


 その後も、レオン様が、私の行う炊き出し現場に来る、ということが何度もあった。


 領民は喜ぶ。

 レオン様は、一生懸命、領民らに配膳をする。


 その姿だけ見れば、素晴らしいのだろう。

 私は、そんなレオン様を横目で見ながら、胸の奥でくすぶる思いを押し込めた。


 愛情はもう冷めている。

 それでも、もし私に何か出来ていたのなら……

 そんな微かな後悔が、胸の奥に残った。


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