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第16話 誤解を生むエリシアー事実より噂ー

 ノエル様が、学園を退学してから数週間。


 生徒会役員は、エド様が副会長となり、私が見習いから正式な生徒会役員となり、会計を担当することとなった。


 あの件は、レオン様が学園長に報告をし、ノエル様の退学処分で幕を閉じた。


 不正に使用されたお金は、ノエル様の家が賠償することになったようだ。


 あの後、エド様からは、学園長は、学園祭の違和感に気づいていたことを聞かされた。


「学園長は、学園祭の舞踏会を見て、あまりレベルが高くなかったから、支出額がおかしいと思っていたそうなんだ」

「そうなのですね」


「でも、子どもだから、業者からぼったくりに逢ったのだろうと思っていたそうだよ」

「生徒が騙されたかもしれないと思ったのに、学園長は何もしなかったのですか?」

「騙されてしまうことも教育になる、と思ったらしい」


「……それは、生徒の親から集めたお金なのに、無責任ですわね」

「僕もそう思う。

 けれど、学園長は事なかれ主義だからね。

 かなりの高額だけれども、問題が明らかになると面倒だろ。

 だから面倒事は避けたいと思ったのだろうね」


「……。もし、今回、私が指摘しなかったら、どうなっていたのでしょうか」


「そこなんだけどね。

 学園長は、レオン殿下が入学をする際に、同じことが起こったらマズイと思ったそうなんだ。

 そこで、数字に強いと噂の君がいれば、防げるんじゃないかと思ったそうだよ」


「だから、私は学園長の推薦だったのですね」

「そうだったみたいだね。

 実はレオン殿下が報告をしに行った後に、僕も学園長のところに行って報告をしたんだ。

 その時に色々と聞いたんだよ」


「そうだったのですね。

 学園長に行くときに、私にも声を掛けて下されば良かったのに」


「いや、レオン殿下が報告をしたのに、その後に君も報告をしにいくと、殿下から『信用していないのか』とか、君が文句を言われるかもしれなかったからさ」


「エド様。

 文句を言われることには慣れておりますのに」

「そんなことに慣れなくていいんだって!」


 エド様の少し強い口調に、私は申し訳なくなった。


「そうですわね。慣れるのはおかしな話ですわ」


 私は微笑んだ。

 エド様は、私の微笑みを見て、少し寂しそうな顔をした。 


 ◇


 レオン様は、あれ以来、今まで以上に私のことを避けている。

 マルグリット様も、私をいない者のようにして扱う。

 これは、いつものことであるが。


 ノエル様の事件は、学園の教師一部と生徒会役員だけの秘密となった。


 とはいえども、周りの生徒たちは敏感だ。

 突然消えた副会長、たまに涙ぐむマルグリット様。

 私に対して、今まで以上に冷たく接するレオン様。

 何かがあったらしい、と思うのは当然だろう。


 マルグリット様の取り巻き令嬢を中心として、噂が立っていた。


「ノエル様が突然いなくなったのって、エリシア様が関係しているらしいわよ」

「マルグリット様に聞いても、私は大丈夫だからと、涙を流すだけなの」

「マルグリット様が可愛そうだわ……」


「エリシア様は、なんか数字を言ってノエル様を責めたらしいぞ」

「王太子妃候補であることを振りかざしたとか」

「人の心が分からないんだよな」


 私は、いつものように噂は気にせずに放置していた。

 事実は一つ、噂はあくまで噂。

 いずれ消えていくだろうと思っていた。


 ――しかし、その考えは甘かった。

 噂は尾ひれをつけて

 あたかも事実であるかのような顔へと、変化していた。


 数ヶ月経ち、3年生の卒業式パーティーが開催されたときには、私は、ノエル様を退学に追い込んだ冷血非道な女、とのレッテルを貼られていた。


 噂が事実へと格上げされていたのだ。


 レオン様の私への態度も、その根拠となっていた。


 3年生の卒業式パーティーでは、レオン様は一応エスコートはしてくれた。

 また、ドレスも送ってはくれた。

 ただ、それだけだ。


 レオン様は、会場に着いた途端、マルグリット様の元へ行ってしまった。


 (レオン様は、真実を見ようとしない。

 いや、見たくないのかもしれないわ)


 私は、小さくため息をつきながら、会場を見渡した。


 テーブルに並ぶ焼き菓子。

 甘い匂いが、私を幸せな気持ちにさせてくれる。

 私は焼き菓子をつまもうと、テーブルに近づいた。


「エリシア嬢。こんばんわ。

 いつものように甘い物大好きだね」

「エド様! ご卒業おめでとうございます」


 今年卒業するエド様がやってきた。


「数字を見ているときと甘い物を食べているときは、すべてを忘れることが出来ますから……」

「……噂のことだけど、いつかは消えるよ。

 少なくとも、僕は事実を知っているからね」

「ありがとうございます」


 エド様は、卒業後は、隣国ヴァルディアに、数年間留学をすることが決まっている。


「留学先へ行く準備はすんだのですか?」

「うん。もうばっちり。

 しかも、アルベルト様が、色々と手配を手伝ってくれたから、心強いよ」


 アル様は、エド様のことを気に掛けてくれていた。


「そうだ!エリシア嬢。

 たまに手紙を書いてもいいかい?」

「もちろんです。

 留学先でのご様子をお聞かせください。

 楽しみにしております」


「アルベルト様の様子も気になるだろうから、報告するね」


「……! な、何言ってらっしゃるのですか!

 気になりませんわ!」


「あはは。エリシア嬢の焦る顔、初めて見たよ。

 学園最後の日に見られるなんて貴重だね」


 エド様と歓談しているとき。

 私の背後には、マグリット様とその取り巻き令嬢が

 集まっていた。

 何かコソコソと話していることに、私は気づかなかった。


「じゃあ、僕は他にも挨拶をしてくるから。

 また会おう」

「はい。エド様。お元気で」


 エド様が同級生の令息たちのもとに行った。

 私は少し喉が渇いたので、近くにあった赤いベリーのジュースが入ったグラスを手に取った。


 そして、移動をしようと振り向いたとき。


「キャッ!!」


 私は、背後にいた令嬢とぶつかってしまった。

 私が持っていたグラスから、赤色のジュースがこぼれた。


 横にいた令嬢の淡い金色のドレスの、胸元から腰のあたりまでに、赤いシミを作った。


「……! エリシア様! ひどいわ!」


 マルグリット様は、赤いシミになったドレスを見下ろしながら、涙ぐんでいる。


「マルグリット様! 申し訳ございません。

 ジュースがかかってしまって。

 すぐシミを落とさなければ」


「私のドレスが、レオンハルト様の髪色と同じ金色のドレスだからなのでしょ?」

「マルグリット様? 今は早くシミを落としましょう。

 私の不注意で申し訳ございません」


「マルグリット様! せっかくのドレスが!

 エリシア嬢にかけられたのですか?」


 先ほど私がぶつかってしまった令嬢が騒ぎ出した。


「いえ。振り返ったときに

 あなたとぶつかってしまって……」


 私が説明をしようとすると、周りに令嬢が集まってきて、さらに騒ぎ出した。


「マルグリット様がレオンハルト殿下と

 仲が良いからって!

 こんな子どもじみた嫌がらせをするなんて」

「マルグリット様の素敵なドレスが!」


 私は、令嬢たちが口々に、台詞じみたことを言い連ねる様子に唖然とした。


 (これは、私……はめられたのね?)


「卒業パーティーで何を騒いでいるんだ?」


 そこに、レオン様が現れた。


「レオンハルト様。私は大丈夫です。

 エリシア様もわざとではないはずです」


「マルグリット! そのドレスどうしたんだい?!

 エリシア! このドレス、君が汚したのか?!」


「殿下! わざとではない……と私は信じたいのです。

 エリシア様を責めないでくださいませ。」


 マルグリット様が目に涙をためながら、レオン様に訴えている。


「エリシア。君がこんな卑劣ないじめをするとは

 ……見損なったぞ」


 二人は勝手に話を進めている。

 私は二人の演説が終わるのを待ってから、説明をしようとした。


「レオン様。

 いまマルグリット様がおっしゃったように、わざとではありません。これは事故です。

 でも、私の不注意であったことは間違いございません。

 申し訳ございませんでした」


 私の淡々とした説明に、レオン様の顔の険しさは増していく。


「レオンハルト様。

 エリシア様もそうおっしゃっているので信じてあげてくださいませ」


 (マルグリット様は、あくまで、私がわざとやった

 ということにしたいのね)


「……マルグリット。

 エリシアは、一応私の婚約者だ。

 婚約者が起こしたことの責任として、私があなたにドレスを何枚かプレゼントしよう。

 それで許してくれるかい?」

「そんな、殿下。

 私のことは心配なさらなくても大丈夫ですわ。

 私は、最初からすべてを許すつもりですので」


「いや、それではダメだ。

 私の気が収まらない。

 ぜひ君に合う物をプレゼントさせてほしい」

「殿下、良いのですか?!

 ありがとうございます」


「エリシア。今回はマルグリットが許すと言っているので、不問にしよう。

 ただ、君が冷血だけではなく、陰湿であったことが分かった」


 そう話すレオン様は、私をにらみつけてきた。


「さぁ、マルグリット。

 このままだと風邪をひいてしまう。

 別室に行って、汚れを落としてもらったらよい」


 レオン様は、マルグリット様を促して、その場を立ち去った。


 周囲で騒いでいた令嬢たちも、蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。


 私は空になったグラスを強く握りしめた。

 怒りではない。

 自分への悔しさ。


 (数字なら、あんな初歩的な罠には引っかからないのに)


 レオン様に失望をされても、全く苦しくない。

 むしろ、自分はとうにレオン様に失望をしている。


 (損切りは得意なのよ

 ――この悔しさは、次の利益に変えてみせるわ)


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