第15話 不正の裏に潜む影
「エリシア! いい加減にしろ!」
レオン様が、大きな声を出して、私の発言を遮った。
なぜか私が怒られている。
(いま、私が怒られる流れだったかしら?)
「ノエル副会長は、自分でお金を取ってしまったことを認めて反省している。
それ以上、責め立てることは、人の心がないとしか言えない!」
いつも表情が乏しいといわれる私だが、乏しいどころではなく、表情が一切なくなったことを自分でも感じた。
(レオン様……
真相は突き詰めなくてよいということですか?
あなたの危機管理意識、十分理解しましたわ)
「レオン様。なぜノエル様をかばうのでしょうか?
私は真相を突き止めて、二度と同じことが起こらないようにすべきと思っています。
レオン様は違うのでしょうか?」
「私を馬鹿にしているのか?!
真相はノエルが間違いを犯してしまった、そして反省をしている。
これ以外にない!」
「なにか、かばっているのですか?
レオン様は何かご存じなのですか?」
「いったんストップ!」
エド様が割って入ってきた。
「ノエル。君が行ったことは犯罪行為だよ。
これは学園長にきちんと報告をさせてもらう。
エリシア、今後の対応は学園長や大人達に任せる、ということでいいかな?」
エド様が有無を言わせないような勢いで、私に確認をする。
「エリシア。君が与えられた役割は、会計チェックだ。
チェックの結果、不正が見つかった。
不正を行った者をどうするか。
ここから先は、僕たち学生がやるべきことではない」
エド様が言うことも分かる。
けれども、簡単には頷けない。
「レオンハルト殿下。
この件は、生徒会長である殿下から、学園長に報告をなさった方がよいでしょう。
さ、エリシア嬢。
今日のところは、これで帰ろう。
いったんお開きだ」
エド様が話をまとめてしまった。
そして、私の背中を押して、生徒会室から退出するよう促してきた。
「ノエル様!
私、あなたが悩んでいたことを、分かってあげられなくて……ごめんなさい!」
マグリット様が大粒の涙を流して、ノエル様に謝罪している。
レオン様も涙ぐんでいるようだ。
私には、マルグリット様が悲劇のヒロインを演じているとしか思えない。
「さぁ、あとは殿下に任せて、帰ろう。エリシア嬢」
◇
「エド様。なぜ、追求しなかったのですか?」
エドに促されるがまま、たどりついた場所は、街なかにあるカフェだ。
「エリシア嬢。攻めるときは攻める。
これは正しいと思うよ。
ただ、攻めすぎてはならない。
それに、この事件の背景は、もっと大きいと僕は思っている」
「それは、レオン様も関わっている可能性がある、ということでしょうか?」
にわかに緊張感が走る。
ただ、レオン様が学園に入学する前から関わっているとは考え難い。
「うーん、正直言って、レオンハルト殿下は、何も知らないと思うよ。
だって、そもそも入学前の話だしさ。
それに、さすがに、自ら分かって不正をすることは出来ない方じゃないかと思う」
「私も、そう思います。
悪い気持ちで不正をする方ではないと……。
ただ、ノエル様を異常にかばっている気がして」
「僕には、ノエルを信じなければいけないと必死になっているように見えたよ」
「……といいますと?」
「自分が信じていたものが間違っていた。
それを認めることは、自分を否定することだ。
殿下は自分を守るために、必死にノエルを信じようとしていたように、僕には見えた」
「自分を守るため……。
でも、レオン様が関わっていなかったとしても、ノエル様には誰かが関わっていますよね。
それは放置してよいのですか?」
「今は証拠が少なすぎる。
証拠もないのに、これ以上追及することは命取りになる」
「それは、エド様の直感、ということですか?」
「ハハハ! そうだね。
これ以上は危ない、という僕の直感だね」
そう言いながら、エド様はコーヒーをすする。
私は、直感というものが分からない。
けれども、直感というものが、正しい結果にたどり着くことは、母や姉を見て、よく分かっているつもりだ。
私は、コーヒーに砂糖をたっぷり入れて、消化不良な気持ちを洗い流すかのように、甘いコーヒーを飲み込んだ。
(アル様だったら、なんて言うかしら……)
私は、無性にアル様の顔を見て、話したいと思った。
「エリシア嬢。今何を考えていたの?」
エド様が私の顔をのぞいてきた。
「違います! 考えておりません」
「何が違うの? 何でそんなに慌ててるの?」
◇
ある屋敷にて、男性二人が密談をしている。
「申し訳ございません。
二重領収書はバレてしまったようです」
「……娘から聞いている」
「領収書を発行した者が裏切ったようです」
「チッ。うちらにまで手は及ばないな?」
「はい。ノエルが全責任を負って口をつぐんだようです」
「そうか」
「彼の家には、今後、優先的に良い投資先の情報を送ることを約束しました。
それに、実際に大きな投資先を紹介することで、話はつけているので大丈夫です」
「そうか。ご苦労」
「でも、ノエルは、二重領収書を作るという依頼に従うことで、マルグリット様との縁談が進むと思っていたようでしたね」
男性は、やれやれといった表情をしている。
「なかなか縁談が進まないことに不信感を持っていた頃だったので、ここでノエルを切ることが出来て良かったですね」
「ふん、当たり前だ!
そんな夢物語、あるはずなかろうに。
信じるなんて馬鹿な奴だ。
私の娘のマルグリットは、もっと上位に嫁がせるために育てているのだ。
しかも、今は王太子妃にもなるやもしれん」
「そうですね。最近、レオンハルト殿下は、マルグリット様と仲が良く、エリシア様はお飾り婚約者とも言われていますしね」
「うむ。
だが、本当の領収書と嘘の領収書を使って、差額を抜く、というのは結構良いアイディアだと思ったのだがなぁ」
「ええ。誰も気づいていなかったのですが……
かのエリシア様が見つけたようでして」
「チッ、余計なことを!あの数字バカめ」
「何か手を打たなくてもよいのでしょうか」
「……ルシアンの娘じゃなければ、徹底的に落としてやるのだがな。
うかつに手を出したら、逆にやられかねないからな」
「そうなんですね。
ルシアン様は穏やかに見えますが」
「あいつは、そう見せてるだけだ。
凶暴な牙を隠しているから、気をつけろよ」
「肝に銘じます」
「それにしても、レオボルド大臣がおっしゃったとおり、学園という小さな帳簿で練習をしておいて良かったですね」
「あぁ」
「エリシア様が現われさえしなければ、バレない良い手口であることが分かりましたから」
「そうだな。いきなり本物の予算で試してみるのは、リスキーであったからな」
「エリシア様がいなければ、もっと使えた手でしたよね」
「本当だな。
まぁ、ある程度は稼がせてもらったからな。
潮時だったと思おう」
「でも、去年、練習結果を実践した、あの公共事業の件は大丈夫でしょうか?
他のは、金額がそこまで大きくないですが、あの公共事業は少し大胆にやってしまったので」
「それは大丈夫だろう」
「ノエルのときのように、先方が裏切って、本当の領収書を出すなんてことないでしょうかね?」
「心配ない。なんせ、あの公共事業の事業主は、さきほど行方不明になったそうだ」
「……それでしたら安心です」
「うむ」
ファルケンベルク公爵家の屋敷の一室。
テーブルの上のランプの炎が揺れ、レオボルト大臣とその部下を怪しく映し出していた。




