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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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 保存技術や調理法が発達し家でも手軽に多様で美味しいご飯が食べられる現代において、何故外食産業が衰退しないのか分かった気がする。

 食事とは単純な栄養補給ではない。目の前に配膳されている食べ物を胃の中に押し込める作業ではないのだ。食事をする空間が大切なのだ。どこで食べるのか、どの時間に食べるのか、誰と食べるのか。そういった直接食事内容に影響しないものが美味しい食事には必要不可欠なのである。食事の味を変えることはなくとも味わいを左右するのである。

 飲食店はこの辺りのことを理解しているからこそ成り立っているのだと思われる。接客や食器や配膳、内装、メニューに趣向を凝らし店を顧客が求める空間に近づけていく。その弛まぬ努力こそが外食産業を支える根幹なのだろう。


 何が言いたいかと言うと。

 私は滅茶苦茶気まずい空気の中で美味しいオムライスを食べた。

 美味しかったはずのオムライスの味がほとんど記憶に無い。

 それだけである。


「妃芽ちゃんって小食?」


 食事を終え、そんなことを考えていたところでハルちゃんから質問が飛んできた。


「え?なんで?」


 質問の意図が分からず質問を投げ返す。

 昨日の夕食は流石に量が多かったので残してしまったけど多分その話ではない。だってハルちゃんも全部食べていなかったし。だとすると今日の話?でも今日の朝昼はちゃんと完食しているのだが。そりゃハルちゃんの食事量よりは少ないかもしれないが同年代の一般女性と比較して適正量の範囲内だと思う。おかしい、間違っても『もう食べれなーい』みたいな露骨な小食アピールなんてしていないのだけど。


「なんか無理して食ってるように見えたから。量が多かったら残しても構わねえからな」


 なるほど。私の食事の様子を見て心配してくれたのか。

 気遣いは有難い。けど量の問題じゃない。


「大丈夫、ちょうどいい量だから」

「じゃあ、なんか嫌いなもんでもあった?ってか、好きな食べ物とかある?」


 そんなこと聞かれましても。

 そんなこと聞く必要ある?


「聞かなくても私のことを調べた資料みたいのに書いてあるんじゃないの?」

「いや、書いてねえよ?あの資料には妃芽ちゃんの基本情報と鬼関係のことしか書かれてねえから。個人の嗜好みたいな変わる可能性があって鬼に直接関係無いことは載ってないはずだぜ」


 食事の好みみたいに鬼に関係していなくて変動があることは書かれていない、と。

 それが本当なら安心だけど、それが本当に本当なら安心出来るんだけど。でもそれだと昨日の下着のサイズの件が説明できない。一応まだ成長期の私は身体的特徴も変わる可能性がある事柄に含まれるはずなのだが。

 資料に載っていたとしたらハルちゃんが嘘を吐いていることになるし、仮に目測で当たりを付けただけだとしても率直に言って見損なう。どう足掻いてもハルちゃんが信用できない。


「ちなみに俺は酒類が全般的に好き、食い物は酒に合うやつならなんでも食うな。嫌いなものは無いけど甘いのは苦手」

「わあ、成人するまで好みが合いそうに無いね」


 父のアルコール摂取量からして娘の私もそれほど酒に強くないだろうから、私が成人してもハルちゃんと好みが合うとは思えないけど。あと私は甘いものが好き。ハルちゃんとはとことん合わない。


「量とか好みの問題じゃなくて食事の度にこういう場を用意してもらうことに気おくれしちゃうのかも。自分の部屋で食べるのとかってダメ?」


 ハルちゃんが居ると瑠璃と紅玉の機嫌が悪くなって喉の通りが悪くなる、なんて馬鹿正直に言うつもりは無い。要は一緒に食事をとらなければいいだけなのだから。そのためには別々の部屋で食べるのが手っ取り早い。ハルちゃんだって鬼に威圧されながらの食事なんてご所望じゃないだろうし悪い提案ではないだろう。


「え?妃芽ちゃん自分の部屋で食うの?俺もお邪魔していい?」


 良い訳が無い。いくらハルちゃんに管理権がある家であっても遠慮してほしい。


「私が自分の部屋で食べるんだからハルちゃんもハルちゃんの部屋で食べなよ」

「やだよ、一人で飯食うのって味気無いじゃん」

「一人で食べるのが嫌なら他の人を誘えばいいんじゃない?水鞠とか」

「絶対嫌だ。あいつあれでも育ちが良いから箸使いとか食い方とかいちいちケチ入れてくるんだよ。他の奴ら、って言うか基本的に五家の人間は繧繝っていう絶対的に上の立場の人間と同じ席で食事をしたがらねえし」


 自分なんかが偉い人と一緒にご飯を食べるなんてとんでもない、みたいな遠慮する感覚なんだろうか。気持ちは分からないでもない。私だって偉い人と食事するより家族とご飯を食べたい。そしてそんな人々が多数を占める中でも水鞠は平気で食事が出来るらしい。水鞠ってすごい。どうやら一般的な感覚を持ち合わせていないようだ。


「だから妃芽ちゃんが一緒に飯を食ってくれないと俺はボッチ飯になっちまうわけ。可哀そうだろ?」

「不思議と可哀そうじゃないから返答に困っちゃう。そもそもハルちゃん、一人でご飯食べるの嫌いじゃなさそう」

「正解。俺は妃芽ちゃんと飯を食いたいだけ」


 つまり私とご飯を食べれるなら場所は広間だろうが私の部屋だろうが構わないということか。それはマズい。だってここで食べようが私の部屋で食べようが結局ハルちゃんと鬼が同席することになるということだ。何も変わらない。

 だからと言って代わりに瑠璃と紅玉に席を外させるという選択肢は無い。ここが敵地だという瑠璃の言葉を鵜呑みにするわけじゃないけど、それでもハルちゃんを信用するのはまだ早いと思う。非力な私はなるべく一人になるのを避けるべきだ。

 場所を変えてもハルちゃんが同席するなら、まだここでご飯を食べる方がましに思えてくる。だってハルちゃんからもらった部屋でもハルちゃんを部屋に入れたくないし。自分に割り当てられた部屋にほいほい人を入れるほど私のパーソナルスペースは狭くないのだ。


「…わがまま言ってごめん。ご飯はこのままここで食べよう」

「あ、そう?俺としては別にどこでも良かったんだけど、妃芽ちゃんがそう言うなら飯はこのままここで食うとしようか」


 そう言ったハルちゃんの声が台詞回しが如何にも演技掛かっていて、わざとらしいくらい私が選んだ結果だということを強調してくるので、言葉の裏を読むようなことが苦手な私でも流石に分かってしまった。これはハルちゃんに結論を誘導された結果なのである。

 そして私の回答をこの結論に誘導出来るということは。


「ハルちゃん、私の食が進まない理由に察しがついてるよね?」

「俺は妃芽ちゃんの素直なところ好きだけど、この世界で生きていくなら狡賢くなった方が得だぜ?」

「その返答はイエスってことでしょ?」


 瑠璃にも似たようなこと言われた記憶がある。狡猾になってくれ、と。

 好きで飛び込んだ世界でもないのに常識どころか性格まで変えなければならないのか。私の人生を否定された心地である。平和ボケして十数年生きてきた人間にはなんとも優しくない世界だ。


「じゃあ、狡賢く素直に言うね。気まずい空気でご飯を食べたくないからハルちゃんと別で食事がしたいです」

「俺が妃芽ちゃんとご飯食べたいから却下。交渉事はもっと慎重にな」


 私の要求を一蹴したハルちゃんがとても良い悪い顔で笑っている。

 この人、食事が喉を通りにくい理由を知っていて、改善するつもりも無いのにその理由を掘り返して私の反応で遊んだだけだった。瑠璃とは違う方向で性格が悪い。どうかと思う。

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