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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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24

 桐島さんが言っていた『白消』について、部屋に戻って早速水鞠に聞いてみた。


「白消っていうのは二区と三区で起こるきれいさっぱり術が消えちゃう不思議現象のことっす」

「術が消える?」


 水鞠の言葉に私は首を傾げた。疑問に感じたのは術が消えることではなくそれが不思議な現象として扱われていることに対して。術殺しが珍しいものだという自覚はあるけど術を消す方法は何も術殺しだけというわけではない。実際に術を消すだけならば瑠璃だってやっている。なら術が消えてしまう現象があっても別に不思議じゃないと思うのだけど。でも術殺しの存在は珍しいらしいし白消も珍しい現象なのかもしれない。


「それってどんなの?」

「術使いにとっては天敵みたいな天災っす。どんなに練って密度を高くした術式でも一瞬で消えるらしいっすよ。自分は遭遇したこと無いっすけど」

「へえ」


 本当に術殺しみたいな現象。

 でも術殺しとは別物と考えるべきだろう。私はハルちゃんの前で術殺しを使っている、つまりハルちゃんは私が術殺しを使えることを知っている。繧繝衆の中で情報は共有されるだろうし、仮に白消が術殺しだとすれば桐島さんや水鞠のこの反応は辻褄が合わない。


「って言うか、妃芽様。白消も知らないんすか?逆に何なら知ってんすか?」


 礼儀に関しては水鞠よりも知っているつもりだよ。いちいち癪に障る言い方するな。


「何で起こるのかとか分からないの?」

「それが分かったら苦労しないっすよ。地脈の問題だとか暦の巡りだとかいろんな説はあるんすけど今のところ出鱈目ばっかりっす。原因不明過ぎて解明に懸賞金が掛かるくらいっす」


 懸賞金。まるで指名手配犯か何かのようだ。

 でも気持ちは分からないでもない。繧繝衆は術使いだと聞いた気がするし、きっと繧繝衆からしたら白消という現象は迷惑以外の何物でもないのだろう。それなら少しでもその正体なり原因なりを解明したいと考えるのは当然だ。


「ちなみに何で白消の話が出てくるんすか?」

「さっき廊下で桐島さんに会って、その時白消について何か知らないかって聞かれたんだけど…」


 聞かれたんだけど、その聞いてきた態度にいろいろと難があった。

 そう言おうとしてやめた。桐島さんを庇うためではない。目の前の水鞠の態度にも難があるので彼女に言ったところで何かが改善されるとは思えなかったのである。そもそも桐島さんの態度の悪さは私が立ち入ってはいけない場所に入ってしまったせいである。明確な原因があるので水鞠と比べればまだ飲み込めなくもない。

 そうだ、それについても確認しておかなくては。


「水鞠、この屋敷の中で入っちゃいけない場所が知りたいんだけど」

「何でっすか?」

「なるべく近寄らないようにするから」

「でも、そんなもの無いっすよ」

「え?」


 即答された言葉が理解できずに思わず聞き返してしまう。

 聞き間違いだろうか。立ち入り禁止の場所なんて無いと言われたような気がしたのだが。


「自分たちは妃芽様を繧繝様と同等に扱うように言われているっす。繧繝様は繧繝衆の当主でこの町屋敷の責任者でもあるんで屋敷の責任者が屋敷内で立ち入っちゃいけない場所なんて基本的に無いっす。なので屋敷内で妃芽様が入っちゃいけない場所は無いっす。あるとすれば各々の部屋くらいなもんじゃないっすかね?」


 いや、理屈はそうかもしれないけども。その理屈がまかり通るのは困る。


「つまりあの男の発言は全くの言い掛かりだったということなのだな。身の程を弁えぬ雑兵風情が」


 だって私の鬼が無礼討ちの大義名分を得てしまうから。やめて欲しい。そこに大義なんて存在しない。


「で、でも!そうは言っても入られたら困るところとかあるでしょ?」

「そういう場所があるなら妃芽様を受け入れたその日の内に周辺を術式で立ち入り禁止にしてるはずっす。その気配は無いんで妃芽様は屋敷内を自由に歩き回って大丈夫っすよ」

「私、さっき屋敷の外れ?に居たら桐島さんに怒られたんだけど」

「木立に?あー、なるほど。あいつ、すっごい失礼だったでしょ?すいません、基本研究以外に興味ない馬鹿なんで許してやってほしいっす」


 すごいブーメラン。主に失礼と馬鹿に関して。


「木立が居たってことは西の離れのことっすね。あの辺の部屋に木立の研究資料が集めてあるんで近寄るなって言ったんだと思うっす。別に気にする必要は無いっすよ。中の資料持ち出しても壊したりしなければ怒られないっす。まあ、自分は怒られたっすけど」

「壊したんだ…」

「…おいお前、水鞠と言ったか。あの男は何の研究をしている?」

「木立がやってんのは白消についての研究っすね。発生に法則性が無いか調べてるっす。あ、これ一応機密事項にあたるんで屋敷の外の人間に言ったらダメっすよ。白消の発生を予想したり利用できないか考えてるなんて他所に知られたらめちゃくちゃ問題になるっす」


 なるほど。

 水鞠に大切な話をしたらダメだということが良く分かった。


「学校や神社みたいな人が集まるところに発生しやすいって言われてるんすけど、人間が行かない場所にはあんまり術を仕掛けないんで白消が発生しても観測がされてないだけかもっすね」

「人が行かない場所に術を仕掛けないのって何か理由があるの?」

「そんなの仕掛ける理由が無いからっすよ。何で分からないんすか?馬鹿なんすか?」

「何で仕掛ける理由が無いの?」

「人間が居ないような場所に鬼が居ても人間に被害が及ぶことが無いからっす。自分たちは鬼から人間を守ることを主軸にしてるんで鬼を狩ること自体は目的じゃないっす」


 守護四役って鬼を狩ることを目的とした組織じゃないのか。意外。

 紅玉を封印していたり瑠璃を討伐しようとするものだから漠然と鬼を狩って生計を立てているのかと思ってた。


「多分他の区なら鬼を狩る目的があるんで辺鄙なところにでも仕掛けたりするのかもしれないっすけど、そういった実務に密接する情報はあまり共有されてないっすね。守護四役ってそこまで仲良しこよしでやってるわけじゃないっすから。三区とは白消の発生状況は共有してたっすけど緊急連絡が来ない限りは連携とかしなかったですし。まあ、繧繝様は基本的に断ってたっすけど」


 他の区。つまり今の話は守護四役全体の話じゃなくて繧繝衆だけの話なのか。主語が曖昧で分かりにくい。

 考えてみれば他の区に『鬼狩り』なんて直接的な呼び方されている人たちが居たはず。鬼を狩ることを目的にしているのは恐らくその人達だろう。あるいは金城さんたち『鬼使い』、使うための鬼を捕まえる必要があるだろうし。『鬼食い』なんて物騒な名前のところもあったな。ひょっとすると私は一番まともな勢力のところに来たのかもしれない。


「あ、そうそう。妃芽様が来た日、三席から緊急連絡来てたんすよ」

「三席?」

「守護四役第三席、金城清のことっす。常識っすよ」

「緊急連絡って何?」

「区境に鬼が来るから応援が欲しいってのと、妃芽様のご両親を一般的な方法で確保してほしいって内容だったっす」


 どうせ内容は教えてもらえないだろうから緊急連絡とはどういう連絡手段なのかという意図で聞いたのに。その上で内容について探りを入れようと思っていたのに。ストレートに内容を教えてくれた。水鞠ってすごい。口が羽のように軽い。

 おかげで一つ疑問が解消された。何故私の両親が私より先に二区に来ていたのか。簡単な話だ。私がハルちゃんと会う前から両親の身柄はハルちゃんの手の内だったのだ。多分金城さんは両親を人質にして私に揺さぶりを掛け瑠璃と紅玉を捕まえるつもりだったのだろう。しかしハルちゃんが確保した両親を金城さん側に渡さなかったからそのまま保護することが出来た。

 両親を人質にとられたように感じていたし、現状ではそこに変化は無いけど。それでも平然と人を攻撃してくるような金城さんに両親が引き渡されていたらと思うとぞっとする。ハルちゃんには感謝しなければ。


「そういえばその後、白消が一回観測されてるっす」

「え?」

「ちょうど二区と三区の区境の川の辺りっすね。妃芽様が来る前っす」


 私が来る前、区境、川。その状況にはとても心当たりがある。

 金城さんに遭遇してハルちゃんと会って、金城さんの術殺しを消すために手を叩いた。

 あれ?水鞠が言っている白消ってひょっとして術殺しのことでは?現象として似ているものだし白消が発生したと間違えられても仕方ないのかもしれない。それともあそことは別の場所で白消が発生していたのだろうか。


「ねえ、水鞠。それってひょっとして私が手を、」


 叩いたせいじゃないの、と。

 確認しようとしたところで、すぱん、と勢いよく障子戸が開く。


「よう、妃芽ちゃん。捗ってるか?」


 障子戸が開いた先、廊下にハルちゃんが立っていた。

 ハルちゃんが居たことにも驚いたけど、それ以上に私とハルちゃんの間にすぐさま割り込んできた瑠璃と紅玉に驚いた。ここに来てから警戒心が高くなっている二人だけど、ハルちゃんが相手になるとそれが一層顕著になる。胡散臭さが拭えない人物ではあるけどそこまで警戒する必要あるのだろうか。

 ハルちゃんもハルちゃんで、私相手には胡散臭いくらい気さくに話しかけるくせして間に居る鬼二人をまるで見えていないかのように振舞っている。こちらの鬼の態度が悪いので口に出して指摘したりはしないけどハルちゃんの態度も良いとは言えない。両方とも私に対しては対応が柔らかいだけに板挟みになっている心地である。


「繧繝様どうしてここに居るんすか?とどめっちに仕事を押し付けて来たんすか?」

「ハルちゃん、自分のお仕事はちゃんとしようよ」

「ちょっと待て。水鞠が無礼なのはいつものことだけど、なんで妃芽ちゃんもそっち側なんだよ。ちゃんとひと段落つけてから来たって」


 ハルちゃんが仕事をしていた?結構大変そうなときにゲームのお誘いをしてくる人が?にわかには信じ難い。水鞠の言うことを鵜呑みにするわけではないが、仕事を他の人に押し付けて来たのではないだろうか。


「俺は妃芽ちゃんを昼飯に誘いに来たの。もう昼飯出来てんの。なんでぶっ続けでやってんだよ。妃芽ちゃんの負担を考えろ」

「だって妃芽様常識無さすぎるんすよ。よく今日まで生きてこれたっすね」

「ハルちゃん。水鞠はずっとこの調子なんだけど、これって相手が私だから?それとも通常運転?」

「ごめんって。でもこいつ頭の中が簡単だから説明が簡単で分かりやすいだろ?」

「否定できないのが悔しい」


 こんなこと言える立場じゃないことは重々承知しているけど、説明の分かりやすさより教える人間の人格を考慮してほしい。割と教える側の命に関わることだから。

 ハルちゃんが仕切り直すかのようにぱんっと手を叩いた。私が同じことをしたらこの辺りの術が惨事になっていたことだろう。


「はい、一回中断。水鞠、これから飯だから妃芽ちゃん連れてくぞ」

「了解っす。じゃあ、続きは午後からっすね。自分もご飯食べてくるっす」


 続きは午後から。続きがあるのか。もうお腹いっぱいなんだけど、まだやるのか。

 水鞠が立ち上がって部屋を出ていくとハルちゃんが私に手を差しだしてきた。


「じゃあ妃芽ちゃん、飯に、」


 ハルちゃんの手を取るより先に、なんならハルちゃんの手に私が気づくより先に瑠璃がハルちゃんの手を払い、紅玉が私に手を差し伸べ立ち上がらせる。


「生憎お前と妃芽は手を取り合うような仲では無い。空手が嫌なら自分の手でも握っていたらどうだ?」

「…あ、そう」

「さあ、参ろうか我が主」

「待って。やめて」


 ハルちゃんは笑顔のまま手を引っ込める。でも目が笑っていない。

 こんなギスギスした空気でご飯食べるの?

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