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桐島さんから殺意や敵意は一切感じないけど、それでも好意的な感情を持っていないことは十分伝わってくる。
とても居心地が悪い。繧繝衆の人たちって居心地の悪い空気を提供することに長けていると思う。人としてどうかと思う。
「答えろ、客人。何をしているのかと聞いている」
私が返事をしないでいると桐島さんが少し苛立った様子で睨みつけてくる。
客人、私のことか。昨日紹介された場に桐島さんも居たはずなので私の名前は聞いているはずなのだけど。他人の名前を覚えられない人なのだろうか。それとも私を名前で呼びたくないのだろうか。この態度からして多分後者だろうな。
尚も返事をしない私をどう思ったのか、紅玉が一歩、桐島さんの前へ進み出る。
「無礼者が。三下奴の分際で我が主から直答が許されるなどと思い上がりも甚だしい。己の身の程を弁えよ」
「待った。紅玉ちょっと待って。黙ってて」
びっくりした。日常会話に使わない単語がいくつか入っていて何を言っているか正確には分からなかったが、それでも喧嘩を売っていることだけははっきり分かった。やめて欲しい。気軽に喧嘩を売ったり敵を増やしたりしないでほしい。
私を庇うように立つ二人の後ろから前へと進み出ると険しい顔をする桐島さんに頭を下げる。
「すみません。私の鬼が失礼を」
「鬼に礼儀など初めから期待していない、謝罪をするくらいなら首輪をつけて手綱を握っておけ」
礼儀を期待しないって、繧繝衆の鬼ってそんなに自由奔放なのだろうか。天狼に関しては見たこともないので何とも言えないけど、少なくとも蜜柑さんはそんな雰囲気ではなかったと思うけど。
「そんなことより何故客人が屋敷の外れにいる。納得が出来る説明をしてもらおうか」
まだお屋敷の地図が頭の中に出来ていないがどうやら来て良い場所ではなかったらしい。入られたくないところがあるのなら立ち入り禁止の札でも下げておいてくれないだろうか。そしたら私だって入ったりしなかった。ハルちゃんも一般常識より先にその辺りを教えてくれないだろうか。
「水鞠にいろいろ教えてもらっている途中だったんですけど、ちょっと疲れたので気分転換をしようと思いまして」
「…水鞠がものを教える?」
桐島さんが信じられないとでも言いたそうな顔をしていることに表情に出さないように密かに驚く。すごい、水鞠って味方からもそんな認識なんだ。
「それで適当に歩き回っていたらここまで来てしまったんです。お庭が綺麗だったので思わず足が止まってしまって。入っちゃいけないところだとは知らなかったんです」
「庭が綺麗だと言うくせに庭は見ていないのだな」
桐島さんが険しい表情のまま私の手元を見る。つられて視線を落とせば視界に入るのは端末の画面。
おっといけない。これはタイミングがいけない。話をそらそう。
「桐島さんはどうしてここに?」
「屋敷の敷地内にオレが居て何が悪い」
私は答えたのにあなたは答える気が無いんですね、とは思っても口には出さない。桐島さんからしたら今の私は不審者に近いものだろうから彼の態度は仕方ないというものだ。何なら私という不審者を見掛けたからここに来た可能性だって十分あり得る。ゲームをしようなんてメッセージを送ってくるハルちゃんがまともに仕事をしているとは思えないし、そんな中で余計な仕事を増やして申し訳ない。多少刺々しい物言いをされてもしょうがないとさえ思える。
「客人と呼ぶ割に客に対する態度がなっていないな。繧繝衆というのは礼儀を知らない人間の集まりなのか?」
でも瑠璃はそんなふうには考えていないようだった。嘲笑交じりの言い方はとても喧嘩腰。やめて欲しい。どうして穏便に済ませようとしないのか。
「自惚れるな。客はお前たちの主人のみ、客に含まれないお前たちおまけに礼をとる必要がどこにある」
「その主人への態度がなっていないと言っている。最低限、姿が見えたら足を止め道を譲り首を垂れろ、雑兵」
「すみません、桐島さん。私の鬼は少し口が悪いので本気に取らず聞き流してください」
通る度にお辞儀をされるなんてどこの社長だ。大体瑠璃だってそんなのしたこと無いじゃないか。
「その口を塞ぐのは主人の役目だ。鬼の躾は鬼使いの力量の内、鬼を見れば鬼使いの程度が知れると言うがどうやらその通りらしいな」
「そうなんですね、初めて聞きました。勉強になります」
私の相槌に桐島さんが微妙な反応を示す。何か変なことを言っただろうかと少し考え、私が鬼使いとして大したことが無いと皮肉を言われたのだと遅れて理解した。
でも桐島さんの評価は皮肉でもなんでもなくただの事実である。正直なところ私は自分が鬼使いだという自覚すらかなり薄い。この二人は私の言うことはある程度聞いてくれるものの割と好き勝手やっているだけだし、術は全く使えないし、術殺しがあったとしても術以外の攻撃には一切対応出来ない。二人が居ない時に戦闘に巻き込まれたら真っ先にやられる自信がある。そんな人間が力量を馬鹿にされたところで反論なんて出る筈がない。
「もう良い、話にならん。母屋は向こうだ、あの渡り廊下から戻れ」
苛立った様子の桐島さんが私がやって来た廊下を指し示す。どうやら立ち入り禁止区域に来たことは見逃してもらえるらしい。それはそうと私は自分が母屋から来たのかどうかさえよく分かっていないのだけど。とりあえず桐島さんを刺激しないためにも言われた通りの道を通ってから瑠璃に元の部屋へ案内してもらうとしよう。
「………待て。一つ聞きそびれたことがある」
そそくさとこの場を離れようとしたところに桐島さんから制止が掛かり足を止める。
何で立ち去ろうとしてから聞きたいことを思い出すのか。勘弁してほしい。殺意が無いとは言え露骨に塩対応をしてくる人と同じ空間にいて平然として居られるほど強い心臓は持っていないのだ。ただでさえいきなり生活環境が変わったというのにこれ以上ストレスを掛けないでほしい。
「ふん、この場の解散を申し出た愚物が図々しくも、」
「何ですか?答えられることなら答えますよ」
明らかに喧嘩を売る気でいる紅玉の言葉を遮って桐島さんを振り返る。危ない。鬼って本当に気軽に喧嘩を売りに行く。押し売りは犯罪だという認識が無いのかもしれない。
押し売りをされそうになった桐島さんは紅玉が売りかけた喧嘩にまるで興味を示さずに私を見てくる。まるで反応を観察されているようで居心地が悪い。
「白消について何を知っている?」
はくしょう。
何だろう。また知らない単語が出てきた。
「白消ってなんですか?」
「はあ……。知らないなら良い、さっさと行け」
聞き返すと桐島さんは期待外れとでも言いたそうに溜め息を吐く。いや、そんな反応されても知らないものは知らない。むしろ説明してほしいのに。
そしてさっさと行けと言ったくせに桐島さんは私に背中を向けてやって来たであろう廊下を戻っていった。何だろう。腹が立つまではいかないのだけど、すごく理不尽な態度を受けた感じが否めない。
桐島さんが立ち去って行った方向を見つめながら瑠璃が低い声で話し掛けてきた。
「あいつなら殺しても構わないかい?」
「やめて」
何でも相手を殺して解決しようとするのは鬼の悪いところだと思う。




