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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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26

 ぱんっ、と。或いは、ばちんっ、と。


 そんな感じの何かを叩くような音が室内に響いた。音が聞こえたのは紅玉の居る方向、なので今の音は多分扇子を閉じた音なのだろう。

 深く考えずに音のした方向を振り返る。すると目に飛び込んできたのは口を真一文字に引き結んだ絶世の美女。機嫌が良さそうなんて冗談でも言えない紅玉の表情ににわかに緊張が走る。


「こ、紅玉?」


 困惑して名前を呼ぶが紅玉の視線が私に向くことは無い。まっすぐにハルちゃんを見詰め、否、睨みつけている。

 怒っている。これは確実に怒っている。誰が見ても分かる。そして睨みつけている相手がハルちゃんであることからして矛先は恐らくハルちゃん。

 何で?和やかな空気だったじゃん。そんな怒るような場面あった?紅玉は瑠璃よりも感性が人間よりで分かりやすいと思っていたけど、今の紅玉が怒っている理由が本気で分からない。


「………何?」


 睨まれているハルちゃんの表情は私をからかっていた時のままの笑顔、でも目が全く笑っていない。

 その表情で咄嗟に思い出されるのは金城さん。笑顔の下の殺気を隠す気もなく、敵意もむき出しで、最終的には武力行使。ハルちゃんが助けてくれたからどうにかなったけど、そうじゃなければどうなっていたか分からない。で、今はその助けてくれたハルちゃんが同じことをしている。敵意や殺気は無い、と思いたい。でも不快感や不機嫌を隠す気はさらさら無いようである。 

 ハルちゃんの好意的とは言い難い視線を真正面から受けながら紅玉はつまらなそうに、ふん、と鼻を鳴らした。


「儂は何も言うて居らぬ。話があるのはそこの愚物だ」


 扇子で口元を隠しながら紅玉の視線が、つっと横に向く。


「……」


 紅玉の視線の先に居たのは瑠璃だった。

 彼もやはり紅玉と同様に無表情であるが、瑠璃が紅玉相手に激昂している場面を何度か目撃している私はその様子に少しほっとした。瑠璃って他人には無表情がデフォルトのようだし感情豊かな紅玉が急に無表情になるよりまだ安心出来る。原因不明の不機嫌な紅玉と違って瑠璃は通常運転なようだ。つまり不機嫌の原因は紅玉個人のものと言うことなのだろうか。


「妃芽、発言の許可を」

「え?…あ、はい、どうぞ?」


 びっくりした。

 咄嗟にどうぞなんて言ってしまったけど、一体何?発言の許可って何?許可制だったの?初耳なんだけど?


「如月妃芽が一ノ鬼、瑠璃だ」


 咄嗟に発言を許可した身として何を言い出すのか戦々恐々としている中、瑠璃が口にしたのは自己紹介。とっても平和的。身構えた分、肩透かしを食らった気分である。


「…俺が改めて名乗る必要は無いよな?」

「好きにしろ、僕は些事に気を留めるつもりはない」

「で?妃芽ちゃんのイチノオニ、俺に何か用?」

「まずは我が主の身柄を受け入れたことに礼を言う。この件に関して鬼の身では選べる選択は限られていた」

「あっそ。鬼に戦う以外の選択肢が用意出来るなんざ驚きだな」


 まるで鬼は戦う以外のことを考えられないと言うような発言。そんなことないと思うけど。蜜柑さんは戦うのが好きじゃないみたいなことを瑠璃が言っていたし。


「我が主を丁寧に扱うところも評価しよう。どうやら下の者もお前の態度に倣うらしい」

「そりゃどーも。他所の鬼からの評価なんざクソの役にも立たねえけどな」


 瑠璃が他の人を褒めるの初めて聞いたかもしれない。鬼を認識できる人が私の周りに居なかったせいもあるけど、それにしたって瑠璃は他人を下に見ているところが強いのに。それだけ今回ハルちゃんが味方になってくれたことに敬意を表しているということなのだろうか。まあ、絶対裏切ったらダメな組織を裏切ってまで味方になってくれたんだから瑠璃の態度が軟化するのも頷ける。

 だと言うのにハルちゃんは随分と塩対応である。やはりハルちゃんは、というか繧繝衆は鬼の存在を快く思っていないようだ。


「そこで提案だ。我が主に素晴らしい待遇を用意してくれた礼として、此方は戦術を提供しようと思う」

「……は?」

「術式の扱いは勿論、必要であれば体術も教えてやる。これから先、守護四役とやらと一戦交えるつもりならば無駄にはならないと思うが?」

「何を企んでる」

「心外だ。僕は主を守る兵なら鍛えることも吝かではない。人間の限られた寿命とやり方では伸び代を伸ばすことも一苦労だろう。それを手助けしてやると言っている」


 確かにここに厄介になっている間は守ってもらうことになるとはいえ、繧繝衆の人たちからしたら私個人を守ることは業務外の事柄だと思うんだけど。

 しかし意外だ。瑠璃がこんなに積極的に他人を育てるタイプだったとは。トップアスリートだけどコーチには向いていない人みたいなタイプだと思っていた。必要無いくらい常に側に居てくれるとはいえ出会ってからまだ半年も経っていない相手なのだ、当然私の知らない一面くらい持っているだろう。思い込みで可能性を狭めないようにしなければ。


「ただし教える人間には此方から条件を出す。僕としては霊力が高くある程度年齢が若い奴が望ましい。年寄りや霊力が低い奴が相手だと不測の事故が起こりかねないからな」

「…ああ、そういうアレか」


 ハルちゃんは何か納得したように溜め息を吐く。

 今、そんな溜め息を吐くような場面だった?瑠璃の言葉はある程度筋が通っているように聞こえたけど。何でハルちゃんはそんなに渋い顔をしてるの?


「いいぜ、水鞠と木立を貸してやる」

「…何か勘違いがあるようだが。力を提供するのは此方だ」

「蜜柑も付けてやる、それでとんとんだ。文句は無いだろ」


 瑠璃が舌打ちした。え、今のやり取りのどこに舌打ちする要素があったの?

 蜜柑を付ける。多分果物の蜜柑ではなく鬼の蜜柑さんのこと。えっと、瑠璃が水鞠と桐島さんを訓練するのに蜜柑さんを付ける。そこで舌打ち。どういうこと?瑠璃は蜜柑さんのこと嫌いなの?でも昨日、蜜柑さんの話をしたときはそんな素振り見せなかったのに。


「と、言うわけだ。妃芽ちゃん、悪いけど水鞠に予定が入っちまったから今日は午後から自由にしててくれ」

「あ、はい」


 急にこっちに話を振らないでほしい。吃驚して適当に返事をしてしまった。

 そもそも今の話、そんなに急ぐような内容だった?守護四役とか言うのと戦うので鍛えなきゃというのは分かるけど、今さっき決定したばかりの内容を早速今日の午後から?フットワークが軽すぎやしませんか?


「って言うか、妃芽ちゃん暇になったならゲームしようぜ」

「ハルちゃん、仕事しなくて大丈夫?」

「繧繝様、妃芽様の予定が無くても貴方には予定があるんですよ」

「は?妃芽ちゃんとゲームする以上に重要な予定があると思ってんのか?」

「迷子の捜索と本家の掃除と害虫の駆除です」

「ふざけんな、それ絶対繧繝の仕事じゃねえだろ!!俺は便利屋じゃねえんだぞ!」


 土岐さん。自然に会話に入ってきたけどこの部屋の中に居たんだ。気づかなかった。


「青鬼、生憎俺も忙しいんでな。二人は呼んでやるし案内もしてやるが後は知らねえ。勝手にやってろ」


 ハルちゃんが指を一度鳴らす。すると表れたのは小さな球体。昨日ハルちゃんが瑠璃と紅玉を探す時に出したものと似ている気がする。話の流れからしてこれが案内してくれるのだろう。

 しかしその道案内は瑠璃を待たずに動き出す。ハルちゃん、私の鬼に対して塩対応が過ぎない? 


「妃芽、少しの間側を離れる。無能、妃芽から離れるなよ」

「ふん、愚物に言われるまでも無いわ」

「??いってらっしゃい?」


 私が送り出す言葉を口にした途端、瑠璃が案内を追いかけて部屋を出て行った。

 結局何が何だか分からない内に瑠璃を訓練とやらに送り出してしまった。でもまあ、宿代代わりだと思えば。いや、それにしたって私の宿代を瑠璃に払わせるのは少し違うのでは。

 そもそも宿代必要なのだろうか。私と私の鬼を助けることにメリットがあるみたいなことをハルちゃん言っていたはずだけど、そのメリットが何なのかも聞けていない。と言うか気軽に聞いて良い内容なのだろうか。


「そんじゃ俺も行くわ。あんまのんびりしてると妃芽ちゃんにサボってるって思われそうだし」

「……え?」

「やめて!その『サボる前にそもそも働いてるの?』って顔!傷つくから、俺繊細だから!」

「ごめんごめん、冗談だよ。ハルちゃんが働いてないなんて思ってないから」


 何の仕事をしているかは知らないし、高確率でサボっているとは思っているけど。


「繧繝様、もう宜しいですか?」

「あー、はいはい。分かってるよ。じゃあな、妃芽ちゃん。また後で」


 土岐さんに促されハルちゃんが渋々と言った様子で部屋を出ていく。

 そうして最後まで部屋に残っているのは私と紅玉だけ。その紅玉の方を見上げて訊ねる。


「で、紅玉。今のは結局何がどういうこと?」

「一言で言うならば野郎共は喧嘩っ早いということだ」


 その要約だと私は分からないんだけど。

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