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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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 伊鶴は車の運転席で目を伏せ腕を組み微動だにしなかった。伊鶴がその状態になってからかれこれ一時間は経過しようとしている。

 車のガラス越しに外の喧騒が聞こえる中で、伊鶴の耳が拾ったのは微かな喧騒にすら負けそうなほど小さな足音。伊鶴は運転席から出て反対の後部座席側に回ってドアを開けた。


「今日は随分遅かったんですね、明臣様」


 伊鶴が口の端を吊り上げてわざと皮肉っぽく聞こえるように言うと、足音の人物は困ったように笑いながら駆け寄ってくる。


「待たせてごめん、伊鶴。こんなに長くなると分かっていたら予め言っておいたんだけど」


 歩いてきた中学生くらいの少年、守護四役第四席、尾鷹明臣はため息交じりにそう言いながら車の座席に鞄を先に置いた。


「でも一つ言わせてもらうならいつもの定期会合の短さの方がどうかしているよね。あれ意味ある?下手すればホームルームより短いんだよ。学校の授業の方がまだ実りがあってそれらしいんじゃない?」

「おっと、せめて車に乗ってからにしてくださいね。その問題発言がよそに漏れたら僕が雉間さんに怒られるんで」


 伊鶴は明臣を車の中へ促して座席に座らせてからドアを閉めて運転席に回り込む。そして明臣がシートベルトを締めたことを確認してから車を発進させた。


「いくら緊急とは言っても平日のど真ん中に呼び出すのはやめて欲しいよね。また学校休むことになっっちゃたし」

「心配しなくてもちゃんと公欠扱いになってますよ」

「そういう問題じゃないんだよ。学校生活なんて人生の中でほんの短い期間でしかないんだから満喫しないと勿体ないでしょ」

「明臣様、人生何週したらそんなセリフ出るんですか。午後の授業には間に合うから別に構わんでしょ」

「ねえ、学校の送迎ってこの車じゃなきゃダメ?軽とは言わないからもう少し小さい車にならない?」

「何ですか、藪から棒に。明臣様は車にあまり興味ないと思ってましたけど」

「いつもこの車で送迎されているせいか『実はヤクザの家じゃないか』って噂が立っちゃってるんだよ。最初は軽い冗談だったみたいなんだけど、ほら、友達を家に呼んだりとかも出来ないから。妙に真実味を帯びてきているみたいでさ。親しみのある感じの車にしたらそんな噂自然消滅するかなって」

「ダメですよ。ウチにも威厳ってものがあります。中学生の噂のためにわざわざ車を変えたりしませんから」

「あー、伊鶴面白がってるでしょ!見えなくても声笑ってるから分かるんだよ、信じられない、僕は本気で悩んでるのに!僕のあだ名がヤクザになったら伊鶴のせいだからね!」

「僕のせいじゃないでしょ、この車に選んだの雉間さんなんですから」


 拗ねたように顔を窓へ背ける明臣をバックミラーで一瞥して伊鶴は笑いをかみ殺す。こうしている姿は極々普通の中学生で、守護四役に席を持っているようには見えない。何も知らない人間が見ればせいぜい良い所のお坊ちゃんだろうなという程度の感想しか抱かないだろう。実際良い所のお坊ちゃんなのは間違っていないけど。

 伊鶴は思いのほか和んでしまった空気を仕切り直すために一度咳払いをする。


「それで今日の緊急会合は結局なんだったんですか?やっぱり昨日の繧繝衆の離脱について?そもそも離脱って本当なんですか?」

「本当みたい、清さんが直接繧繝から聞いたってさ」

「あー、なるほど。繧繝ならともかく金城清が言うなら間違いないですね。まあ、二区に居たウチの奴らも結構追い出されたみたいですから、これで冗談だったって方が質が悪いですよ」

「追い出された中で怪我した人はいない?」

「死人も怪我人も居ませんよ、平和的に追い出されました。居たらちゃんと教えてますから」

「そっか。よかった」

「耳に入った限りだと他のところも似たような状態らしいですよ。ひと昔前ならともかく現代は気軽に切った張ったはしないしされませんからね」

「現代人でよかったとつくづく思う。血生臭いことが許される時代なら僕きっと死んでるよ」


 赤信号で車をとめた伊鶴はその返事を苦笑いするだけに留めた。明臣の評価が概ね正しいからだ。

 他の席持ちと違って明臣に戦闘能力はほぼ無い。年齢が幼いせいもあるが武芸の才が皆無だと周囲も明臣自身も理解し伸ばそうとしないからだ。鬼との戦闘は命の削り合いとなる局面が多く、死ぬ物狂いの努力して使い物になるかどうかの非才に時間を掛けるなんてこと基本的にはしない。その時間を才能があるものに使った方が有意義だというのがひと昔前も現代も変わらない考え方である。

 なので明臣は鬼に関わる者として必須である戦闘訓練をほとんど受けていない。護衛を付けているとはいえ戦えない長がこうしてのこのこ外を出歩けるのはある種平和の象徴と言っても良いだろう。賛否はあるだろうが少なくとも伊鶴は明臣の存在を好意的に受け止めていた。


「でも変なんだよね。今日の緊急会合は清さんの声で集まったはずなんだけど、その本人がいつもと比べて上の空っていうか。ちょっと読みにくい」

「読みにくい?珍しいですね、そんなこと言うの」

「なんて言ったら良いんだろう、いろいろ複雑に重なっているっていうか、言うほど繧繝衆の離脱を重要視していないというか、もっと他のことに気を取られているというか…。そうだ、伊鶴。如月妃芽さんって知ってる?」

「誰です、それ。明臣様の新しい彼女ですか?」

「新しいも何も残念ながら彼女なんていたことないよ、分かってて言ってるでしょ。清さんが警戒している相手の名前、その人の話をしているときの清さんすごく怖かった。実際に顔も合わせたんだって。嘘か本当か繧繝が守護四役を離脱した原因の人物らしいよ」


 ヒューっと伊鶴は茶化すように口笛を吹く。そのタイミングで信号が青に変わり車はゆっくり動き出した。


「女のために守護四役抜けたんですか、現繧繝。やっば、噂に違わない型破りな人なんですね」

「意外だよね。そんなことしそうな人には見えなかったんだけど。なんて言うか、他人に興味が無い感じだと思ってた。会合に顔を出してもあんまり顔を上げないんだもん。たまに見ても議題とは別のことで頭がいっぱいって感じ」

「いやいや、そういう人間ほど一度恋だの愛だのにはまると執念深いもんです。明臣様はああなっちゃいけませんよ。あとそういう女に引っかかっちゃダメですよ」

「居ない内から彼女への注文つけないで。僕そういうのいちいち気を遣っちゃうから。ただでさえ相手選びに苦労するのに、これじゃ一生彼女出来ないよ」


 そもそも明臣の伴侶となるような人間は家の方で決めるだろうが、と言う考えが過ったが明臣もそれは分かっていることだろうしわざわざ口に出すのは野暮な気がして言葉を飲み込んだ。そしてこの話題を広げないためにも話を切り替える。


「それで、ウチは結局どう動くんですか?便乗して守護四役から離脱しちゃいますか?ハチャメチャになりますよ、世は戦国時代っ!みたいな」

「帰ってからみんなで話して決めようと思うけど多分様子見になるかな。守護四役と敵対するのも離脱するのも論外だけど、繧繝衆と敵対するのもあんまり上手くないからね。繧繝衆と敵対する明確な理由無いから、こっちが攻撃されそうなときか統括からせっつかれたときだけ動けば良いかなって思ってる」

「守護四役を勝手に抜けたのは十分な理由だと思いますけど」

「それは守護四役側の理由だよ。僕らが守護四役に属しているのは便利だから、利害の一致ってやつだね。理由を同じにする必要は無いし一緒に心中してやる必要もない。繧繝衆が守護四役に何をどうしようとウチに影響がない内は動く必要は無いよ」


 つまり最低限の義理しか応えるつもりはない、と。

 割り切り方は組織の長として素晴らしい判断だと称えたくなるが、学校でそんな態度で学友に接していないか伊鶴は少しだけ心配してしまう。切り替えが上手い明臣のことだから当然杞憂なのだろうけど。


「でも一区と三区は動くみたい」

「金城は管轄区が隣接してますし半ば当事者だから分かりますが、一区も?」

「一区も。常盤さんが珍しくやる気だった。繧繝衆とか如月妃芽さんとかよりも甲級が目当てみたいだったけどね」

「え?封印が解けた甲級見つかったんですか?」

「如月妃芽さんが連れてったってさ。あとこの間討伐対象になってた鬼も如月妃芽さんの鬼だったんだって」

「あっはっは、そりゃ面白いですね。如月妃芽さんは討伐対象の主で、甲級を味方につけて、繧繝衆を自分に寝返らせて。大物じゃないですか。次は政界に進出ですか?総理大臣か大統領にでもなるんですかね?」

「伊鶴」


 ふざけた調子で笑い飛ばす伊鶴に対して予想外に真面目な声音で明臣が名前を呼ぶ。その声に伊鶴は思わず姿勢を正してバックミラー越しに明臣と目を合わせた。明臣の表情は落ち着いていてふざけた伊鶴を咎めているふうでもあった。


「…冗談じゃないんですか?」

「少なくとも清さんは嘘をついていない。如月さんを警戒してて自分より格上だって考えているみたい」

「金城清よりって…如月妃芽って鬼の名前だったりしますか?それとも熊か何かなんですか?」

「読んだ情報からすると高校生みたいだよ。そもそも並の鬼や熊なら清さんの相手にならないと思う」


 ぞっとする。金城清は守護四役内でも指折りの実力者だ。その清より格上となる存在が今まで守護四役内で認知されていなかったなんてにわかには信じがたい。

 だが金城清は如月妃芽と対峙した上で格上だと判断したはず。その評価は無視できない。まして甲級や繧繝衆を味方につけているのであれば尚更である。


「そういうわけだから、如月妃芽さんを味方に引き込んだ繧繝衆とは正面からぶつかりたくないんだよね。みんなの意見次第だけど」

「ここまでの話を聞くと反対意見が出るとは考えにくいですけどね」


 そこで、あ、と明臣が何か閃いたように声を上げる。


「伊鶴、お昼学校に間に合わないからどこか寄っていこうよ」

「お、良いですね。馴染みの割烹が最近昼も始めたみたいでちょうどこの近辺に、」

「ドーナッツ!」

「え?」

「ドーナッツが食べたい!ねえ、伊鶴良いでしょ?」


 あー、と伊鶴は言葉を濁し視線を泳がせてからバックミラー越しに明臣を確認する。キラキラと期待に満ちた目で伊鶴を見ていた。困った。ダメだと言いにくい。しかし栄養バランス的にあまりよろしくないし、明臣の昼食を菓子で済ませたなんて知られたら叱責されるに決まっている。


「僕は、別に、良いですけど。……でも、雉間さんに後でなんて言われるか…」

「やった、伊鶴なら良いって言ってくれると思った!雉間だと絶対反対するもん、ありがと伊鶴!」

「………」

「ハンバーガーも捨てがたいんだけど制服に匂いが残っちゃうからね。ドーナッツならあんまり匂い移らないでしょ?あ、雉間には内緒だよ?怒られちゃうからね」

「…了解です」


 どうせその内緒は簡単にバレて雉間には自分だけがこっぴどく怒られるのだろう。

 簡単に予想出来てしまった未来に伊鶴は明臣に気づかれないように溜め息を吐いてからハンドルをドーナッツ屋に向けて切るのだった。

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