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嫌な殺気が室内を満たす。ハルちゃんを前にした時のような強烈な殺気ではないが、鬼二人が私の隙を突いて水鞠を亡き者にしようと画策しているのが殺気越しに伝わって来るかのようだ。やめて欲しい。いくら言葉のチョイスに難があるとは言え相手は人間なのだ。殺したら面倒だなんて発想の前に、私の倫理観と罪悪感が全力で拒否反応を示しているので絶対に抱えている戦闘本能に身を任せるなんてしないで欲しい。
矛先が向いていない私でさえ冷汗が止まらないのだ。矛の切っ先を向けられている水鞠なんて堪ったものではないだろう。
「妃芽様が連れている鬼たちがどれくらいヤバい猛獣なのかと言いますとー」
そう思ったのが馬鹿馬鹿しく思えるくらいにけろっとしている水鞠。
嘘でしょ、この空気のまま話を続ける気なの?信じられない。鈍感とかのレベルではない。それはまるで空気が読めないという言葉が服を着て目の前に居るかの如く。迷惑千万。
「まず妃芽様のカスみたいな霊力が小学生が持てるレベルの荷物量だとします」
言葉の端々から感じるデリカシーの無さに室温がまた一度下がる。でも当の本人が気にしていないならわざわざ注意しても無駄になりそうなのでどうにか聞き流すことにした。
少なくとも室温をエアコンのようにどんどん下げている二人は現状すぐに動き出す気配は無い。多分私が以前言ったなるべく相手を殺さないようにという言葉を守ってくれているのだろう。でもこの空気の悪さは流石に不安になる。後で一応釘を刺しておかなくては。
「すると丁級の霊力量は軽自動車程度っすね」
「…は?」
「丙級は乗用車、乙級が小型から中型トラック、甲級は大型トラックになるっす」
「待って。待って待って」
おかしい。動物の名前が出てくると思っていたのに水鞠の口から出てきた単語はまさかの自動車区分。予想外の単語に一瞬頭が付いて行かなくてケイジドウシャって名前の動物がいるのかと真剣に考えてしまった。
「猛獣はどこに行ったの!」
「猛獣より自動車の大きさとかの方が分かりやすくないっすか?」
「それはそうかもしれないけど…っ」
確かに動物で例えたところでライオンと虎と狼を並べられてもどれが一番強いかなんて私には分からない。どれもが小学生よりは強いだろうということしか分からない。それに比べて自動車なら大きさで明確に違いが分かる。トラックの区分は詳しく知らないけど大型小型が頭に付いている分、動物よりは分かりやすい。
水鞠の言う通りだ。でも何でだろう、釈然としない。
「だから小学生な妃芽様がトラック二台を引き連れている光景は異常の一言に尽きるっす。轢かれるんじゃないかと見てるこっちがハラハラするっす」
「私は水鞠の発言にハラハラさせられているけど」
「何でですか?自分は妃芽様みたいにクソ雑魚じゃねえっすよ?」
「一言で言うならそういうところだよ」
心底不思議そうな顔をしている水鞠、どうやら本当に無自覚らしい。無自覚に他人の地雷を踏み抜いていくらしい。これはもう地雷を踏み抜いていくというよりは水鞠自身が地雷原と言っても過言ではない。はた迷惑にもほどがある。
「それで妃芽様の鬼は赤い方が甲級で青い方が乙級っす」
「それはハルちゃんから聞いた」
「大広間で聞いた時から疑問だったんすけど、何で乙級が一ノ鬼なんすか?弱い方を一ノ鬼にするなんて頭おかしいっすよ」
瑠璃の居る方向から固いものがこすれ合うような音が聞こえてきた。分かりたくないけど分かってしまった。多分歯を軋ませた音だ。紅玉を相手にするときでさえこんな音がするほど歯を噛み締めたことは無いというのに。怖くて瑠璃の居る方向を見れない。
「それは、瑠璃が紅玉に勝ったことがあるからで…」
「え?!甲級のくせに乙級に負けたんすか?信じられない、妃芽様の鬼ってバカなんすか?」
パチンっと紅玉が無言で扇子を勢いよく閉じた音が室内に響いた。無言で居るのがまた怖い。本能的な恐怖から指先が微かに震え始める。信じられないはこちらの台詞だ。水鞠ってバカなんじゃないのか。
「鬼の等級は基本的に霊力量で決まるんすけど乙から甲に上がるときだけ別で条件があるんすよ。だから乙級より劣っているなんてこと、普通はあり得ないっす」
「条件?」
「そうっす。条件が満たされていれば霊力がすこししょっぱくても甲級扱いになりますし、満たされていなければ霊力が滅茶苦茶多くても乙級扱いになるっす」
二人がさっきから一言も発していない。でもハルちゃんと話していたときみたいに何でだろうと不思議に思ったりはしない。簡単な話だ。二人の怒りが頂点に達していて口を開けば堰が決壊してしまうのだろう。なら喋らなくて良い、お口はチャックでお願いします。出来ることなら水鞠の口にチャックを付けたいところだけども。
「その条件ってなんなの?」
「ずばり『覚醒』が出来るかどうかです」
「覚醒って?」
「そこも知らないんすね。覚醒って言うのは鬼の霊力の変質のことっす。甲級と乙級を見れば質の違いが一目瞭然っすよ」
「そんなこと言われても霊力見えないから質も量も違いが分からないんだけど」
「え?それ本気で言ってます?鬼も術式も見えるのに霊力が見えないなんて、頭おかしいっすよ」
今の。おかしいの前に頭をつける必要あった?
「まあ、霊力の変質が起こると鬼は霊力を一時的に増幅させることが出来るようになるっす。これが『覚醒』っす。術の火力が段違いに上がってめちゃくちゃ戦いにくくなるんで注意が必要っすよ。だから甲級は完全に別格扱いっす」
紅玉と瑠璃が初対面で殺し合ったときのことを思い出す。あの時、確か紅玉の目が金色に変わった瞬間があった。そして瑠璃が火力が上がったとか言っていた気がする。多分あれが覚醒というものなのだろう。もっとも、御大層な名前の割に紅玉はその後あっさり負けていた気がするけど。この場合は紅玉が弱かったというより瑠璃が一枚上手だったと考えるべきなのだろう。
「因みに等級があるのは鬼だけじゃないっすよ。術使いなら特級から四級まで、天恵持ちも同じく特級から四級まであるっす。自分は二十代にして二級っす、凄いでしょ?」
「へえ、すごいね」
誇らしげに胸を張る水鞠。どうやら凄いことらしいので適当に相槌で合わせておくとして。
「天恵持ちって何?」
「文字通り天恵を持ってる人間や鬼のことっす。妃芽様どうせ知らないっすから説明すると、術でも科学でも再現出来ない不思議能力のことを『天恵』って呼ぶんすよ。身近なところで言うと蜜柑が天恵持ちっすね」
蜜柑さん。あまり愛想が良くなくて、瑠璃と同じ主に仕えたことがあって、戦闘能力が低い。そして天恵持ち。最初に部屋へ案内された時以来まったく話す機会が無いが情報はどんどん増えていく。気持ちだけはもう知り合いになった気分だ。
「繧繝衆では四級はカスで三級になって初めて一人前って認められる感じっす。二級は中堅、一級はスゲーって感じで、特級はもう神!って感じっすね」
「じゃあ、ハルちゃんは特級なの?」
「まさか。繧繝様は地力だけだと四級っすけど、繧繝としてなら一級っす。特級がそんなほいほい居るわけ無いじゃないっすか。神様がごろごろ居たら困るでしょ?」
神社はその辺にごろごろあるイメージだけど。
しかしハルちゃんでも特級にはならないのか。こういう階級みたいのっててっきり権威付けか何かかと思ったけど、どうやら繧繝衆のトップだからといって特級にはならないらしい。
「じゃあ、天狼っていう鬼は甲級なの?」
瑠璃や紅玉が警戒するほどの鬼、天狼。二人が完全に格上として警戒するのだからまさか二人より下と言うことはないと思う。
そう考えて聞いたのに水鞠はそれを軽く笑い飛ばした。普通に腹が立つ。
「何言ってんですか、天狼がそんな枠に収まるわけないでしょ。天狼は天狼っす。階級で呼ぶとしたら天狼、それ以上でもそれ以下でもねえっすよ」
自分たちで枠を作ったのに自分たちの陣営に居る鬼がその枠に収まっていないとは。ちゃんと運営できていないその枠、何のためにあるのだろうか。果たして必要なのだろうか。
なんて、水鞠相手にまともな考え方が通じないことはこの短時間でもある程度察しがついている。だからこういう場合は質問を変えた方が賢明だ。
「聞き方を変えるけど、さっきの自動車区分で例えるなら天狼ってどの辺?」
水鞠は少し考えた後、納得いく答えが見つかったのか一つ頷いてから笑顔でこう答えた。
「コンテナ船っすね」
自動車じゃないじゃん。




