表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
93/110

19

「優秀な鬼使いってどんなやつのことだと思う?」


 実晴の声に土留は書類から顔を上げてそちらに視線を向けた。土留の視線は不敵に笑う実晴の視線と交わった後、一度彼の手元を見てそのまま顔へと戻る。


「それは仕事の手を止めてまでする価値のある話ですか?」

「うるせえ、集中力が切れたんだから雑談くらい付き合えよ!ノリ悪いな!そもそもなんでこんなに多いんだよ、おかしいだろ!」

「繧繝様の日頃の行いの賜物でしょうね」

「俺こんなに仕事溜め込んでねえよ。あー、ゲームしてえ。妃芽ちゃんに会いたい」

「溜め込みが無くともどこかの誰かが大事件を起こしたのに仕事が増えないわけが無いですよね」


 大事件。当代繧繝日下部実晴の独断による守護四役離脱。

 これによって振り回されているのは守護四役だけではない。繧繝衆全体にとって事前の相談も報告も下準備も全く無い、全くの晴天の霹靂だった。昨日は情報が末端に届くまでかなりの時間を要し、その後も他区による悪意のある情報操作ではないかと疑う者が続出した。そして一時的に落ち着きは取り戻したもののその混乱は未だ収束しきってはいない。実晴による悪ふざけや問題行動は今に始まったことではないがそれにしたって今回は度が過ぎているとしか言えない状況だ。

 しかし当人はそんなことを理解していないのか、それとも理解していないふりをしているのか、実晴は笑みを崩さずに土留の様子を窺ってくる。


「なんだよ、珍しく棘のある言い方するじゃん」

「先程の質問、大方お連れになったお嬢さんが優秀な鬼使いだと仰りたいのでしょう。ですがどんなに優秀な鬼使いであったとしても、凶悪な鬼を従えていたとしても、守護四役を離脱するには値しません。もし鬼使いとして優秀だとしても繧繝衆においては意味の無い評価です、ここは金城ではありませんから」

「お前が何を思っていてもそんなの個人の自由だし別に責めるつもりはねえけど、妃芽ちゃんの前でだけは絶対に口にも態度にも出すんじゃねえぞ。お前らが思っている以上に普通の子なんだからな」

「何故その普通の子をあなたが擁護なさっているのか理解に苦しみます」


 土留の表情は部屋に入った時から変わらず、部屋に入る前から変わらず無表情で変化が無い。だが意図が分からないと明言するほど彼女の思考は行き詰っている。実晴はそんな様子に満足そうに笑った。


「さあな。何でだと思う?」


 挑発するような実晴の態度に土留は眉一つ動かさずに書類に視線を落とす。


「…父は、妃芽様が蜜柑と同じく天恵持ちではないかとお考えでした」

「土岐か。…天恵ね。まあ、あながち間違いじゃねえけど」

「ですが並みの天恵では周囲は納得しないでしょう」


 周囲とぼかして言ってはいるが、その中に土留自身が入っていることは言うまでも無い。そういった周囲の目を実晴は十分に理解している。理解の上で実晴は土留の言葉を一笑に付した。


「おい、そんなことより質問に答えてねえぞ」


 繧繝衆の行く末を左右するかもしれない疑問をそんなこと扱いして雑談の質問の回答を優先する。実晴の言動に土留は部屋に入ってから初めて感情を、うんざりした様子を滲ませながら溜息を吐き出した。

 吐いた分の息を吸った土留の視線は実晴の手元に行く。この下らない雑談もどきが始まってから実晴の書類が一枚も進んでいない、それどころか一回も目を通していない。話しながらでも手を進めることは出来るだろうにそれをしない。これは雑談しなければ仕事をしないという意思表示だと土留は捉え、仕方なしに雑談に応じることにした。


「そうですね。…優秀な鬼使いとなればやはり金城清ではないでしょうか」


 金城清。金城家現当主であり金城の鬼才。

 従来の金城家では使役の術で一切の自由を奪い強制的に従わせ戦わせる方法が一般的だった。鬼の強さこそが鬼使いの力量の指標である反面、無理やり従わせるために消費する霊力量は相当のものだったという。故に鬼使いは鬼を使役することに霊力のほとんどを割くため鬼使いは術使いになれないというのが一般的な考え方であり、かつては使役する人間が無防備になるというデメリットが存在した。

 その常識を覆したのが金城清である。清は従う意思があり使えるレベルの鬼のみを使役し、使役の条件も問題行動を起こさない最低限にとどめ鬼の使役に割く霊力を大幅に削った。当然使役する鬼の質は下がったものの複数の鬼を使役することが可能となり、更に削った分の霊力を自分自身が戦うための術に使うことで清は『人間が弱点』という鬼使いの固定概念を払拭した。更にはその本人が術使いとしても類まれな才能を持っていたことでこの方法の有用性を遺憾なく示し、これがそのまま現在の金城家における定石となる。金城家が今日まで繧繝衆から離脱していなかったら当代繧繝の座は彼のものだっただろうと内外から評されるほどだ。

 以上の事実を踏まえて、優秀な鬼使いは誰かと百人に聞けば九十九人は金城清と答えることだろう。


「あー、金城のおっさんな。惜しいけど違う。残念。不正解」


 不正解と言われても土留は感情にわずかな波紋すら立てずに書類に承認印を押す。別段驚くようなことではない、実晴はその九十九人の中には収まらなかったというだけだ。そんなことは何年も前からとっくに承知済みである。


「因みに正解は誰なんですか?」

「当然妃芽ちゃんに決まってんだろ」

「ここまでの問答、意味あります?」

「おい、そこは何で妃芽ちゃんなのかって理由を聞くところだろ」

「何で妃芽ちゃんなんですか?」

「気安く呼んでんじゃねえよ。妃芽ちゃんって呼んで良いの俺だけだから」

「…何で妃芽様なんですか?」

「使役の術を使わずに鬼を二体も従えている人間が鬼使いとして優秀じゃないわけないだろ」


 土留は実晴に気付かれないように彼の背後にある時計で時間を確認する。実晴が手を止めてからもう何分経過しただろうか。土留ならば煩雑な書類であっても二枚程度処理出来る時間。実晴の目の前に積まれた紙束の中には繧繝でないと処理出来ないものも多数あるので土留としては早々に雑談を終わらせて仕事に戻って貰いたいところだ。


「妃芽様の場合、使わないのではなくて使えないの間違いではないですか?」

「使わない使えないは大した問題じゃねえ。見えるだけの人間にあれだけの鬼が大人しく従っていることが重要だ」

「連れているだけの状態を従えていると言って良いものなのか疑問は残りますが」

「妃芽ちゃんの言うことならほぼ確実に聞く。間違いない。殺る気満々だった俺への攻撃の手を止めたし、何より妃芽ちゃんの側に居るために二区に入って来るくらいだ。プライドの高い鬼が気まぐれでそんなことするわけねえし」

「確かに二体の妃芽様に対する執着は強そうでした」

「そこは執着じゃなくて忠誠心って言ってやれよ。…で、どうだった。間近でそいつら観察して」


 どうだったか。こういった曖昧な質問は土留の苦手とするところである。土留は記憶を振り返り少し考えてから口を開く。


「二体とも好戦的で危険な鬼だと感じました。特に乙級の鬼は手練れです、常時身体強化系の術式を纏いながら我々や屋敷内を警戒していました。案内した範囲に仕掛けていた術式はほぼ把握されたとみて間違いないでしょう。戦闘になった場合、屋敷内でも地の利はあまり期待できそうにありません」

「いや、そうじゃなくて。妃芽ちゃんと二体の関係性はどうだったかって話」


 土留は書類から顔を上げて不満そうに実晴を見た。それならそうと先に言ってほしい。


「妃芽様に対する執着は乙級の方が強いように見受けました。それに比べれば甲級は自由に過ごしていますが妃芽様の側を離れないところから察するに感情表現の差異だけで乙級同様妃芽様に強い関心があるようです。ただ妃芽様の安全を優先すると言った共通認識がある一方で鬼同士の関係はあまり良好ではなさそうです」

「妃芽ちゃんは?鬼に対してどうだった?」

「信頼はしている様子でした。いきなり町屋敷に連れて来られても落ち着いていらっしゃるのは二体の影響が大きいと思います」

「はあー、妬けちゃうね。俺のこともそれくらい信用して欲しいもんだわ」

「その為には生活態度を改める必要があるように思います。最低限として起床時刻は今日のように、」

「はいはい、善処しますよーっと」


 土留の言葉が小言に繋がると察した実晴は言葉を遮ってようやく書類を一枚手に取った。

 その手に取った書類一枚を処理し終える前に実晴は思い出したように、あっ、と声を上げる。


「忘れるところだった。土留、お前明日から妃芽ちゃんの勉強見てやれ」

「…御存じでしょうがあのレベルの鬼相手となると私は自衛もままなりません。別の者に命じて下さい」

「安心しろ。あの鬼どもは手を出して来ねえから」


 やけに自信ありげに断言する実晴に理由を問うように土留が視線を送ると、実晴は書類を持ったままの手で時計を指差した。


「水鞠が行ってから十分くらいは余裕で経ってるけどまだ戦闘している気配が無い。多分妃芽ちゃんは鬼に人間を攻撃するなとか命じてるはずだ。少なくとも妃芽ちゃんの居るところでは安全だ」

「…水鞠が失言していないだけでは?」

「んなことあり得ると思うか?だって水鞠だぞ?開口一番に地雷踏み抜いてもおかしくねえだろ」


 否定できない。水鞠なら十分あり得る。

 水鞠を説明役にと言い出したときは正気を疑ったが、どうやら水鞠は試金石代わりに使われたらしい。おそらく水鞠の物言いに激昂して簡単に人間を攻撃してくるようであれば如月妃芽の鬼を理由をこじつけて処分するつもりだったのだろう。

 だからこそ土留には理解出来ない。実晴は如月妃芽の鬼は二体とも処分して構わないと思っている。それはつまり鬼使いとしてではなく如月妃芽自体に価値があるということだ。


「妃芽ちゃんと接する人間は最小限に留めたい、だからこの町屋敷に出入りする人間をあまり増やしたくねえ。頼めるか?」

「危険が無いのであれば構いません。ですがそうまでして妃芽様の周囲に気を遣い囲い込む理由は教えて頂けませんか?」

「似たような質問を土岐に答えたんだけどな。ってか、土岐は今日どうした?」

「父は本家に行きました」

「おうおう、ご苦労なこって。よくあんな陰気な場所に行く気になるな」

「歴代の繧繝は代々あちらで過ごされております。街屋敷を拠点にされている繧繝様が異例なのです。お戻りになっては?」

「やだよ、あそこ回線クソじゃねえか」


 そのふざけた理由が実晴の本心なのかどうなのか土留にはわからない。本当にふざけた理由で歴代の慣例を無視している可能性もあるし、それをただの建前にしている可能性もある。どちらもあり得そうで、どちらでもなさそうである。年単位で側に居る人間でさえ本心が分からない日下部実晴は繧繝衆でも扱いに困る厄介な存在だ。そんな人間が組織のトップに立って全体をかき回すのだから堪ったものではない。


「心配しなくても妃芽ちゃん連れて来た理由も、囲い込む理由もそのうち分かる。嫌ってくらいにな」


 そう言う実晴は裏がありそうな笑顔を浮かべていて如何にも詐欺師めいている。如月妃芽からの信用が欲しいと言っていたがこの分では無理だろうなと考えながらも口には出さずに土留は書類に判子を落とした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ