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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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 皆様は一般常識と言われて何を思い浮かべるだろうか。

 読み書き、簡単な計算、生活家電の使い方、買い物の仕方、社会生活を行う上で最低限の不文律。あと学生の私にはあまり関係無いが一般的な社会人は冠婚葬祭や訪問時のマナーなんかも常識の範囲内になるのかもしれない。

 そもそも常識という概念は普遍的な様相をしていながら実態はかなり曖昧なものである。私が一般常識だと思い込んでいても外国に行けば通じないものの方が多いだろうし、今現在の一般常識が十年後まで変わらずにある保証はどこにもない。宗教、文化、民族、時代、事件。常識とは様々なものに左右され右往左往しながらその在り方を常に変えているのだ。


 何が言いたいのかと言えば、私は断じて非常識な人間ではないということだ。


 ハルちゃんから常識を教えると言われたものの、それだとまるで私の常識が欠如しているかのように捉えられてしまいかねない。もちろんそんなことは無い。大体鬼という存在自体が一般的ではないのだからそっちの界隈の常識を知らないのは常識人として当たり前のことなのだ。常識的に考えて知らないでいることの方が常識なのである。だから常識人である私が鬼についての一般常識を知らないのは当然であり教わることは何も恥ずかしいことではないのだ。


「はい、自分、水鞠と言います!この度妃芽様に常識を叩きこむように繧繝様に言われてるっす!よろしくお願いするっす!」


 だけどそれにしたって言い方!

 常識を叩きこむとか本当に非常識なやつみたいじゃないか!


「…………確か、滝澤さんでしたか?」


 現在朝食の場から部屋は移り、今は十畳ほどの和室である。和室にダイニングテーブルを置いていた食事の部屋と違って高さの低い和室用のテーブルが置かれている。同じ建物内の部屋なのは確かだがこの部屋がどの辺りにあるのか、そしてここから自分の部屋に戻るにはどう行ったらいいのか、全く分からない。是非とも地図が欲しい。

 テーブルを挟んで私の向かい側に居る女の人はそんな私の苦悩を知ってか知らずか朗らかに笑う。


「あ、繧繝様から妃芽様について『自分と同等に扱うように』と厳命されているっす。なのでどうぞ水鞠と呼んで下さい。敬称も敬語も使わないで大丈夫っす、あの人は普段そんなもの使ってないっすから。そもそも使えるのかどうかも怪しいっすけど」

「はあ…えっと、じゃあ、よろしく水鞠」

「はいっす!」


 生返事をしながらハルちゃんが用意した指導役である滝澤さん、もとい水鞠を改めて見る。年齢は恐らく二十代前半くらい、髪を一つに束ね溌溂とした印象を感じる女の人だ。

 昨日の初対面の場でハルちゃんに対して木立さんと騒いでいた印象しかないけど、真面目そうな木立さんと比べると自由奔放な雰囲気がある人だ。木立さんと比べてどちらが先生に向いているかと言えば恐らく間違いなく木立さんなのだろうけど、ハルちゃんは何で水鞠を選んだのだろう。まあ、表裏が無さそうという点ではハルちゃんよりも接しやすそうだけど。


「ちなみに妃芽様、繧繝様とはどういった関係なんすか?あの人、無断外泊はちょいちょいあっても女性連れ込んだのは今回が初めてなんすよ。それが妃芽様お一人の為に守護四役を敵に回して、しかも随分と親しげで…ひょっとしてひょっとしたりするんすか?」

「多分水鞠が考えているようなことは何もないから安心して」

「安心だなんてとんでもないっす、むしろ残念!今はオトモダチでもこれからそうなる可能性は無いんすか?」


 鬼については知らないことが多いから機会があれば誰かから聞きたいと思っていた。

 でもその相手がこの人で大丈夫なんだろうかと不安になってしまう。


「おい、人間。与太話をするなら余所でやれ、下らん話題で妃芽の貴重な時間を浪費させるな」


 声を聞いた瞬間に背筋がぶるりと震えるような感覚。

 振り返れば瑠璃が澄ました顔で水鞠を見据えている。澄ました顔で見据えながらも口元にはキセルを運んでいる。どうやら一瞬感じた殺気は気のせいではなかったようだ。


「瑠璃、キセルをしまって。喧嘩をしに来たわけじゃないでしょ」


 瑠璃は不満そうに私に一度視線をよこし、水鞠を睨みつけながら渋々とキセルを懐にしまう。別に水鞠の身を案じるだけで命令しているわけではないのだからそんなに嫌そうにしないで欲しい。

 態度はどうあれ水鞠はハルちゃんが指導役として出してくれた人物で、そんな相手に怪我でもさせようものなら今度はハルちゃんに喧嘩を売ったと解釈されかねない。そうなると瑠璃が言っていたようにここは途端に敵地のど真ん中になってしまう。それは避けなければ。

 ただでさえ守護四役とかいう組織に喧嘩を売ってしまったばかりなのに新しく喧嘩を売らないで欲しい。四方八方敵だらけで居場所がなくなる。本気でやめて。


「ごめん、水鞠。私の鬼は二人とも気性が荒いから出来れば煽るようなことは、」


 水鞠からぱちぱちと拍手が聞こえてきて言葉を切る。見れば彼女は感心した様子で一つ頷いた。


「妃芽様すごいっす。使役も出来ないようなゴミカス並みの霊力しかないのにちゃんと鬼が言うこと聞くんすね」

「…小娘、我が主に感謝することだ。御前でなければとうに首と胴が離れておるぞ」


 目の前の瑠璃は水鞠を殺しに掛からんばかりの形相になり、紅玉のいる後方からは扇子を開く音が聞こえた。冷汗が止まらない。なんなの?水鞠って話を聞かないの?馬鹿なの?自殺志願者なの?私の悪口を言うのは百歩譲って構わないけど私の鬼に喧嘩を売るのは止めてくれないか。

 兎にも角にも雰囲気が剣呑としていて最悪だ。空気を変えなければ。


「水鞠、使役ってなに?」


 取りあえず直前の会話から単語を切り取って質問を投げかけた。

 聞いておいてなんだけどバカみたいな質問で少し恥ずかしくなった。使役という言葉の意味を知っていれば答えはある程度想像ができる。要は鬼に言うことを聞かせるための何かなのだろう。まあ、ちょっとの恥でこの冷え切った空気をどうにか出来るなら安いものだ。


「え?姫様そんなことも知らないんすか?本当に常識無いんっすね」


 室内の温度がまた一度下がる。もうわざとやっているとしか思えない。

 こんな空気の中でへらへら笑えるなんて、水鞠メンタル強すぎでは?


「使役っていうのは鬼に術で制約をかけて言うことを聞かせることっす」

「制約?」

「『言うことを聞け』とか『裏切るな』とか。鬼と人間の価値観は往々にしてずれが生じやすいので予期しない行動をしないように制約をかけて制限しておくんすよ」

「へえ」

「制約内容次第で消費する霊力が変わるらしいっす。自分は術使いなんで詳しくは分からないんすけどよく首輪みたいなものだっていうのは聞くっすね。付け心地の良い首輪なら鬼からの抵抗は少なくて鬼が嫌がるような首輪は抵抗が強くて、そこに更にリードを付ければもっと抵抗が強くなって霊力もめちゃくちゃ消費する、みたいな?」


 なるほど、一言に使役の術と言ってもどうやら一律に同じものではないようだ。まあ、それが分かったところで術を使えるほどの霊力が無いと言われている私にはそもそも関係の無い話だが。術殺しだときっとそういう細かい条件に関係無く一切合切解除してしまうだろうし。


「あと基本的には人間にある程度友好的な鬼としか使役の術は使わないっす」

「え、何で?敵対的な鬼にこそ使った方が良いんじゃないの?」

「敵対的な鬼は討伐対象になるんで。それにそういう鬼は人間に従うこと自体が嫌で嫌で仕方ないんで無理やり従わせようとすると抵抗が強くなるらしいんすよ。術の抵抗が強いっていうのは霊力の消費だけじゃなくて不満の溜め込みにも繋がるんで、うまいこと使役できても万が一使役の術が切れると絶対絶命っす。猛獣よろしく鬼が飼い主に噛みつきに来るっす。そんなリスクを冒して鬼を従えるより角を折って倒した方が遥かに安全で効率的っす」


 そういえば逃げている時、瑠璃は金城さんの鬼に掛けられている術を解除しても無駄みたいなことを言っていた。鬼との信頼関係も前提にあるのだろうけどあれは術が解かれた場合の保険でもあるのか。戦闘中に敵に寝返ったとかシャレにならないだろうし。

 そしてこう言ったらなんだけど軽い態度に反して意外と水鞠の説明が分かりやすい。当然ハルちゃんは水鞠がどういう人物か知っていて寄越しているのだろうし、性格は抜きにして説明が上手な人間を選んで宛がってくれたのかもしれない。

 

「つまり妃芽様は猛獣に首輪を付けずに連れ歩いてるヤバい奴ってことっすね!」


 でも出来れば性格を考慮したうえで空気が読めて説明も上手い人を選んでほしかった。

 お陰で室内が極寒である。

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