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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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17

 朝食の席で学校のことについて聞いた時の発言である。


「妃芽ちゃん転校したことになってるから、昨日付けで」


 昨日の着物姿はどこへやら、初対面の時と同じようなラフな格好をしたハルちゃんは欠伸をかみ殺しながら納豆を混ぜている。そんな昨日の天気の話をするように、当然知っているだろとでも言った態度でとんでもないことを言ってのけるハルちゃんの神経を疑った。正気も疑った。


「そっか、妃芽ちゃん起きるの早いと思ったけど学生だもんな。納得。規則正しくてよろしい」

「待ってハルちゃん、話題を終わらせないで。転校ってどういうこと?私何も聞いてないんだけど」


 困惑する私に対してハルちゃんは『何言ってんだコイツ』みたいな顔をしてきやがる。私からすればハルちゃんに何言ってんだコイツと言ってやりたい心境だというのに。


「いや、言う必要ある?当たり前のことじゃん。昨日地図見ただろ?妃芽ちゃんの家も通ってた学校も三区のど真ん中、金城のおっさんの管轄下。普通に考えて家に帰るのも元の学校に通うのも無理だからな」


 そうかもしれないけども。いや、かもしれないではなく実際その通りなのだろうけど。

 それにしたって事後報告。どうかしてる。どうかと思う。違う、これは事後報告ですらない。ハルちゃんの態度を見る限り私が聞かなければ話題に上がることすらなかった。きっと本気で説明の必要が無いと考えているのだ。ヤバい、この人。住む世界も考え方もまるで違う。


「普通に考えて分かることでも一応教えてよ。私の将来に関わることだし」

「悪い悪い、以後気を付けるわ」


 軽い調子でそう答えるハルちゃんは全く悪びれた様子が無い。これは再犯待った無しだ。

 まあ、私にまだ犯していない罪を責める権利は無い。ハルちゃんが態度に出さないだけで深く反省していることを願い、取りあえず気を取り直すとして。


「転校先ってこの近く?どのみち今からだと急いでも遅刻だろうけど。って言うか、そもそもその学校に行くのって今日からなの?出来ればもうちょっとここの生活に慣れてからだと有難いんだけど」

「いやいや、妃芽ちゃん。それは事態を甘く見積もり過ぎ」


 甘い卵焼きを食べているところでハルちゃんにばっさり切り捨てられる。

 やっぱりそうか。転校初日に遅刻はまずいか。でもそれについては転校していることを伝えなかったハルちゃんと、質の高い寝具で熟睡にいざなったハルちゃんが悪いと思う。私は悪くない。そもそも急に転校って言われても心の準備が出来ていないんだけど。私はいきなり新しい環境に放り込まれて楽しめるほど適応力のある人間じゃない。三日で良いから病欠で休ませてくれないだろうか。


「俺らは守護四役に喧嘩を売ったんだぜ?そんな大事件の主犯が呑気に学校に行こうものなら学校ごと襲撃されかねないし、一般人への被害がヤバいことになる。天狼の縄張りである二区内なら多少は安心だけど、それも絶対じゃねえ」


 どうやら見積りが甘いと言われたのは転校の件ではなく守護四役とやらに関する件らしい。

 学校ごと襲撃、そう言われて金城さんが真っ先に頭に浮かぶ。金城さんは躊躇い無く学校を破壊して私を攻撃するように命令したし、鬼は当然のようにその命令に従っていた。あの時は咄嗟に当ても無く逃げ出したけどもし途中でどこか授業中のクラスに飛び込んだりしていたら、想像するだけで背筋が寒くなる。


「こっちとしては出来るだけこの屋敷の敷地内から出ないでもらいたいんだけど。ここには基本的に俺が居るし、そうじゃなくても五家の誰かが常にいる。結界もえぐいくらい張ってるし、妃芽ちゃんからしてもここ以上に安全な場所はそう無いだろ?」


 なるほど、ハルちゃんんの言うことにも一理ある。

 もっともハルちゃんが敵に回らなければ、が前提に必要だけど。

 ハルちゃん、態度にこそ出さないけど私を厚遇するのに対して私の鬼には無関心だ。学校に行くにしたって瑠璃や紅玉が私を守るということを一切考慮していない。無関心というよりもあえて触れないようにしているのではとさえ思えてくる。そう考えると今の発言も邪推してしまう。ここは私にとっては安全かもしれない、でも瑠璃や紅玉にとってはどうなのだろう。ひょっとしてハルちゃんは瑠璃や紅玉に何かするつもりなんじゃないか。

 ダメだ、頭が痛くなってきた。こういう陰謀や策略めいたことは瑠璃にお任せしたい。紅玉は向いていなそうだから最初っから当てにしない。私も向いていないからやりたくない。大体、瑠璃と紅玉。昨日の夕食の席でもそうだったけど、何でほとんど口を挟んでこないのか。お陰で普段使っていない部分の頭をフル回転する羽目になっている。


「敷地内から出ないって…それだと学校行けないけど?」

「逆に聞くけど何でそんな行く気満々なわけ?学校なんて行かなくていいから」

「は?」

「妃芽ちゃんの転校先、繧繝衆の系列なんだわ。学籍は一応入ってるけど一回も出席しなくても卒業出来るから」


 予想外の発言に頭が一瞬フリーズした。平然とヤバいこと言ってる、この人。

 一回も出席しなくても卒業出来る、なんとも非常識な話だが詳細の追究は一旦おいておく。話の詳細よりも私が気になったのは卒業という単語。


「卒業っておかしくない?私まだ二年生なんだけど」


 高校二年の一学期。卒業までにはまだ一年半以上時間がある。一時お世話になるにしたってそこまで面倒を見てもらう必要は無いように感じるが。

 疑問を口にするとハルちゃんは私の困惑を軽く笑い飛ばした。


「何言ってんの?守護四役と正面からやり合うのに一年そこらで終わるわけないだろ。俺は最低五年はかかると思ってんだけど」


 五年。事態が落ち着くまで長引いたとしても精々半年くらいだろうと高をくくっていた私は思いがけない言葉に変な声が出た。高校なんて楽々卒業してしまっている。なんなら短大や専門学校も卒業出来てしまう。


「待って、進学できない」

「あ、大学行くつもりだった?どこ志望?国内の大学なら大体はねじ込めるけど」

「やめて、お得情報を教えるノリで裏口入学を勧めてこないで」


 私は別に学校が好きなわけじゃない。そもそも真面目な人間じゃないし学校に行くことが億劫なことの方が多い。学校に行かなければと思ってしまうのは集団生活における強迫観念みたいなものだ。実際、学校に行かなければ死ぬわけじゃないし。将来をちゃんと決めている人は学校の成績を疎かにしてもその道を究めて活躍する人もいるし。

 理解していてもいざ行かなくて良いと、いや、学校に行くなと言われて『はい、喜んで』と答えられない。どうやらそう答える勇気が私には備わっていないらしい。


「何その顔、どういう感情?」

「学校行くのだるいと思うことはあってもそこまでは望んでなかった」

「妃芽ちゃんって意外と小心者?」

「常識的と言って欲しいかな」


 待って。仮に学籍的には高校卒業できたとして、その後は?守護四役との争いが終わって無事に家に帰れることになったとして、その後は?このままここで何もせずに過ごしていたら最短で五年後、学歴は同じでも同世代より一般教養が足りていない状態で社会の荒波に放り出されることになるのでは?なにそれ、怖い。


「ハルちゃん、無茶を言うようだけどどうにか学校に行けない?」

「んー、でも流石に敷地内に学校を立てるわけには」

「やめて、違う、そうじゃない。勉強が出来る環境が欲しいだけだから」

「じゃ、家庭教師にしとく?」


 家庭教師。え?家庭教師?ご家庭に来て勉強を教えるあれであっているのだろうか。

 どうしよう。非常識な話から急に現実的な提案が来たせいで頭がすぐに追いつかない。


「五家の人間は大体学校に行かずにお抱えの教師で勉強を済ませるらしいからな。教える人間の選別に多少時間は貰うけど高校の授業の内容程度なら教えられる奴はいると思うぜ」


 学校に行かずにお抱えの教師。現代社会においてそんなことがあるのが驚きだ。それって学歴的にはどうなるのだろう。今さっき私にした提案のように繧繝衆の系列の学校から卒業したことにしているんだろうか。住む世界が本当に違い過ぎる。

 何はともあれ、全くの無教養になることを避けられるのならば利用しない手はない。


「ごめん、お願いしていい?」

「全然構わねえよ。こっちも妃芽ちゃんに不便を掛けるんだ、このくらい可愛いもんだよ」


 果たしてそうだろうか。ここに来てから与えられるばかりで後が怖いのだけど。まあ、金城さんや守護四役とやらに喧嘩を売ることに比べれば学習環境が欲しいなんて確かに可愛らしいお願いなのかもしれない。そう考えると改めてヤバいことしたなと実感してしまう。


「それはそうと妃芽ちゃん、本日のご予定は?」

「何も無い、というより何をしたらいいか分からないんだけど…」


 学校には行けないし、教える人間を選別するって言っていたからすぐに家庭教師の人が来るわけじゃないだろうし。金城さんや守護四役が来たときに向けて何か備えた方が良いんだろうけどそう言ったことは本当に私は何をすればいいか分からない、瑠璃や紅玉の方がきっと詳しい。素人が下手に手出しするより何もしない方が一番役に立つんじゃないかとさえ思う。

 つまり学校に行かない時点で今日は何もすることが無い。


「そりゃよかった。時間があるなら妃芽ちゃんにはこっち側の一般常識について学んでもらいてえんだけど」


 てっきりハルちゃんがゲームをしようとでも誘ってくるのだと思っていた私は返事を忘れて目を瞬かせた。

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