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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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 新しい朝が来た。

 追われる立場になった上に生まれ育った家をなんの準備も無く離れたのだ。ろくに眠れるはずが無いと思っていたのにたっぷりと熟睡してしまった。我が家のベッドよりよっぽど品質の良い寝具類のお陰で悔しいことに普段よりよく眠れてしまった。私のベッドも粗悪品というわけではないと思うのだけど。きっとこのベッドはこの優れた品質に見合うだけのお値段がするのだろう。


「おはよう、妃芽」


 目覚めた瞬間から感じる経済格差を噛み締めながら体を起こすと瑠璃の声が聞こえてくる。声のした方向を見れば当然のように瑠璃が枕元に立っていた。


「おはよう、瑠璃」

「よく眠れたようだね、何よりだよ」


 いつも通りのやり取りのようではあるけど瑠璃の表情がいつもより硬い。ひょっとして今のは皮肉を言われたのだろうか。不機嫌、ではないと思いたい。思いたいけど念のため謝っておこう。


「ごめんね、熟睡してて」

「謝罪する必要は無いよ。敵地で安眠できるくらいに信頼を貰えているのだとすればそれは僕にとって名誉なことだ」


 敵地という認識が全く無いだとか、熟睡出来たのは質の高い寝具のお陰だとか。そんなことは口が裂けても言えない。世の中には知らない方が幸せなことが沢山ある。


「今何時?」

「八時を少し回ったところだね」

「えっ、うそ!待って、学校っ!!……あ、違う、待った。違うか、学校、どうしよう、どうなってるんだろう」


 普段であればとっくに登校している時刻に慌ててベッドから飛び降りようとして、ここが自宅ではないことを思い出しゆっくりとベッドに座り直す。

 本日は平日、本来ならば学校に行っていて然るべきである。しかし昨日金城さんに追われた結果ハルちゃんに保護してもらって一晩ここに泊まらせてもらった。その道のりのほとんどを瑠璃に運ばれていたのであまり実感が無いが、多分物理的に元々通っていた学校に通学できるような距離ではない。そうでなくとも学校や実家の周辺は金城さんが管理しているらしいし、少なくとも今まで通り学校に通うことは出来ないだろう。


「どうしよう、出席日数が足りないと留年とかになっちゃうのかな」

「仮にも命の危険がある状況下で学校の心配かい?呑気だね」

「学校の心配というより将来の心配」

「今はこの状況をどうするのか心配をするべきだ」

「それは瑠璃がしてくれてるから大丈夫。そういえば紅玉は?」


 私が尋ねると瑠璃は一瞬弛んだ頬を歪め心底嫌そうな顔をして顎で隣の部屋を示した。見ればテレビの前に陣取っている。なるほど、朝ドラの時間か。部屋にテレビがあって良かった。そうでなければ紅玉はテレビを探して余所様のお宅を勝手に歩き回っていたことだろう。


「危機感が微塵も無い足手まといだ。あの馬鹿はここに置いて行くべきだと思う」

「そんなこと言わないで。そもそもまだ出て行くって決めたわけじゃないからね」


 話しながら瑠璃は私に服を渡して隣の部屋へ移動する。どうやらこれに着替えろということらしい。

 怖い物見たさで値札を確認しようとするが既に値札が取られていた。昨日の段階では値札はついたままだったし、私の就寝中に二人が他人を部屋に入れるとも思えないから多分瑠璃が外したのだと思う。どうやら昨日値札に怖気づいていたのをしっかり見られていたらしい。こういう気遣いは出来るのにどうして人間の感情の機微や人間の家族的な情には疎いのだろうか。


 着替えながらハルちゃんに確認しなければならないことを頭の中で整理する。


 まず私の周辺の話。学校と両親と実家。この辺がはっきりと分かっていないとあまり安心が出来ない。あとどれくらいの期間ここに居て良いのか、ここに居なければならないのかも聞かないと。学校に行くにしても実家に戻るにしてもその期間によって対応は変わってくるのだろうし。


 それと鬼について。私が鬼についての話を安全に聞けるのは現状ハルちゃんだけなのでこのチャンスを逃がすわけにはいかない。金城さんもきっと詳しいのだろうけど聞ける雰囲気ではなかったし、というか多分敵だし。

 鬼とは何なのか、どう接するべきなのか、何をしたら怒るのか、何が出来て何が出来ないのか。ここにいつまで居るか分からないので聞ける内に聞けることはなるべく余すところ無く聞いておきたい。紅玉の知識は結構あやふやだし瑠璃は都合の悪いところを話さないように話すから第三者から話を聞いて情報に間違いが無いか確認しなくては。


(あ、そうだ)


 術殺しについても聞いておかなければ。ハルちゃんはもう二回も目撃しているし、当然繧繝衆の人たちには伝わっているだろうから隠さなくて良いだろうし気が楽だ。もっともここの敷地内は至る所に術が張ってあるので迂闊に手を叩けないのは今までと変わらないけども。

 術殺しについて紅玉は知らなかったみたいだし瑠璃も直接見たのは初めてだと言っていたけど、繧繝衆が大きな組織ならそう言った記録が何か残っている可能性はある。過去に同じか似たような力を持った人が居ればこの力について何か分かるかもしれない。使用回数とか、効果範囲とか、制御の仕方とか。今後のために少しでも収穫があると嬉しい。


 さてはて、頭の中を整理して確認事項を挙げてはみたけど絶対どれか一つは聞き忘れそうである。私はおつかいとかでメモを持たずに買いに行くと必ず買い忘れが発生する人間なのだ。全部漏れなく完璧になんて土台無理な話である。

 そもそもハルちゃんに聞いて答えてくれるとも限らないし、答えに嘘が無いとも限らないし。


「果たして本当にそうか?何せ我が主はこういった要所で判断を誤らぬからな」

「…死にたいのか?」

「何だ、図星だったか?」

「僕の忠心をお前の的外れで下卑た妄想に結び付けるな、無能」

「そうして逆上している時点で答えは出ておろう。これだから漁色は始末に負えぬ」

「………ああ、なるほど。お前では万に一つも代われないから嫉んでいるのか」

「何だと?」

「これは悪かった、僕としたことが配慮が足りなかったようだ。意図した訳じゃないがどうやらお前の劣等感を煽ってしまったみたいだな。お前の哀れな身の上に同情してこの件に関してだけは謝罪してやろう」

「おい、性悪。表に出ろ、消し炭にしてくれる」


 そんなことをいろいろと考えていると隣の部屋から瑠璃と紅玉の喧嘩する声が聞こえてきた。

 なんとも平和である。

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