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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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 実晴は自室に戻るなり鬱陶しそうに羽織を脱ぎ捨てる。適当に放り投げられた羽織は床に落ちるより先に実晴の後に続いて入ってきた土岐の手によって回収された。実晴はそれに目を向けることなく席に着くと机の上にある電話の受話器を手に取り短縮ダイヤルを押す。すると呼び出し音が一回鳴り終わるより早く誰かが電話口に出た。


『繧繝様、あなた一体何をかんがえ、』

「よう、熾火。余所からのクレーム対応は一段落ついたか?」


 電話に出た人物、熾火の文句を遮って実晴が先に質問を投げかけた。咄嗟のことに熾火は言葉を詰まらせ、探し、飲み込み、それから諦めたように溜息を吐き出してから実晴の質問に答える。


『ええ、丁度落ち着いてきたところです。まったく…電話してくるタイミングが絶妙過ぎて悪意を感じますよ』

「御苦労。そんで他区に出ていた奴らはどれくらい戻った?」

『最低限の耳だけを残して概ね引き上げました。ただ残した者たちも今後は動きにくくなることが予想されます』

「ま、それは仕方ねえ。今回はちょっとばかし急だったからな。ほとぼりが冷めるまで暫くは無暗に動かず大人しくするように伝えておけ」

『二区内に居る他区の者は如何しますか』

「全部追い出すわけにもいかねえしな、取りあえず目立つ奴だけ追い出して牽制するか」

『どこの者をどの程度出しますか?』

「任せる。ただ金城家の奴らは気持ち多めに」

『承知しました』

「あと妃芽ちゃんの親たちに念のため監視をつけろ。もし他区に行く時には影から護衛を兼ねる程度の術者が良いな」

『既に手配しています』

「流石。じゃあ、そういうことで。後は頼んだ」

『あ、少々お待ちください。はい。…繧繝様、じい様がお話がしたいと。今変わりま、』

「悪い、忙しいから切るわ。ジジイによろしく言っておいてくれ、またな」


 言いたいことだけ言って実晴が受話器を戻すとほぼ同時に再び呼び出し音が鳴り響くが実晴は構わずに電話機から伸びるコードを引っこ抜いた。沈黙した電話機に目もくれずに端末を起動してゲームを始める実晴に土岐は苦笑する。


「熾火は今頃代わりに怒られているのでしょうね」

「あのクソジジイ話長いんだよ。今日はいろいろ忙しかったせいでデイリーノルマ未達成だってのに」


 実晴はぶつくさ文句を言いながら画面を睨みつけていたが、少し操作した後不意に破顔する。


「はあぁああ!黎明の剣!何回見ても最高だな、ああ、もう人生の幸運を今日で全部使っちまったんじゃねえの、俺。それでも後悔しねえけど。もうこの画面眺めてるだけで一日過ごせるわ」

「あなたの個人的な時間の使い方にとやかく言いたくはありませんが、繧繝衆のトップとしてもう少し有意義な過ごし方をされてはいかがです?」

「これ以上有意義な時間の過ごし方がどこにあるんだよ。ああ、素晴らしい。最高!」


 実晴の脱ぎ捨てた羽織を衣紋掛けに掛けてから土岐は静かに問いかけるが実晴はそれを鼻で笑い土岐に目を向けることすらしない。画面の向こうの架空のアイテムに夢中である。


「繧繝様、守護四役を抜けた理由をそろそろ教えて頂けませんか?まさか本気でゲームの為に抜けたわけではないでしょうに」


 その反応に土岐は腹を立てる様子も無く、むしろ予想通りだとでも言うように平然と話題を変える。実晴は一瞬だけ土岐に目を向けて彼の表情を確認するがすぐにまた画面へと視線を落とした。


「いや、七割くらいは本気で黎明の剣のためだけど?」

「残りの三割について訊ねているんです。善意で助けたわけじゃないのでしょう?」

「何だよ、善意かもしれねえじゃん」

「そこで善意だと言い切らない時点で答えは出ていますね」

「いちいちうるせえ男だな、しつこく詮索する野郎は嫌われるぜ?」


 そこで実晴は画面を視界から外して真っ直ぐ土岐を見た。珍しいこともあるものだと土岐は少しだけ目を瞠る。


「心配すんなって。元本割れしない程度に妃芽ちゃんは使える奴だよ。上手く扱えば不利な盤面でも簡単にひっくり返るし、あの子がここの敷地内から出ないだけでも俺らには十分過ぎるくらいに恩恵がある」

「その根拠を知りたいですね」

「それはアレだ、お前らが死ぬほど驚く顔を見たいから今は内緒。精々度肝を抜かれてくれや」


 死ぬほど驚くことと聞いて土岐が真っ先に思い至ったのは今回の守護四役の離脱だった。百年を超える盟約をたった一日、しかも実晴の独断で破棄してしまった。土岐としてもまさか自分が生きている内にこんなことになるなんて考えもしなかった。完全に予想外の事態である。

 実晴の口ぶりからするとそれを上回るような何かを如月妃芽が持っているということなのだろうが、あまりに信じがたい。如月妃芽が連れている鬼は確かに強力だが彼女自身は霊力がほとんど無い一般人だ、そんな能力があるようには思えない。実晴が少女を囲うために話を盛っていると考えた方が納得できるというものだ。


「とは言え、使役の術無しの鬼どもが屋敷内を歩き回るのは気分が良くねえな。基本は妃芽ちゃんの周りを離れないだろうが…。まあ、天狼の縄張りの中でなら勝ち目はある。なんか問題を起こしたら鬼どもの角を折って守護四役との交渉の材料にするさ」

「人が悪い」

「人聞きが悪い。純粋に命の数で天秤にかければ当然の結果。妃芽ちゃんたちと妃芽ちゃんの親族対繧繝衆全体じゃ話にならねえよ」


 結局のところ実晴にとって如月妃芽は味方に入ったのではなく手札に加えただけに過ぎない。使えると判断したから手元に置き、使える場面で最大限使い、使えなくなれば手札から捨てる。実晴は基本的にふざけた人間ではあるが損得勘定に従順で容赦が無い。文句を言いながらも守護四役を抜けなかったのはそのためだ。だから如月妃芽に価値がなくなれば守護四役の離脱を決めたときのようにあっさりと切り捨てるのだろう。


「若いお嬢さんを自分の都合で利用して罪悪感は無いのでしょうか」

「罪悪感を覚えるような話じゃないだろ。向こうもこっちの庇護下に入って金城家の盾にしてんじゃん。お互いに利用し合ってるなら利用じゃなくて協力だろ、きょーりょく。仲良しこよしなら助け合わないとな」

「熾火は察しているでしょうし土留には私から伝えますが、木立と水鞠にその旨を伝えなくて良いんですか?あの二人、絶対に繧繝様が酔狂で妃芽様を連れて来たと思ってますよ」

「良いんだよ、あいつら馬鹿正直だからこういうこと教えると露骨に態度に出ちまうし。あれでも五家の代表でここに居るわけだからもし何かあったときは多少妃芽ちゃんに情が移ったとしても最終的には繧繝の命令には従うだろ」


 土岐は密かに如月妃芽に同情する。もし追われていた金城家の方に身を寄せることが出来ていたなら彼女の扱いは違っていたはずだ。金城家は鬼使いの集まりだ、術を使えないとはいえあれほどの鬼を二体連れている妃芽の待遇はある程度保証されたことだろう。

 だが金城家と違い繧繝衆では術の扱いが長けているか否かで判断される。鬼の扱いに長けていたとしても霊力的に術を扱うことが絶望的な彼女は繧繝の賓客という立場を失えばただの非力な少女、繧繝衆内においては価値の無い存在だ。その上実晴は状況次第で彼女から頼みの綱の鬼を奪うつもりで居る。


「っていうか、妃芽ちゃんログインしてないんだけど。おかしくねえ?」


 直前までそんな非情な話をしていたというのに実晴はその相手とゲームをすることを平然と考えていた。切り替えがきっちりとしていると土岐は感心半分、呆れ半分。だがこう簡単に切り替えられるからこそ実晴はどんなに親しくなろうが如月妃芽の使いどころを誤らず、使い潰すことになっても罪悪感を覚えないのだろう。


「当然です、妃芽様からすればなんの準備も無いまま住み慣れた環境を離れることになったのですから。ゲームどころではないでしょう」

「えー、折角同じところに住んでるんだから妃芽ちゃんと一緒にゲームしたい。誘いに行くべき?」

「やめてください。夕食の席でさえ鬼の殺気が凄まじかったんですから」


 そう軽口を叩きあう頃には何事も無かったかのように実晴の視線はゲーム画面へと戻っていた。

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