13
会食を終えて部屋に戻るなり私は頭を抱えた。
「なんであんな怪しい人についてきちゃったんだろうっ…」
私の背後で瑠璃が呆れたように溜め息を吐き出した。
「何を今更。数だけで見れば不利な状況だった妃芽を助ける人間がまともな奴なわけ無いじゃないか」
「それは、まあ、ごもっともなんだけど…でも他に選択肢が無かったし…」
「選択肢は他にもあった。妃芽が他の選択肢を選ばなかっただけだ」
「ぐうの音も出ません」
いやでも、正面から戦うのも親を置いて逃げ出すのも選べるわけが無い。
あ、何で私の両親をすぐこっちに呼べたのか聞くの忘れてた。次ハルちゃんと顔を合わせたら聞いてみよう。
「こんなこと言いたくはないけど妃芽は少し行動が軽率なところがある。僕が側に居るときは多少のフォローも出来るが可能ならもっと慎重に行動してくれないか」
「…善処します」
会食の前は広々としていたテーブルの上を今は服が埋め尽くしている。値札が付いているところからして恐らく全て新品なのだろう。ご飯を食べている間に誰かに買いに行かせたのだろうか。そう考えるとなんだか申し訳ない。もう少し時間を掛けて食べるべきだったのだろうか。でも先に席を立ったのはハルちゃんの方だから私は悪くない。
「ふん、愚物が。儂に対して主の決定に異を唱えるななどと言ったその口でよくもそのようなことを抜かせるな」
値段がえぐいブランド物から和服、ファストファッションまで手広く揃えてある。適当に見繕うとは言っていたけどよくこの短時間でここまで無節操に集めたものだ。
「僕の忠言をお前の不平不満と同じにするな。そもそもお前が勝手に妃芽に守護をつけたり考え無しに目に入った術式を燃やして歩いたりしたからこうなっているということを理解しろ。理解したら口を開くな、ぼんくら」
「忠言とはよく言ったものだな。主を意のままに操るためにあること無いこと吹き込む法螺吹きの分際で」
取りあえず制服から着替えようと思って無造作にルームウェアを手に取る。そして値札に書かれていた高額な値段に驚いてそっと元あった場所に戻した。なるほど、贈り物をするときに値札を外すのは渡す相手にこういった気後れをさせないためなのか。勉強になる。それはそうと何で値札を外しておいてくれなかったのだろう。まあ、この大量の衣服を前にすると値札を外すという単純作業も重労働になりそうだけど。
積み上げられた服の中から比較的安価なTシャツとジャージの下を持って私は奥のベッドがある部屋へ向かう。
「口を開くなと言ったのが聞こえなかったか?大体、僕は妃芽に嘘は吐いたりしない」
「嘘を吐かずとも真実を口にしない方法など幾らでもあろう。それこそ貴様の得意分野ではないか」
「それが妃芽にとって必要ならそうするだけだ。お前のように考え無しに発言しているわけじゃない、そんなことも分からないのか」
「貴様のことだ、昼間のように死なぬ程度に痛めつけた相手は腐るほど居ろう。買った恨みの支払いで首が回らぬのではないか?今回の輩がその手の者でないと何故言い切れる?」
「情報を整理できない馬鹿はこれだから始末に困る。今回追われることになったのは討伐対象とやらに指定されたからであって怨恨じゃない、頭が回らないくせに口を回すな」
「ふん、人間が貴様のような性悪を征伐せしめんと考えるのは必然だな」
「頭の造りが粗雑なのは知っていたがここまで劣悪品だとはな。妃芽に怪我を負わせた物が対象となるなら本来の討伐対象はお前だ、恥知らず」
「貴様に用意された席だ、譲る必要は無いぞ。日頃の行いの賜物であろう?その成果を横取りしようなど考えておらぬ」
「理解も反省も、口を閉じるという単純なことさえ出来ない欠陥品は妃芽に相応しくない。近々処分するとしよう」
「はっ、そうやって出来もしないことを叩くからその口は法螺吹きだというのだ」
着替えて戻ると二人がいつも通りに喧嘩をしていて何だか安心してしまった。二人が武器を持ち出していないということもあるのだけど、それにしたって喧嘩している光景を見て安心するなんて。どうやら慣れない会食で思っている以上に疲れたみたいだ。
「ごめん、二人とも。今、取り込み中?少し大丈夫?」
「もちろん。そこの無能の優先順位が底辺なのは言うまでもないけれど僕にとっては妃芽より優先しなければならない事象はこの世に存在しないよ」
私が声を掛けると即座に反応を示したのは瑠璃だった。こうして穏やかに微笑んでいると直前まで無表情で口だけ動かし口論していたのが嘘みたいだ。
「必要があればいつでも僕に声を掛けてくれ、それに応えるのも一ノ鬼の役目だ」
「つまり必要が無ければ声を掛けるなということだ。我が主、話なら儂が聞こう。そこの狭量な者と違い儂はいつでも話を聞く用意があるぞ」
「どうしてどちらか片方の話しか聞かない前提なの、私は二人と相談したいんだけど」
瑠璃と紅玉はお互い睨み合ってから盛大に顔を逸らす。喧嘩を続けないということは話を聞く気があるということで良いのだろうか。
「率直に聞かせて。二人はここをどう思う?」
「無しだね」
「長居するべきではないな」
息ぴったりにばっさりと切り捨てるじゃん。お前ら本当は仲良いだろ。
「一応聞くけど、何で?」
「ここが他の鬼の縄張りの中だからだ。認めるのは癪ではあるがこれほどの縄張りを持つ相手となるといくら儂でも御身を守り切れぬ。そのような場所に腰を落ち着けるなど阿呆のすることだ」
「もともと妃芽を守るためにはお前では不足だがな」
「ふん、儂で無理なら貴様でも出来ぬであろう」
「お前の使い物にならない物差しで僕を測るな」
「貴様も同じ理由で無しとしたのであろう、強がるな愚物」
「お前と同じにするな」
二人が警戒している鬼、天狼。紅玉が守り切れないと言い切るくらいなのだから相当危険なのだろう。まだ姿を見ていないからなんとも言えないけど、縄張りに鬼が入るのを嫌がっているみたいだし鬼を中に連れ込んだ人間として敵視されている可能性は十分ある。
「あの男、繧繝という役目は天狼という鬼が選ぶと言っていた。それには人間側の意思は関係しないとも。つまりあの男は天狼という鬼の気分次第でいつでもその座を降ろされる可能性があるということだ」
「降ろされたらまずいの?」
「周囲の反応を見る限り妃芽を助けたのはあの男の独断だ。代替わりをすれば掌を返して妃芽を敵に差し出しかねない。守護四役とやらに戻るためにこちらを裏切る可能性はかなり高い」
なるほど。今のハルちゃんでさえ味方かどうか怪しいのに代替わりすればほぼ確実に敵になるのか。考えてみれば木立さんが結構反対していたし、他の人は割と静かだったけど木立さんを止めるような様子は無かったし。
困った。今ってひょっとして結構危ない状況では?ハルちゃんがやっぱり味方するのをやめるって言った途端、あるいはハルちゃんが繧繝じゃ無くなった途端に私が居るここは敵地のど真ん中になってしまう。
「もしここから逃げ出すことになったとしたら脱出出来そう?」
「妃芽が望むなら今すぐにでも」
試しに聞いてみると瑠璃がすぐに返答する。間髪入れずに即答である。もういつでもここを出て行く準備が出来ているかのような躊躇いのない答えだった。
このお屋敷、結構な数の術が張り巡らされていたのだけどその返事の速さは何なの。さては瑠璃、入った瞬間から外に出ることを想定していたな。相変わらず抜け目のないことで。
まあ、そもそも私が術殺しで術の大半を無力化出来ると考えれば脱出はそこまで難しい話でもないのか。追手が掛かるかどうかが怖いところだけど、昼間のことで瑠璃と紅玉は割と強い部類に入ることが分かったし。瑠璃の言う通り、逃げようと思えばいつでも逃げられそうだ。そうか、逃げようと思えば逃げられるのか。
「いつでも逃げ出せるならもう少しここでお世話になろうか」
「……妃芽」
私が出て行こうとでも言いだすと思っていたのだろうか、瑠璃が咎めるような視線を向けてくる。そんな非難がましい顔をされても困る。
「ごめん、瑠璃。でもハルちゃんは確かに胡散臭いけど一応助けてくれたし、敵じゃないと思うんだよね」
「敵じゃない相手が味方とは限らないし、良好な関係を築いていても敵には成り得る。味方だと断言できない以上は気を許さないでくれ」
「それにハルちゃん側にはお父さんとお母さんの居場所を把握されちゃってるし」
「自分の身が危険に晒されるかもしれない状況で他人の心配をしている場合かい?」
「あはは、人間にとって家族は他人とは呼ばないかな…」
鬼である二人と私の考え方はズレている気がしていたけど、瑠璃はそれが特に顕著だ。紅玉ともかみ合わないことはあるけどもそれはどちらかと言えば世間知らずのせいみたいなものだ。瑠璃はそうじゃない、時折私の意見を無視してでも私の利益と安全を最優先しているかのような極端な発言が垣間見える。
助けを求めるようにちらりと紅玉に目を向ける。すると紅玉は応えるように美しく微笑んでから、口元を扇子で隠して小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「はっ、聞くに堪えぬな。主の決定に沿うつもりが無いのであれば貴様一人で出て行けば良かろう」
「…何だと?」
助けを求めたはずなのに喧嘩を売りやがった。
殺気立つ瑠璃にハラハラする私をよそに紅玉は涼しい顔で瑠璃と対峙する。
「お前のような間抜けであってもここがどれほど危険な場所か分かっているだろう」
「だからどうした?主はそれを理解した上で留まることを選んだのだ、ならば従う他あるまい」
「さっきお前もここは無しだと言っていたはずだが?」
「儂は長居すべきではないと言ったのだ、すぐにここを発つとは言っておらぬ。今日のことで酷く疲れている主をこれ以上連れまわすことはなかろう。いつでも連れ出せるのであれば一日二日休んで主の英気を養ってからでも大して変わらぬ」
あ、違う。ただ喧嘩を売ったわけじゃない。喧嘩を売りながらもちゃんと私の意を汲んでくれている。
こういうところに瑠璃と紅玉の違いが出てくる。もしもう一度一ノ鬼を選ぶとしても私は迷いなく瑠璃を選ぶだろう。瑠璃は戦闘が強いのもそうだが目端が利いていて私が気付かないようなことにも気付き、最大限私を護るように動いてくれるから。でもそれは紅玉が劣っているというわけではない。価値観や感情的な面ではむしろ紅玉の方が私のことを理解してくれているように感じる。私に対する理解度というよりは人間の価値観に対する理解度と言うべきなのだろうか。これがテレビドラマを夢中でみている成果なのだろうか。
瑠璃は苦い顔で暫く考え込み、それから諦めたように溜息を吐き出した。
「仕方ない、今回は僕が折れる。ただ危険だと判断したらすぐにここを出るから常にそのように構えておいれくれ」
「分かった。瑠璃、ありがとう」
「礼をいう必要は無いよ、主の要望を叶えるのも一ノ鬼の役割だ」
「異を唱えておった奴の言葉とは思えんな」
「おい無能、何か言ったか?」
「さて、何か聞こえたか?」
話が纏まったところでお風呂に入ろうと用意されている着替えを再び物色する。そして用意されていた下着のサイズにほとんど誤差がないことに戦慄して今すぐ逃げ出したくなった。




