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「掻い摘んで説明すると、今から二百年くらい前に五家の一つである金城家が繧繝衆から出てったんだ。繧繝は五家の中から選ぶ決まりになってるから、金城家が居ないと頭数が合わないわけ。んで、仕方なく繧繝衆の中に残ってた金城家の遠縁に白羽の矢を立てた。それが日下部家、俺の家な」
ハルちゃんはグラスのビールを飲み干し瓶の中に残っていたビールを全て注ぎながら言葉を続ける。
なるほど?だから本来は日下部家じゃなくて金城家が五家とかいうものなのだということか。でも二百年も日下部さんの家が五家をやっているなら今更金城さんの家が入る余地は無いのでは?
「つまり金城さんとハルちゃんは親戚なの?」
「まさか。二百年前でさえ遠縁なんだから今はほぼ他人だよ。俺、繧繝になるまで金城のおっさんには一回も会ったことなかったし。守護四役辞めたらほぼ接点ないからな」
取りあえずハルちゃんと金城さんの間に横の繋がりがあるとか、いきなり掌返して金城さんに引き渡されるようなことは無さそうである。勿論、ハルちゃんが私に嘘をついていなければと言うことが前提に必要だけども。
「そういえば私、守護四役っていうのも詳しく知らないんだけど…」
「妃芽ちゃん、守護四役知らないとか学校の授業真面目に受けてきた?」
「成績はそこまで悪くないんだけど…入院してた時期があるからその間に習ったのかな?」
「のってくるじゃん。ここは学校じゃ習わないってつっこむところだろ」
「ごめんね?なんか馬鹿にされたニュアンスが入ってたから素直につっこむのが癪になっちゃって」
「ごめんて。軽い冗談だって。怒んないで。嫌わないで」
別にそんなに怒っているつもりはないけども。もっとも言葉の割に真剣に謝罪している雰囲気も無いから謝罪も冗談として聞き流して良さそうだけど。
ハルちゃんは雑な返しをしても腹を立てない寛容さがあるし偉い立場に居るのに変に偉ぶらないところも好感が持てる。これで胡散臭さがなければ素直に心強い味方認定出来る。逆にいえばハルちゃんがどことなく胡散臭いから助けてくれたことや親切にしてくれることには何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう。
「守護四役って言うのは野良の鬼を管理するための組織のことだよ。昔は繧繝衆とか金城家とかそれぞれの団体で活動してたんだけど、縄張り争いやら足の引っ張り合いやら鬼と戦う以外で損耗することもあったらしくてな。それを避けるためにそれぞれ区画を区切って争うことを禁止して、必要があれば応援や援助をしましょうねってなったわけ」
なるほど。つまり守護四役っていうのは鬼に対抗できる人たちの同盟みたいなものなのか。めちゃくちゃ大事なやつじゃないか。原因の私に言う権利無いかもしれないけど気軽に抜けちゃダメなやつじゃないか。
ハルちゃんがビールを飲みながら目配せすると土岐さんが大きな紙を広げて見せる。その紙はどうやら地図のようで五色で色分けされている。
「ご覧の通り五つの区画に別れてて地域ごとに管理する組織が違う。真ん中が一番偉い守護四役統括八雲が管理してる統括区。んで一区が『鬼食い』、二区が俺たち繧繝衆『術使い』だ。三区が金城のおっさんたち『鬼使い』、四区が『鬼狩り』。それぞれ鬼に対抗するやり方が違うわけなんだが、」
「先生、分からない単語が一杯です」
「オーケー、詳しくはまた説明するから取りあえず五つの区画があってここが二区だってことだけ把握しといてくれ」
二区。そう言いながらハルちゃんが箸の先で指したところを注意深く見れば確かに父の実家がある地名があった。と言うことは、川を挟んだこちら側が金城さんの三区。あ、この道路がここを通っているからきっと学校がこの辺りで私の家は多分この辺りかな。私の行動圏の大体が三区の中だ。
「金城さんが私たちを狙って来たのは金城さんの管理している地域で鬼を連れていたからってこと?」
「いや?おっさんが襲ってきたのは妃芽ちゃんが連れてる乙級が守護四役で討伐対象に指定された鬼だったからだな」
「乙級って、甲乙丙みたいな感じで分かれてるの?」
「あー、そうそう。それもだったな。守護四役では鬼の危険度を計る指標として霊力量で鬼に等級を付けてんだ。甲乙丙丁の四段階で甲が一番上で丁が一番下だ。妃芽ちゃんの鬼で言うと角の赤い方が甲で青い方が乙だ」
つまり甲級が紅玉、乙級が瑠璃。で、乙級が討伐対象。
「え、瑠璃が討伐対象?なんで?」
「そりゃ鬼が見えない一般人を襲って瀕死の重傷を負わせたら危険認定されるに決まってるだろ」
「えっ?!」
驚いて後ろに居る瑠璃を振り返る。私の視線を受けてから瑠璃は不服そうに溜息を吐き出した。
「僕じゃないな、冤罪だ。ここ数年は一般人を襲ってない」
「覚えてないだけとかは?」
「無いね。僕は戦いにすらならない相手を嬲ることに興味は無いよ」
「それはそうだろうけど…」
「いやいや、妃芽ちゃん。何でそんな他人事みたいに話してんだよ。襲われたの妃芽ちゃんじゃん」
へ?と私はハルちゃんに向き直る。土岐さんが地図を片付けてハルちゃんは徳利からお猪口にお酒を注いでいた。
「鬼に襲われて瀕死になった一般人、妃芽ちゃんのことだよ。入院してただろ?」
確かに入院してたけど、瀕死の重傷だったけど。いやおかしい、私の腹を掻っ捌いたのは瑠璃ではなくて紅玉だ。なんで瑠璃がやったことになっているのだろう、これは確かに冤罪だ。真犯人はこの中にいます。
「でも今、鬼が見えない一般人って言ってたよね?私、鬼見えてるけど」
「むしろ聞きたいんだけど妃芽ちゃんは何で鬼が見えてんの?妃芽ちゃんくらい霊力が低いと普通は鬼が見えないはずなんだけど」
「それは、まあ…うん」
紅玉と瑠璃の術で見えるようになっているわけなのだけど、ハルちゃんの話からするとあまり一般的ではないらしい。一応黙っておいた方が良いのだろうか。開示して良いのかどうか、あとで後ろの二人と相談しよう。話すのはそれからでも遅くはないだろう。
「守護四役ってのは鬼に対抗するための組織なわけだけど一応霊力の高い人間の保護もしてんの。基本的には家系で霊力量は決まってんだけど、稀に両親の霊力が低くても突然変異的に霊力高い子供が生まれることがある。そうなると親は子供が見ている鬼って存在を理解出来なくていろいろ不便が発生するわけ」
「…はあ」
「でも見た感じだと妃芽ちゃんの霊力はその基準に全然足りない。それでも普通は鬼が見えてるモーションがあったら確認調査して保護するんだよ。何で今まで引っ掛からなかったかが不思議で仕方ねえわ」
「あー…たまたま今まで鬼と会ったことが無かったのかな?私もよく分からないけど」
ふーん、と適当に返事をしながらハルちゃんがお刺身を食べる。どうやら私と同じくわさびは醤油に溶かしてしまう派らしい。マナー的には正しくないそうだが親近感を覚える。
しかし後ろめたさがあるせいかハルちゃんの視線に探られているような居心地の悪さを感じてしまう。話題を変えたい、どうにか話を逸らそう。
「それじゃ金城さんが私のところに来たのは鬼が見えるかどうか確認しに来たってこと?」
「あり得ない話じゃねえな。鬼は一般人に関心を示すことが少ない、だから襲われた人間には必ず一回は調査を入れる決まりになってるし」
じゃあ瑠璃が言っていた通り、あの時鬼が見えないふりを貫けていればどうにかなっていたのか。いや、でも無理だったけど。完全に油断していたところで急に破裂音がすれば振り返っちゃうし、振り返ったすぐ間近に他人が居たら普通にビビる。鬼が居たら尚更ビビる。あれは不可抗力だった。
「でもそれだけじゃないって俺は睨んでる」
睨んでると言う言葉とは裏腹にお酒を呷ったハルちゃんは楽しそうな笑顔で次のお酒を注いでいる。
「金城のおっさんは一応金城家で一番偉い奴だからそんな細かいことでいちいち出てくるような人間じゃねえんだよ。いつも確認調査はもっと下っ端に任せてるはずだからおっさんがわざわざ出向くってのは不自然だ」
「そんなに変なこと?」
「それはもう。大企業が名前を連ねるグループの会長が片田舎のコンビニでレジ打ちしてるくらいには不自然」
「そんなに?」
そこまで言われるとちょっと気になって来る。金城さんがそんなに偉い人なら何でわざわざ来たのだろう。少なくとも学校に来た時点では私と鬼の繋がりは知らなかったはずだから、ハルちゃんの言う通り部下みたいな人に任せればよかったはず。金城さんの反応からして術殺しを使えると知っていたわけでも無かったみたいだし。単純に人手不足だから自分が出てきたとか?
うーんと唸る私を見ながらハルちゃんは笑みを深くして、小さく首を傾げる。
「妃芽ちゃん、白金って鬼は知ってる?」
ハルちゃんの質問に私は彼と同じ方向に首を傾げた。




