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金城宗司は目を通し終えた資料を置いて深く息を吐き出した。時計を見れば清が部屋を出て行ってから既に一時間は経過しようとしていた。原因は重延だろうなと宗司は再び溜息を吐き出す。前当主重延と現当主清は血の繋がった親子ではあるが折り合いが良くない。繧繝衆が守護四役を離脱したことについて重延が清にいちゃもんでもつけているのだろう。当主である清の時間は有限だ、それをそんな下らない事で浪費させるなど前当主でなければ首が飛ぶか一族を追放されている。逆に言えば前当主だから清にこのような嫌がらせ行為が出来る。守護四役を抜けたのは繧繝衆の勝手だというのに迷惑な話だ。
宗司が次の文献に手を伸ばそうとしたところで部屋の入口が勢いよく開け放たれる。
「若様、こんなところに居ましたか」
「伯父上の部屋を指してこんなところなどと言うな、砂張」
清の入室を想像していた宗司は入口に立っている人物の姿を確認すると正した姿勢から力を抜いた。
やって来たのは砂張、宗司が従える鬼だった。
「もー、探しましたよ。若様が報告に行ったのに御当主が前当主と長話してるもんでおかしいとは思いましたけど」
「やはり重延様か。…伯父上もよく我慢なされる」
「その辺はあれですよ、政治的な?殺すより生かしておく方が得があるから生かされてるんでしょうよ」
砂張の言葉は清が重延を殺そうと思えば簡単に殺せると言っているのと同じだった。しかし宗司がそれを咎めることはない。それが純然たる事実であることもそうだが、仮にこれを第三者に聞かれたところで問題があるとは思えないからだ。老い先短い重延を囲う派閥は実力が伴わないプライドを持っている連中で、重延が居なければ碌な発言権も持たないような烏合の衆だ。逆に言えば重延が居るからその烏合が辛うじて纏まっているとも言える。
生かされている、と宗司は口の中で言葉を反芻する。もっともその思考には既に重延のことなど一片も残っていなかったが。
「砂張」
「なんすか?」
「お前、今日の青い角の乙級にもう一度遭遇したらどうする?」
宗司は自分では敵わないと感じていたが鬼である砂張であれば或いは別の感想を抱いたかもしれない。そう考えて聞いてみたのだが、
「あはは、なに分かりきったこと。戦いません。逃げる、これ一択ですよ」
身も蓋も無い答えに宗司は脱力した。戦闘を好む鬼であっても戦うことを避ける、それほどの相手だった。そんなことは対峙した自分がよく分かっている。
「とか言いながらも、勝つ方法が全く無いわけじゃないですよ?強くても霊力は普通の乙級ですから天狼よりはマシですしね。例えばですけどあの鬼が霊力カツカツになれば回復が鈍ってごり押し出来るのでは?」
「あり得ない仮定だ。自分の霊力量を把握出来ないような馬鹿なら既に余所に狩られているだろうが。術無しであれほどの実力だ、間違いなく向こうの霊力が切れる前にこちらが殺される」
「ですよねー。今回は殺されなくて良かったじゃないですか」
「良いわけがあるか、殺されなかったのでなく生かされてしまったんだ。金城の名に傷を付けた相手を野放しに出来ない。次があれば刺し違えてでも…」
「やめて下さいよ、若様が死んじまったら家名の傷どころじゃ済まないことを御自覚くださいね?御当主が悲しまれますよ」
砂張の言葉に宗司はぐっと押し黙った。清が自分の死に悲嘆する様は全く想像できないが、それでも清が自身の後継にするべく他よりも目を掛け時間を掛け厳しく育ててもらった自覚はある。宗司が死ぬと言うことは清のその時間を全て無駄にしてしまうということだ。
覚悟に反して行動を選べないもどかしさに宗司はぐしゃぐしゃと乱雑に髪を掻き、心を落ち着けるために一度深呼吸をする。
「…伯父上ならば、あの鬼にも勝てるのだろうな」
「そりゃそうでしょう。あの人は時代が時代なら間違いなく繧繝に選ばれていたでしょうし。人間の中では群を抜いてお強いですからね」
金城家が繧繝衆を抜ける前ならば、と言外の言葉が聞こえ何とも無意味な仮定だと宗司は思った。金城家が繧繝衆を抜けたのは昨日今日の話では無い。清でさえ生まれる前、遥か昔の出来事だ。そして宗司はその選択を愚かだと思ったことはない。現に繧繝衆を抜けた金城家は発展を続け今や守護四役の席を持つまでになっている。無意味な仮定ではある、だが金城清の才能や実力を評価する上で繧繝という存在を比較に出さなければならないという意味では誇らしくはあるが。
「そんでもって若様は何しておいでで?それ今回の失敗の罰なんです?」
砂張が文献を指差すと宗司は露骨に顔をしかめる。自分は名誉なことだと思って取り組んでいることだが、どうやら第三者から見ると罰を受けているように見えるらしい。
「今回の件に処罰は無い、これはただの調べ物だ。伯父上が席を外している間に進めておくようにと任されている」
「調べ物?そんなの他の連中にやらせれば良いのに」
「伯父上から直々に頼まれたんだ、他の者には任せられない」
「はいはい、若様は御当主のこと大好きですからね。そんで何調べてるんです?」
「『黎明の剣』についてだ」
宗司はまだ見ていない資料を手に取って目を通し始めた。清が部屋を出て行ってから碌に休憩も挟まず調べてはいたが『黎明の剣』という単語は全く見当たらなかった。重延の愚痴の相手をしてきた清に何の手掛かりさえ見つけられなかったと報告するのは出来れば避けたいところではあるのだが。
「黎明の剣?」
「そうだ。繧繝衆が守護四役を抜けたのは聞いたか?」
「そりゃまあ、今やお家の中はその話題で一杯ですよ。…あれ、引き篭って調べ物していた若様が何でもう知ってるんです?」
「伯父上から聞いた。黎明の剣はその離脱の切っ掛けになった物らしい」
そんな代物が果たして本当に実在するのか半信半疑ではあったが、実際に繧繝衆が守護四役を抜けた今となっては疑う余地はない。確実に存在するものの記録が無いとなると意図して残されていないか後から消された可能性もある。そうせざるを得ない何かが黎明の剣にあるのだろう。どのような物かは知らないが少しでも情報が得られれば今後敵となる繧繝衆の行動に対して先手を取れるかもしれない。
宗司は文献のページを捲ろうとして砂張が急に静かになっていることに気付いて視線を上げる。すると砂張はらしくもなくうーんと頭をひねっていた。
「どうした?」
「いやー?黎明の剣……どこかで聞いたことがあるような…」
思いがけない言葉に宗司は文献を勢いよく閉じて砂張に詰め寄った。
「なっ、どこで?!」
「えー、どこだったかな。割と最近…少なくとも十年以内に聞いたような…」
うーん、と唸る砂張に宗司は黙って様子を見守る。変に話しかけて混乱させるのは得策ではない。
鬼は数十年前のことを最近のことのように話すこともある、こういう時に鬼の曖昧な時間感覚は厄介だ。砂張に限らず鬼は長い寿命に対して記憶を整理しておく能力が乏しいと宗司は感じている。だからこそ関心の無いことに関して残酷なほどに興味が無く、少しでも興味を惹かれるものに執着しやすいのだろう。もっとも人間も鬼のように長命であれば或いは似たような状態になるのかもしれないが。
暫く悩んだ後で砂張が、あ、と思い出したように声を上げた。
「黎明の剣って、確か何年か前に社会問題になった何とかっていうゲームのアイテムでは?」




