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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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9

 私の質問にハルちゃんはビールが入ったグラスに口を付ける寸前でふはっと軽く噴き出した。


「いや、そこ?鬼のこととか、もっと他に聞くことあるだろ?」

「普通はそうなんだけど…。質問に回数制限無さそうだから自分が一番気になっているところから聞いていこうかなって思って」

「うーん、ドライ。嫌いじゃない」

「ビールの話?」

「妃芽ちゃんの話。ま、顔も知らなかった相手に身バレしてたら不安にもなるよな」


 飲み損ねたビールを今度こそ一口飲んで天ぷらに箸をつける。食べ方がとても綺麗だ。ビールを手酌で注いでいたり足音立てて歩いたり大雑把な動作が目立っていたけど、偉い立場にいるのもそうだし案外育ちがよさそうだ。


「一応言っておくと特定しようと思って特定したわけじゃねえから。たまたま手元の情報を組み合わせたらそうじゃねえかなって可能性が出てきたってだけで」

「いやだから、そこが分からないんだって。私、組み合わさるような情報をネットに出したことがないのに」

「確かに実際にこうして会うまで妃芽ちゃんの住所どころか学生だってことも分からなかったけどさ」


 それを言ったら私はハルちゃんが男性だなんて思いもしなかった。ネット上だと常に敬語だったし、細かいところに気遣いが出来る人だし。なんとなく女子大生だと思っていた。見事に裏切られた。


「ちょっと前に何か用事があったとかでログインしなかった期間があっただろ?無課金主義で一日一回のログインを欠かさない麦ちゃんがログインボーナス蹴るほど重要な用事ってなんだろうって気になってたんだよ」


 ログイン出来なかった期間、それは記憶に新しい。何を隠そう紅玉に腹を掻っ捌かれて入院していた期間のことである。事件性があると判断されて病室は個室になっていたから本来ならゲームを出来ていたはずだった。なのに親が頑として端末を持ってきてくれなかったのでログインすら出来なかった。子供の自主性を重んじる両親ではあるのだがゲームに関してはその限りではない。


「んで、たまたま手元の資料に丁度同じ時期に同じ期間だけ入院していた人物がいた。それが妃芽ちゃんで、麦ちゃんと妃芽ちゃんがイコールで繋がったってわけ。めでたしめでたし」


 いやいやいや、待って。


「何もめでたくないよ、何その資料。私の手元に届いてない」

「金城のおっさんから繧繝衆に妃芽ちゃんの身辺調査を依頼されてたの。そんでもってこういう物を向こうさんに渡しましたよって資料の写しが俺の手元に来てたわけ。心配しなくても黒子の数までは書いてねえから安心してくれや」

「それ以外はほとんど書かれているみたいな言い方やめて。個人情報を晒されることに慣れていない一般人には精神的につらい」


 プライバシーも何もあったもんじゃない。身辺調査って何事?繧繝衆ってそんなことまでするの?


「そもそも繧繝衆って何なの?」

「お、ようやくそれらしい質問が出て来たな。安心したわ、このまま雑談で終わるんじゃねえかとヒヤヒヤした」


 そんなスリルを味わうくらいなら私の質問待ちではなくそちらで順序立てて説明してくれれば良いのに。なんでこんな面倒なやり方をするのか。後で説明不足が出てきた時に『だって聞かれていないから』としらばっくれるつもりなのだろうか。なら遠慮しないでなるべく漏れが無いように質問しておかなければ。


「妃芽ちゃんは繧繝神社って知ってる?」

「お父さんの実家のお墓があるから一応知ってるよ。この辺の神社で一番大きい神社だよね」

「墓は系列の寺が管理してっけど、まあ間違いじゃねえな。繧繝衆ってのはその繧繝神社の母体組織なわけ」

「母体組織?」


 繧繝神社でも結構な規模の団体だと思うのだけど、その母体組織。規模が大きすぎて想像がつかない、でも一介の学生が本来関わることの無い大きさになっていることだけ分かる。


「繧繝を前面に出してるのは繧繝神社くらいだけど。警察、市役所、学校みたいな公共機関から、銀行、大中小企業、はたまたボランティア団体まで。この周辺では繧繝衆に全く関わりのない組織を探す方が大変なくらいだ」


 本当に規模が大きすぎて。どうしよう、私その繧繝衆の偉い人と会食しているんだけど。場違いじゃなかろうか。


「繧繝衆で繧繝って呼ばれてるくらいだからハルちゃんが一番偉いの?」

「そーそー、一番偉いの。と言っても繧繝はそんなに良いもんじゃねえけどな。なりたくてなれるものじゃねえし、やりたくなくてもやらされるし」

「??」


 どうやら繧繝というものは偉い立場だけど自分の意思でなれるものじゃないらしい。言われてみれば納得だ。目の前のハルちゃんは権力とかに対して執着しそうな人に見えないし。まあ、出会って一日未満の関係であまり知ったようなことは言えないけど。


「そもそも繧繝ってのは天狼に選ばれた奴が貰える称号なんだけどさ」

「天狼?」

「天狼ってのは繧繝衆が祀ってるめちゃくちゃヤバい鬼のこと。その天狼が五家の人間の中から選んだ奴のことを繧繝って呼んでんの」


 天狼。めちゃくちゃヤバい鬼。

 なるほど、縄張りを張っている鬼はこの天狼とかいう鬼で間違いなさそうだ。


「ごめん、ハルちゃん。ごけって何?」

「繧繝衆の中でも中心的な五つの名家のこと。ここに居る土岐の岩倉家、木立のとこの桐嶋家、水鞠のとこの滝澤家、あと今ここには居ないけど炎谷家」

「そこにハルちゃんの家が入って五家ってこと?」

「一応は。でも正確に言うとそうじゃないんだけどな」


 エビ天の尻尾をがりがりと奥歯で噛みながら、ハルちゃんは箸の先で自分の座っている席を指し示す。行儀が悪い。そんな行儀の悪い動作なのに箸の持ち方がお手本のようにとても綺麗なのがなんだかちぐはぐである。


「五家に入るのは日下部家じゃなくて、本来は金城のおっさんの家なんだよ」


 え、嘘。あなたそんな家を裏切ったの?

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