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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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7

 長い廊下を右に左に、まるで迷路のような道のりを蜜柑さんは迷うことなく進んでいく。私は曲がった回数が三回を超えた辺りで覚えるのを諦めた。きっと瑠璃はちゃんと覚えているだろうからどこかに行く時は彼に案内してもらうとしよう。紅玉は私と同じで覚えられないだろうから当てにはしない。


「着いたぞ、この部屋じゃ」


 蜜柑さんがそう言って止まったころには案の定、もうここがさっきの広間からどれくらいの場所なのかさえ私には見当が付かなくなっていた。家が広すぎるというのも考えものである。

 案内されたのは二間続きの和室。手前の部屋には座卓と座椅子、奥の部屋にはベッドが設置されている。それぞれの部屋が十畳ほどの広さがありそうで、まるでホテルか旅館にでも来たかのような心地だ。


「部屋の物は好きに使って良いとのことじゃ。夕餉には誰かしらが呼びに来る、それまでゆるりと休まれよ」

「あ、はい。わかりました、ありがとうございます」


 私がお礼を言うと蜜柑さんは役目は終わったとばかりに来た廊下をさっさと戻っていく。小学生のような可愛らしい見た目に反してあまり愛想はないらしい。そもそも鬼は見た目通りの年齢ではないだろうから当然か。


「…あいつが居るのであれば少なくとも好戦的な集まりではないようだね」


 蜜柑さんが去って行った方向を見ながら瑠璃がそう呟いた。あいつというのはこの流れからして蜜柑さんのことを指しているのだろう。


「蜜柑さんと知り合いなの?」

「以前主が同じだったことがある、名前は今と違うものだったが。その時と変わらないのであれば蜜柑は戦闘能力は低いはずだ。だから戦わなければならないような環境を避ける傾向がある」


 なるほど、戦いが苦手だからそれを強要するような人間のもとには従わないということか。気が合いそうだ。というか、何かにかけて戦うことで物事を解決しようとする瑠璃と蜜柑さんが同じ主の元に居たなんて想像出来ない。


「それで我が主よ、何がどうして斯様に忌まわしい場所に来る羽目になったのだ?」


 振り返れば紅玉は腕を組んで不満そうに私を睨みつける。見慣れてきた美貌ではあるがこうして怒っている表情は凄みが増して美しい。

 それはそうと。この空間で真っ先に寛ぎそうな紅玉がこうして立ったまま不満を訴えてくると言うことは今話している内容はそれなりに重要なものだということなのだろう。でも忌まわしい場所ってどういうこと?そういえばハルちゃんが鬼にとっては居心地の悪い場所だとか言っていた。瑠璃も川を渡ったらみたいな話をしていたし、川のこっち側と向こう側で何か違うのだろうか。


「妃芽の判断が誤っているとでも言うつもりか?」

「愚物が強がるな。貴様とて分からぬわけではあるまい」

「本当にごめん、何の話?ひょっとして川を渡ったのと関係ある?」


 二人の態度が何かおかしくなり始めたのも川を渡ってからだ。理由はいまいち分からないが妙に緊張しているというか警戒しているというか、そういうのは十分伝わっている。瑠璃と紅玉が初めて対峙して殺し合いをした時より二人とも余裕が無いようだ。


「おい、無能。何故説明していない?」

「人のせいにするな戯け。そういう講釈めいた話は貴様の領分であろう?」

「相変わらず口ばかりが達者で頭の造りが粗雑だな。そもそも妃芽の鬼に対する知識が不足しているのはお前の責任だろう。僕が仕えるより先に妃芽の元に入り浸っていたくせに」

「不足を知りながら補おうともせず己に都合の良い話ばかり吹き込もうとしている性悪が宣うではないか。だが残念だったな、生憎我が主は貴様の話を鵜呑みにする阿呆ではないぞ?」


 違った。全然余裕だ、この二人。


「分かった、ごめん。私の無知で何か迷惑を掛けているのは分かったから」

「妃芽が謝る必要は無い。元はといえばこの無能が、」

「今はそういうの本当にいいから。取りあえず二人が何をそんなに警戒しているのか説明してもらえる?」


 隙あれば喧嘩して相手を貶めようとする二人に取り合ってなどいられない。夕食が準備されるまであとどれくらいなのか分からないので最低限今置かれている状況の把握くらいはしておきたい。あと結構疲れているしお腹が減ってきているので二人の喧しい喧嘩を聞いている精神的な余裕が私に無い。


「まず、鬼には明確に力の差が存在している。大体の鬼やそれを感知できる人間はその強弱を見て相手の力量を計るわけなんだけど」

「それって、霊力ってやつ?」


 ハルちゃんが金城さんと戦っている時に何度かそんな単語を口にしていたのを思い出した。霊力切れになると術が使えないとか言っていたので感覚的にMPみたいなものなのかなって思っていたけど。


「地域によって呼び方はさまざまあるから間違ってはいないと思うよ。霊力、神力、呪力、気。全部大体同じものを指している」

「瑠璃が前に言っていた鬼としての地力っていうこと?」

「覚えていていてくれて嬉しいね。その通りだ」

「因みにその愚物より儂の方が霊力とやらは多いぞ」

「紅玉を見れば分かると思うけど霊力が潤沢でも技量が見合わなければ宝の持ち腐れだ。だからそこの馬鹿は霊力が少ないはずの僕に負けた」

「ふん、そこの愚物は己の力量に見合わぬ見栄を張った故に角に手を掛けられる様をさらしておるがな」

「二人とも喧嘩するなら後にして」


 注意した直後なのに平気で喧嘩を始めようとする。仲が悪いから喧嘩するのかと思っていたけど本当は喧嘩するのが好きなだけなんじゃないだろうか。


「霊力が一定以上ある鬼は縄張りと呼ばれる特殊な領域を保有する。自分の周囲からある程度の範囲で他者を寄せ付けにくくするものだと思ってくれていい」


 瑠璃の説明を受けて一つ思い当たることがあって紅玉を見る。


「…紅玉がお父さんやお母さんと接触しなかったのってそういうこと?」

「うむ、主以外は側に寄らないようにしておった」


 なるほど。その縄張りとやらせいで我が家のソファーは紅玉に占拠されていたのか。


「縄張りに拒まれている者は拒まれていることを認識出来なくとも縄張りの中に入るのを無意識に避けるようになる。その中に無理やり入るのは入る側にとって気分の良い行為ではないんだ。嗅ぎ慣れない匂いが充満している部屋に押し込まれている、と言えば少しは伝わるかな?」


 母が微妙なルームフレグランスを買ってきた時のことを思い出す。確かにあまり気分の良いものではなかった、母は気に入っていたようだけど私と父から不評で三日もしないで倉庫の肥やしになった。瑠璃は紅玉の側に居る時は常にそんな気分なのか、それは喧嘩も売りたくなるだろう。それはそうと喧嘩はしないで欲しいものだけど。


「それじゃ二人がやけに警戒しているのはここが他の鬼の縄張りで、そこに入ったからってこと?」

「そうだけどそれだけじゃない、問題は縄張りの広さだ」


 縄張りの広さ。多分だけど紅玉の縄張りはそんなに広くないと思う。だってそんなことをすれば私の親はソファーに座れないどころか家に帰って来なくなる。一家離散の危機だ。


「霊力の量だけは豊富な紅玉であっても縄張りは精々半径二メートル程度だけ。それがこの縄張りは川を境に町全体を包んでいる状態だ」


 え?と思わず声が出る。紅玉で半径二メートル。対して町全体。規模で言えば何倍どころの話では無い。もしそれが単純な霊力の量の違いだとすれば途方もない差があることになる。


「蜜柑さんってそんなに凄い鬼なの?そうは見えなかったけど」

「蜜柑は縄張りを持てるような鬼じゃないよ。恐らくここには他に鬼が居るはずだ。そしてその鬼は縄張りの中に鬼が入って来ることを拒んでいる」


 ここまで聞いてようやく話が見えてきた。

 つまり川を渡ったこちら側は他の鬼の縄張りで、その鬼は瑠璃や紅玉といった他の鬼を拒んでいる。それで多分とても強い。なるほど、二人がやたら警戒していたのはそういうことか。


 納得出来たところで二人が急に武器を片手に部屋の入口を振り返る。何事かと一拍遅れて身構えたところで障子の向こうから、失礼します、と声が掛かった。全く気付かなかった、むしろ二人はよく気付けたな。


「お食事の用意が整いました。御足労お掛け致しますが広間までお越しくださいませ」


 おっと。早くも瑠璃の案内の出番である。

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