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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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6

「うっはぁああああ~~!!!!」


 ハルちゃんが端末の画面を食い入るように見つめながら歓声を上げる。対する私の端末の画面に表示されているのは譲渡完了の四文字。どうやら無事にハルちゃんの手元に渡ったようだ。

 ハルちゃんが要求してきた見返りは『黎明の剣』。

 黎明の剣とは私とハルちゃんがプレイしているゲームのアイテムであり、とある理由で一時は社会をちょっと騒がせたことがある色んな意味で伝説的なアイテムである。確かにそんな話ならば記憶にある。というかそもそも私から提示した条件だった。いやでも、あんな真面目な空気の中でそんな悪ふざけみたいな話に繋がるなんて誰が想像出来るだろう。

 しかしいくら伝説的なアイテムとはいえ所詮は画面の向こう側にしか存在しないゲームのアイテムでしかないのだが、


「うっそ?!マジで黎明の剣じゃん!やばっ、信じられない…あー、心臓がヤバい、痛いくらいバクバクしてる。この胸のときめき、ひょっとしてこれが恋?」

「絶対違うっす」


 ハルちゃんの黎明の剣に対する熱量が凄くて引く。同じゲームをプレイしている私でさえ若干引いてしまっているのだからゲームをやっていない人たちが残念なものを見る目になってしまうのも仕方ない。

 そんな周りの冷え切った反応など微塵も気にするつもりが無いらしいハルちゃんは興奮冷めやらぬ様子で画面に黎明の剣が表示されているであろう端末を大切そうに抱きしめた。


「まさか生きている内に黎明の剣をこの手に収めることが出来るなんて、俺なんか期間中に金を七桁つぎ込んでも出なかったのにっ…最っ高!!黎明の剣が手に入った今、俺はこのゲームをクリアしたと言っても過言じゃない!!」

「おめでとうございます、ようやくゲームを卒業出来ますね」

「土岐、お前は馬鹿か?ゲームはクリアしてからが本番なんだよ」


 さらっと言っていたけど七桁って凄いな。そんなにお金を持っていることも凄いけど、それを全額ゲームのガチャにつぎ込めるのが凄い。悪い意味で凄い。どうかと思う。ハルちゃんが課金勢なのは知っていたけどここまでの猛者だとは思わなかった。


「妃芽ちゃん良いの?これ本当に貰って良いの?後になってから実は家宝だったから返してって言われても俺は絶対返さねえからな??」

「家宝を持っているような家柄じゃないしゲームのデータが家宝とか流石に無いから。返してなんて言わないから安心して」

「やった!!ありがと、愛してる!!」


 正直なところ私としてもハルちゃんが黎明の剣を貰ってくれて私としても少し安心している部分がある。黎明の剣は確かに伝説級の代物で手放しがたくはあるが手元に置いておくことは結構怖かった、いつばれるか気が気じゃなかった。黎明の剣を持っているなんてことが他のユーザーに知れたらやっかみの対象になりそうだし、黎明の剣自体が正規のアイテムじゃなくてバグか何かだとしたら最悪の場合アカウントごと停止されかねない。

 持っているのは怖いけど捨てるには勿体ない、そんな厄介な品物をこうして身の安全と交換出来たのだから上出来ではないだろうか。


「黎明の剣、本物!…っ素晴らしい、最高!神!妃芽ちゃんありがとう、大好き!いや、本当に、守護四役抜けた甲斐があったってもんだな!」


 ドサッと何かが落ちる音が背後から聞こえたので振り返る。

 そこに立っていたのは追加の座布団を取りに行ったはずの木立さん。落とした座布団を拾おうともしないで、何なら落としたことにも気付いていない様子で唇をわなわなと震わせていた。


「繧繝、お前っ…まさか、そ、その、そのゲームの為に守護四役を抜けたわけじゃ…?」


 対するハルちゃんは質問の意味が分からないとでも言いたげに不思議そうな顔をする。その脇で着信を受けたらしい土岐さんが小さく一礼して端末を片手に席を外した。


「全くもってその通りだが、それがどうした?」


 いや、ハルちゃんあなた。

 それがどうしたって。


「どうしたもこうしたもあるかっ!お前は守護四役を、繧繝衆を何だと思っているんだ!」

「金蔓」


 どすどすと足音を立てて木立さんが私の横を通過する。そのままハルちゃんの前まで行くとハルちゃんの胸倉を乱暴に掴んで体を揺さぶる。


「ふざけてる暇があるなら今すぐ三席のところに行け!離脱は間違いだったと発言を撤回して来い!」

「何言ってんだ、んなことしても無駄だって。もう遅いんだよ」

「遅くても行け!三席の性格ならすぐに情報を広めたりはしないはずだ、撤回すればまだ間に合、」

「繧繝様」


 そこで電話で席を外していた土岐さんが何やら複雑そうな表情をして戻ってきた。


「土岐、事態は一刻を争う。急ぎの用件でなければ後に、」

「熾火から『繧繝衆が守護四役を抜けたというのは本当かという内容の問い合わせが本家に殺到している、何も聞いていない、どういうことか』と問い合わせが来たのですが如何しますか」


 土岐さんの言葉に木立さんが真っ青になる。ちなみにハルちゃんは大して興味も無さそうに生返事をしている。


「繧繝、お前…まさか、既に他区に…?」

「おう、さっき妃芽ちゃんを出迎えに行ったときにな。緊急連絡で統括と席持ちに通達してやったぜ」


 ハルちゃんが実に良い笑顔でそう告げると木立さんが完全にフリーズした。どうやらハルちゃんは私たちを出迎えの時に何か仕出かしたらしい。


「妃芽ちゃん、ちょっとこれから喧しくなるから先に部屋に案内するわ。蜜柑、妃芽ちゃんを案内しろ。ついでに水鞠、木立を先に押さえとけ」

「えー…また自分っすか。たまには土岐にやらせれば良いじゃないっすか」

「残念ながら水鞠じゃないと木立を押さえられないので」

「土岐はちゃんと鍛錬した方が良いっすよ」

「水鞠が代わりに机仕事をしてくれるなら考えますよ」

「うへ、それは勘弁っす」


 水鞠さんと蜜柑さんが立ち上がる。水鞠さんは渋々といった様子でハルちゃんと木立さんの間に割って入り、蜜柑さんが私たちの元へと歩いてくる。


「お客人、部屋に案内するぞ。こっちじゃ、ついて来い」


 それだけ言うとこちらの返事を待たずに廊下の方へ歩いて行ってしまうので慌てて立ち上がった。幸いにも座っていた時間が短かったからか足は痺れていなかったので小走りで蜜柑さんを追いかける。そして当然のように瑠璃と紅玉も私についてくる。

 ちなみに私たちが出て行った後の部屋は、


「っ繧繝、お前という奴はぁあっ!歴代が培ってきた信用をたった一日で地に落としたんだぞ、分かっているのか?!それもゲームなんかの為にだ!!」

「木立、待った!止めるっす!こんなのでも繧繝様は繧繝なんすから!」

「離せ水鞠!コイツの性根を叩き直してやる!」

「んで、熾火は何だって?」

「取りあえず各所への返事は保留しているそうです。対処の方針が纏まらないから本当に離脱したのかどうかだけでも教えて欲しいそうで」

「いや、だから俺は最初から抜けたって言ってたじゃん。教えてやれよ」

「繧繝様の性根が叩いた程度で直るわけ無いじゃないっすか!あ、待った!武器は無しっす!!」

「すみません、本気だとは思っていなかったので」

「だったら腐った性根を根元から叩き切ってやる!!」

「とりあえず熾火に説明するから電話貸せ。…おい、木立に水鞠、畳は傷付けるなよ」

「誰のせいだと思ってるんっすか!!」


 大混乱だった。

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