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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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5

 金城宗司は当主である金城清の部屋の前で一度呼吸を整える。金城清は宗司にとって伯父にあたる人物ではあるがその関係性は世間一般の親戚関係とは程遠い。宗司にとって清は伯父である前に上司であり、当主とはこうあるべきという明確な目標であり、能力を見出し育ててもらった恩人だ。

 その尊敬している相手に宗司はこれから任務失敗の詳細を話さなければならない。


「伯父上、宗司です」

「入れ」


 清の返事を待ってから宗司は部屋の中に入り普段と異なった室内の様子に目を見張る。平時であれば余計な物を置かず整然と片付けられているはずの清の室内が大量の書物で埋め尽くされていた。その膨大な書物の内の一つに目を通しながら、清は視線を上げることなく口を開く。


「負傷者の容態はどうだ?」

「意識は回復しました。ですが怪我の程度が重く前線に復帰するとなると数年は掛かるかと」

「角を折られた鬼は?」

「保有していた角で霊力を補填して直させました。使用した角については後で改めて報告書を、」

「宗司」


 宗司の言葉を遮るように清が名前を呼ぶ。部屋に入ってから初めて清の視線が宗司に向けられ、宗司は大して崩れても居ない姿勢を正した。


「あの乙級に勝てるか?」


 乙級。恐らく今回遭遇した青い角の鬼のことだろう。

 霊力自体は乙級の中では少し高めといった程度、宗司が今まで討伐してきた鬼とさほど変わらない。だが勝てるかと聞かれたら答えは否である。

 鬼である以上は大なり小なり術を使う戦い方に慣れているもので、術を封じられれば戦い方が乱れて然るべきだ。実際に捕獲対象となっている甲級はこちらが押していた。だがあの乙級にはそれがほとんど無く霊力以上に戦い慣れしている印象を感じる。身のこなしに無駄が無く、どう切り込めばあの鬼に刃が届くのか宗司には想像すら出来なかった。


「仮に甲級との戦いで疲弊していなかったとしても俺には厳しかったと思います」

「だろうな。もし鬼も術封じも無い状態にでもなれば私でも勝てるかどうか怪しいところだ」


 清の言葉に宗司は自身の未熟さを痛感した。清ならば状況さえ整えばあの乙級に勝てる見込みがあり、今の自分にはそれが無い。五家の人間に劣らないよう、清に追いつき金城家の次期当主として相応しくあれるよう鍛錬を重ねてきたつもりだったが、それでもまだ清の影を踏むことすらままならない。


「あのような鬼が居る以上こちらの戦力を減らすことは得策ではありません。繧繝衆相手に借りを作るのは癪ですが二区から蜜柑を呼んで負傷者を、」

「それが出来れば苦労しない」


 再び言葉を遮られて宗司は口を閉ざす。清は自身にも他人にも厳格な性格ではあるが無意味に発言を遮るような真似をする人物ではない。普段と表情に変化が無いので分かり難いが苛立っている、或いは焦っている。その理由が先の会話が理由だとすれば恐らく繧繝衆との間に何かトラブルでもあったのだろう。

 もともと金城家の成り立ちからして繧繝衆の関係は良好とは言い難い。それでも守護四役に席を同じくする者同士として要請があれば最低限の協力は行う取り決めになっているはずだ。そして清の言葉は今がそれすらも出来ない状態であると示している。


「…繧繝衆と何かありましたか?」


 宗司が尋ねると清は開いていた書物を置き深く溜息を吐き出した。苛立ちとも呆れとも取れない表情、その感情が何に向けられているものなのか分からず取りあえず宗司は清の返事を待つ。


「繧繝衆が守護四役を離脱する」

「はい。…………は?今、何と?」


 反射的に一度返事をして、後から聞いた内容を理解して思わず聞き返した。いつもならばそのような真似をすれば清からの叱責を受けるが、その様子が無いところを見るとどうやら清自身にも余裕が無いらしい。


「繧繝が自ら私の前で守護四役を辞めると宣言した。これからは繧繝衆が敵に回ると考えろ」

「そんな、何かの間違いでは?」

「間違いであれば良かったのだがな。当代繧繝はふざけた男ではあるが事の重大さを認識した上で抜けると明言していった。早ければ今日中にでも守護四役管轄区内全域に告知することだろう」

「何故突然そのような暴挙に…?」


 当代繧繝である日下部実晴は実務に関しては消極的なことで有名だ。最低限でしか自身の管轄区外に出ず、変化を嫌うわけではないが変化を起こすために労力を使うことを嫌う。そんな人間が生まれる前から長く続いてきた守護四役という立場を蹴って他区に喧嘩を売るなど考え難い。


「如月妃芽の仕業だ」


 如月妃芽。最近聞いたことのあるその名前を宗司は記憶の片隅から引っ張り出す。


「確か…伯父上が乙級について聞き取りに行かれた学生でしたか?」

「そうだ、彼女こそが今回の騒動の首謀であり件の乙級の主だった」

「御冗談を…彼女はまだ学生で、しかも霊力は一般人でもかなり低く鬼が見えるかどうかでさえ怪しいはず」

「私もそう考えていたが、そこに付け込まれまんまとしてやられた」


 言いながらその時のことを思い出しているのか清の表情が目に見えて険しくなり、懐から煙草を出し火を点けて一服を始める。清が一服を入れるときは大抵苛立ちや動揺を鎮めるためだ。それだけで清の言っていることが冗談でも何でも無く動きようのない事実なのだと宗司は息を飲んだ。にわかには信じがたい、清を罠にはめることが出来るような相手が何の変哲もなく学生をしているわけが無い。


「まさか、資料を渡してきたときから繧繝衆に仕組まれて…」

「その可能性も無いわけではないが繧繝と彼女のやり取りを見た限りでは低いと考えている。如月妃芽が意図的に周囲に悟られないように能力を低く見せていたと見るべきだろう」

「周囲に悟られないように?ですが資料では彼女の出生時から現在に至るまで大まかに書かれていましたが、正直特筆すべきことの無い少女といった印象でした。幼いころに鬼が見えているような挙動も見受けられなかったようですし…」

「私の印象も同じだった、『何の変哲も無い少女』。それが資料から読み解ける如月妃芽に対する評価の全て、十人が見れば十人が同じように評するだろうな。これが意味することは一つ」


 清が机の上に置かれていた灰皿に灰を落として煙を細く吐き出し、再び口元に煙草を運ぶ。


「如月妃芽は『何の変哲も無い少女』を物心ついた時から演じ続け、それを誰一人として悟らせたことが無いということだ」


 ぞっと背筋が寒くなる。それは彼女が言葉を話せるようになる前から自分の両親にさえ異常さを悟らせなかったということだ。それが事実だとすれば彼女がなんの変哲も無い少女であるわけが無い、少女の皮を被った正真正銘の化け物だ。


「伯父上が今調べていたのは如月妃芽についてなのでしょうか?」

「違う、が全く関係が無いというわけではない」


 清が続きを口にする前に部屋の外から人の気配を察知して二人の意識がそちらに向く。程なくして廊下から『失礼します』と声が掛かる。


「当主様、重延様がお呼びです。急ぎ部屋まで来るように、と」

「すぐ向かうと伝えろ」

「はい、お伝えします」


 廊下の気配が消えたのを確認すると清は煙草を口に運び煙を肺一杯に吸い込んでから吸い殻を灰皿に押し付け火を消した。重延は金城家前当主であり清が表立って逆らえない数少ない人間である。実力だけで言えば清の方が遥かに上ではあるが、何分前当主の方が在位していた期間が長くその威光にすり寄る人間が多い。言い方を変えれば派閥が大きいとも言えるだろう。


「恐らく繧繝衆の件だろうな」

「繧繝がもう動いたのですか?」

「私の前で宣言した以上、向こうが先延ばしする理由も無い。騒いだところで何か変わるわけでも無いのに老人は何かにつけてこの若輩を呼び出したがって困る」


 心底うんざりした様子で立ち上がった清は宗司に鍵を差し出した。宗司は差し出されるままにそれを受け取ってから目でその意味を問う。


「この部屋の鍵だ、当家で保有している資料の大半をここに集めた。私が出ている間に引き継いで調べて欲しいことがある」

「承りました。何についてでしょうか?」

「『黎明の剣』についてだ」


 黎明の剣。武具や術具にある程度精通している自負がある宗司だがそう言った名前のものは記憶に無い。こうして資料をかき集めて調べているところからして清も同様なのだろう。


「それは術具の類ですか?」

「さてな。私も名前しか知らない。だが如月妃芽がそれを所持し、当代繧繝が守護四役を抜ける決め手となった代物だ」


 清はさらっと言っているがそんな物があること自体が宗司にとっては驚きだ。繧繝衆の当主が所持しておらず学生の如月妃芽が入手出来る、そんな都合の良いものが果たして実在するのだろうか。


「向かって右側の資料は確認済みだ、確認するのは向こうのものだけで良い。三十分ほどで戻る」

「分かりました、お任せください」


 清は指示を残し部屋を後にする。残された宗司は積み上げられた資料から一番上の書物を手に取ると目を通し始めるのだった。

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