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声を上げたのは木立さんと水鞠さんだった。
「何故我々が鬼の席を用意しなければならないんだ?」
「繧繝様、女子高生に自分のこと『ハルちゃん』なんて呼ばせてるんすか?!」
なんて?二人が口にした内容がそれぞれ違っていたのでほとんど聞き取れなかったのですが。
しかしながら水鞠さんが『繧繝様』と言っていたのは聞き取れたので少なくとも水鞠さんの発言内容はハルちゃんに向けられたものなのだろう。なのでまずはハルちゃんの出方をうかがうことにする。
当のハルちゃんは少し苛立った様子で頭をガシガシと掻いてから口を開いた。
「水鞠、空気読め。ふざけて良い状況と悪い状況の分別をつけろ」
「は?いやいや、大真面目っすよ!成人男性が女子高生とちゃん付けで呼び合うなんて通報案件じゃないっすか!!」
「うるせえ、お前はちょっと黙ってろ!…あと木立、妃芽ちゃんは俺の客だ。んで、その客が二人分の座布団を所望している、取ってこい」
「………」
「早く行け」
ハルちゃんに注意されて静かにはなったが二人から不満を含む視線を向けられているのが確認しなくても分かる。それに伴って瑠璃と紅玉が一層ピリピリするのが伝わってくる。
しかしそんな中でもハルちゃんの言葉には従うらしく水鞠さんは口を閉じて木立さんが座布団を取りに行くために立ち上がった。居心地が悪いことこの上ない。たった一回の失言でこのザマである。
「悪いな、行き届かない奴らで」
「いや、いえ…なんかむしろすみません」
「ま、妃芽ちゃんだけでも座ってくれ。客を立たせたまま話をするつもりはねえからさ」
ハルちゃんに言われてから後ろの二人の様子を窺う。予想通り二人共お揃いで仏頂面ではあったが紅玉が視線で座るように促すので恐る恐る座布団に座った。座ったことによって元々広かった部屋が一層広く見えて無意味に緊張する。
私が座るとすかさず後ろに居たはずの瑠璃と紅玉が両脇に立つ、当然のように手には武器を構えている。攻撃の意図は無い、と思いたいが実際のところどうだろう。少なくとも二人が武器を構えたことによって土岐さんと水鞠さんが身構えてしまったので攻撃の意図が無かったとしても止めて欲しい。
「瑠璃、紅玉、武器をしまって!ごめん、行き届かない鬼で…」
「仕方ねえよ。ここ、二区は天狼のお膝元だからな。鬼なら警戒して当然だ」
ハルちゃんはそう言いながら片手を上げる。するといつの間にか立ち上がろうとしていた土岐さんが静かに座り直した。どうやらピリピリしているのは私の鬼だけでは無いらしい。どちらかが少しでも妙な動きをすればすぐさま交戦状態になりそうな空気である。勘弁して欲しい、胃に穴が開きそうだ。
「ハルちゃん、話の腰を折るようで申し訳ないんだけど二区とか天狼とかなんのことだか教えてもらっても良い?」
「おっと…マジか、そこからか」
そんな一触即発の雰囲気の中ただ一人、ハルちゃんだけはそんな空気どこ吹く風で飄々としている。正直どうかと思う、空気を読めない人なのだろうか。でもそのおかげで精神的に助けられている部分もあるのも事実である。全員がピリピリしていたら私はきっと畏縮してまともに話すことも出来なかった。ひょっとするとハルちゃんは私が話しやすいようにあえて空気を読まない態度を取っているのかもしれない。
「守護四役管轄区内で鬼を連れているのに天狼を知らねえとか、妃芽ちゃん変わり者だな」
「正直に白状すると守護四役が何なのかもよく分かってないです」
「わお、流石に予想外だったわ。ボタン連打してチュートリアルをスキップしちゃった感じ?」
「人生ってチュートリアル無しでいきなり強制クエストが始まることがあるみたい」
「そりゃ一大事。お話しなきゃならねえ内容が盛り沢山だな」
一大事なんて口にしているけどハルちゃんは大変だと思っているような態度ではない。一言で言えば他人事のような口ぶりだ。実際にハルちゃんからしたらゲームのフレンドの一大事なんて他人事以外の何物でもないけど。
「ま、いろいろ説明しなきゃいけねえことや説明して貰いてえことはあるけど…長話の前に俺としてはまず妃芽ちゃんたちを保護した見返りを貰いたい」
「…ふへ?」
見返り。その単語に思わず間抜けな声が出てしまった。だって初耳だ、見返りなんて聞いていないのだから当然である。
助けてもらっておいてそれを勝手に無償だと思っていた私も図々しいことこの上ないが、この状況になってから言い出すハルちゃんもそこそこに人が悪い。自分の陣地に引き込んで人数的に有利になってからその話を持ち出すなんて。そうじゃなくても私の親の所在を把握されているので逃げ出したり断ったりすることが難しい、というか不可能だ。
「…我が主は対価が必要だとは聞いていないようだが?」
「んなわけ無いだろ、ちゃんと妃芽ちゃんとは話が付いてる。…ま、妃芽ちゃんが嘘をついてたってなら話は別だがな?」
言いながら、ハルちゃんの声が私を脅すかのようにワントーン低くなる。それに反応した瑠璃が一度はしまったキセルを口元に持っていくが私にはそれを止める余裕が無い。
待って、そんな話した?どうしよう、何も覚えてない。そんな話した記憶が無い。え?その話をした相手は私じゃないのでは?ハルちゃんの勘違いという可能性は無い?だって一介の学生がこんな邸宅に住んでいるような人物に見返りになるようなものを差し出せるわけが無いじゃないか。
いや、無いわけじゃない。私が一介の学生と異なる点、鬼の存在だ。
ハルちゃんの要求が金城さんみたいに『鬼の角を折れ』とかだったらどうしよう。そんなお願いを二人にはしたくないし、命令したところで聞いてもらえるとは思えないのだけど。角以外にも鬼を戦闘要員として使わせろとか言われる可能性もある。二人とも戦うこと自体は嫌いじゃないみたいだけど、それでも強制させるようなことはしたくない。出来るだけ二人の意思を尊重してあげたい。
味方してくれたからと言って軽率についてきたのは間違いだったかもしれないと後悔しても時すでに遅し。
「妃芽ちゃん」
焦る私をよそに、ハルちゃんは圧力をかけるような笑顔で見返りを要求する。
「『黎明の剣』、くれるよな?」




