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戸が開いた先にあったのは畳が敷き詰められた大広間。奥の方が一段高くなっていて時代劇なんかでお殿様が座っているような感じの場所がある。室内に居るのは四人。二人が男性、二人が女性。その四人が一番奥の上座から真ん中を空けて左右に二人ずつ座っている。
「そんじゃ、二度目の自己紹介でもしようか」
ハルちゃんはその真ん中を堂々と進んでいく。そして上座に辿り着くとこちらを振り返って胡坐を組んで座った。態度や雰囲気が変わったということは無い、出会ってから今に至るまで裏表らしいものを見せないハルちゃんはずっとハルちゃんのままである。
それでもハルちゃんがそこに座っているのを見ると何故だかとてもしっくりくるものがあった。パズルのピースがはまったかのような、まるで彼の存在が前提となっている空間に少したじろいでしまう。何も変わっていないはずの彼がまるで別次元の人間であるかのように感じてしまった。
「繧繝衆第八十二代目当主『繧繝』、日下部実晴だ。…そこだと話すには遠いから取りあえずこっちまで来てくれや」
廊下で立ち尽くす私にハルちゃんが手招きしてくる。ハルちゃんが向こうに行ったことにより室内にいる人たちの視線が全部こちらに向けられて大層居心地が悪いが招かれた以上無視するわけにもいかない。ハルちゃんが歩いた真ん中を渋々歩いていく。せめてもの心の支えは私の後ろに控える二人が一緒に歩いてくれていることくらいだ。
これはどの辺りに座るのが良いのだろうか。左右に座っている人たちのどちらかに並ぶように座るべき?それともハルちゃんの真正面に座った方が良いの?そもそも座って良いの?
そう悩んでいる間に男性の一人がハルちゃんの正面に座布団を一つ出してくれた。どうやらここに座れということらしい。分かりやすくて助かるのだけども、可能ならばもう少し入口側に置いて欲しかった。その場所だと室内に居た人たちに左右から挟まれる形になるのでとても気まずい。そして後ろ二人の座布団がないのだけども。二人には立っていろということ?それとも座布団無しで座れということ?確かに部屋の中に居た四人は座布団無しで座っているのだけど、でもそれなら私も座布団無しで座りたい。自分だけここに座るのはとても居心地が悪い。
そんなことを考えながら座布団の前までやってきてから自分が自己紹介していなかったことに気が付いた。ハルちゃんには一度名乗っているので必要無いだろうが他の四人からしたら私が誰かなんて分からないだろうし何で私がここに居るのかも分からないだろうし。もっとも、なんで私がこんなところに居るのかは私自身もよく分かっていないんだけども。
「えっと、如月妃芽です。高校二年生です。後ろの二人は私の鬼で、」
「紅玉だ」
「一ノ鬼、瑠璃」
「…です。よろしくお願いします」
ついでに瑠璃と紅玉の紹介もしようとすると二人が勝手に引き継いで名前を名乗った。その声が二人そろって不機嫌を隠そうとしない声だったので頬が引きつる。後ろを確認するまでも無く二人の仏頂面が目に浮かんだ。これからお世話になるかもしれない相手なのだから警戒するなとは言わないけどせめて愛想よくしてくれないだろうか。
「おう、よろしく。こっちも一応紹介しとくわ。妃芽ちゃんから見て左が土岐と木立、右が水鞠と蜜柑だ」
どうやら男性陣二人が土岐さんと木立さん、女性陣二人が水鞠さんと蜜柑さんというらしい。紹介された順に視線で追っていくと最後に紹介された蜜柑さんのところでびっくりして私の視線が止まる。彼女の見た目が小学生くらいだから特別に目を引いたということもあるだろうが、私が驚いたのはそこではない。
蜜柑さんの頭に生えている、角。まさか作り物なんてことは無いだろう、つまり蜜柑さんは鬼だ。
え、ハルちゃん側にも鬼が居るの?そんなの聞いていない。いや、聞かされていないだけかもしれないけど。でもなんで鬼が居るのに金城さんの時ハルちゃんは自分で戦っていたのだろう。その点で言えば金城さんにも同じことが言えるが。
ひょっとして鬼に頼っているのって私だけ?鬼に頼るのっておかしいことだったりするのだろうか。
「どうした?妃芽ちゃん座らねえの?」
「え?あ、え?」
「その座布団は別に罠とかじゃねえんだけど。何か気に入らねえのか?」
言われてから今の自分が座布団を前に突っ立っている状態であることに気付く。完全に不審者だ。ハルちゃんの元に鬼が居るのが意外だった、なんて、馬鹿正直に口に出すのは失礼に当たらないだろうか。金城さんに対抗出来るみたいなことを言っていたし、普通に考えればあり得ないわけじゃないのに。彼を軽く見ていたと捉えられかねない。これからお世話になるかもしれないのだし、左右に居る人たちは当然ハルちゃんの味方なのだろうからそういった発言は控えた方が今後の為だろう。
じゃあ何か他に、座るのを躊躇う理由を絞り出さなければ。どうしよう。何かそれっぽいこと言わないと。だからって本当に座布団が罠だと思ってますなんて言うのは多分アウトだ。お世話になる分際で相手を信用していないって言うようなものだし。余計な軋轢を生みかねない。
そこで私は座布団に目を落として、あ、と思いつく。
「えっと、ハルちゃん。瑠璃と紅玉の分の座布団は無いの?一人だと座りにくいんだけど」
言った瞬間、は?、と左右からそれぞれ一人分の声が上がり冷汗が滲む。どうやら失言だったようだ。




