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ガチャリと鍵が外れるような音がした後、中へといざなうように門が独りでに開いていく。どうやら自動ドアのようだ、和風建築に似合わず随分と現代的である。
恐る恐る門の中に足を踏み入れてみれば視界に広がるのは住宅街だということを忘れてしまいそうになる手入れの行き届いた日本庭園。玉砂利の中に敷かれた石畳が続くままに暫く歩いていくと文化財にでもなっていそうな立派な建物が現れる。多分ハルちゃんが言っていた建物はここで合っているのだろう。
しかしながら困ったことに門と違ってここにはインターフォンも呼び鈴らしきものも見当たらない。どうしよう、こんな素人目に見ても良い木材を使っていそうな玄関の戸を無遠慮に叩いて良いものだろうか。そんなことして怒られはしないだろうか。それとも戸を開けて中に呼び掛けるべきだろうか。知り合いの家ならともかく初訪問の家でそれはちょっと、いや、一応知り合いの家ではあるんだけど。
取りあえず戸を開けて中を確認してみよう。案外くる場所を間違えていてこの建物は鍵が掛かっているなんてこともあり得るのだし。
戸に手を掛けようとした、まさにその瞬間引き戸が勝手に開いた。あれ、ここも自動ドアだったのか。そう思って玄関の中へと視線を上げる。
「よお、妃芽ちゃん。いらっしゃい、待ってたぜ」
自動ドアじゃなかった。
ハルちゃんの突然の登場に驚く、よりも先に、
「おっと…」
瑠璃のキセルと紅玉の扇子がハルちゃんの首筋に突きつけられる。瞬きをしていないはずなのにその間の動作がまったく見えなかった。血の気が引く私とは対照的にハルちゃんはへらへらと笑いながら降参とでも言うように小さく両手を上げる。
「二人とも!」
「気安く妃芽に近づくな、人間!」
「我が主を斯様なところに招くとはどういった料簡だ!」
「おうおう、おっかないね」
「瑠璃、紅玉!武器をしまって、今すぐ!!」
私が叫ぶと二人は不承不承といった様子で武器を収める。しかしハルちゃんに向ける視線は未だに厳しいままだ。
「ごめん、ハルちゃん」
「いや、構わねえよ。呼んでおいてなんだけどここは鬼にしたら居心地悪い場所だろうからな。攻撃を仕掛けて来なかっただけ上出来だ」
首に武器を突きつけられていましたが攻撃には入りませんか?セーフなんですか?
そこでようやくハルちゃんの服装が初めて会った時と違うことに気が付いた。出会ったときは部屋着でそのまま外に出たかのような格好だったけど、今の彼の服装は時代劇の若旦那みたいな和服である。派手なものではないものの作りとしては紅玉が着ている服に似ている。これは紅玉の服が男物なのか、それともハルちゃんの服が女物なのか、あるいは男物女物関係無い服なのか。詳しくない私には判断しかねるところである。
「まあ、立ち話もなんだ。中で待たせてるやつらがいるから入ってくれや」
ハルちゃんが私達を手招きして中に入るように促す。が、私はその動作に驚き目を丸くした。
ハルちゃんの手招き、ではなくて、手招きをしている彼の腕。
「ハルちゃん、その腕…」
「ん?ああ、これか。言ったろ?簡単にくっつくって」
「確かに言ってたけど…そんな、鬼じゃあるまいし」
「何なら触って確認してみる?」
ハルちゃんが笑いながら差し出してくる腕を恐る恐る触ってみる。骨の周りがしっかりとした筋肉で支えれていて骨が折れているどころか腫れている様子すら全く無い。ハルちゃんの腕を確認するように揉んだりぺしぺしと軽く叩いたりしてみる。骨が折れている腕にそもそも触ったことすら無いけれど彼の腕は私の知る健康な人の腕とそう変わりが無いように見える。
「折れてるって嘘だったの?」
「いや、そこは『何でくっついてるの?』って聞くところだろ」
「だって私、ハルちゃんの腕が折れてるところ確認したわけじゃなかったし」
「だからって真っ先に嘘だと思われるのは心外だな。骨はちゃんと折れてたしちゃんと痛かったって」
「でも骨は折れてないけど?」
「だから骨はくっついたんだって。混乱してるのは分かるけど話が進まないから取りあえず上がってくれ。喧しい連中に妃芽ちゃんのこと紹介しなきゃならねえからさ」
喧しい連中。さっきスピーカーの向こう側で叫んでいた男性のことだろうか。いや、連中などという言い方をするくらいなのだから複数人居ると見て間違いないだろう。待たせていると言っていたのと同じ人たちなのだろうか。
状況を整理しよう。ハルちゃんが呼びつけたパトカーに乗りこんだら警察署に連れていかれて、警察署で乗り込んだパトカーに乗り込んだら立派なお屋敷に連れて来られた。そしてそのお屋敷からはハルちゃんが出てきた。つまりここがハルちゃんの職場なり居住地だとすれば、私はハルちゃんに警察署を経由してここまで連れて来られたというわけだ。警察署を経由した理由としては両親の元から私を引き離す同意を得るためなのだと思う。
その上で現在謎なのが警察を簡単に利用できるハルちゃんは一体何者なのかということと、何故私の親が都合良く警察署に居たのかということ。
ハルちゃんは『繧繝』が称号みたいなのもだと言っていたけどそんなに偉いものなのだろうか。父の実家のお墓がある繧繝神社となにか関係があるのだろうか。仮にハルちゃんがすごく偉い人だったとしても呼んだパトカーに乗って真っ直ぐ警察署に行った私よりも早く両親を警察署に召喚するなんて出来るのだろうか。現実的に考えれば私を警察に送り出すより先に警察が両親の元に行っていないと実現不可能な気がするのだけど。
ハルちゃんに続いて広いお屋敷の中を歩きながら結論が出ない内容に頭を悩ませていると、不意に先を歩くハルちゃんがとある襖の前で足を止めて振り返る。
「遅くなったが繧繝衆へようこそ、妃芽ちゃん。歓迎するぜ」
そう言って楽しそうに笑いながら彼はその戸を開けた。




