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鬼の反応が二つ、どちらが私の鬼か。
凄く単純に考えるのであれば二つとも私の鬼、瑠璃と紅玉だと思う。こちらに向かってくるのは恐らく向こうの戦いにケリがついたのか、あるいは戦いを放り出したのか。でもその二つが瑠璃と紅玉であるとも限らない。どちらか、または両方が違う鬼の可能性だってある。どちらか片方だけが私の鬼だった場合、二人は合流に失敗して敵の鬼に追われているのかもしれない。両方の場合は普通に敵の鬼が迫ってきているだけ。
なんにしてもこちらに向かってきている鬼がどんな鬼なのか分からないことには判断のしようがない。
「ごめん、どっちって聞かれても分からないんだけど…」
「…ああ、そうだよな。悪い。甲級と乙級のどっちが妃芽ちゃんの鬼だ?」
コウキュウ、さっき金城さんが口にした単語である。オツキュウは知らない。
「先生、質問です。コウキュウとオツキュウってなんですか?」
「オーケー、そっからか。今は説明する時間が無いから言い方を変える。割とヤバいのと滅茶苦茶ヤバいの、どっちだ?」
「本当にごめん。私、自分の鬼がヤバいのかヤバくないのかも分からないから。紅玉より瑠璃の方が強いってことくらいしか分からなくて…見た目で言えば角が赤い方が紅玉で青い方が瑠璃だよ」
更に言うなら小奇麗な顔でシンプルな服装なのが瑠璃で、顔も服装も派手で美麗なのが紅玉である。今この情報を追加したところで大して役に立たなそうだから言わないけれど。
「あー…ひょっとしてだけど、妃芽ちゃんの鬼って二人居るのか?」
「そうだけど?」
「…その内の一人って最近まで神社っぽいところで封印されてなかったか?」
「え、なんでハルちゃんがそれを知っているの?」
「マジか…」
恐る恐るといった様子で、あるいは信じたくないといった様子でハルちゃんが尋ねてくるのを肯定するとハルちゃんの顔が一層険しくなる。金城さんだって二人の鬼を連れていたのだし一人が二人になったところでそんなに深刻なことではないと思うが。
「一応聞くけど、妃芽ちゃんって術を使えないよな?どうやって従えているんだ?」
「えっと、私が従えているっていうよりは向こうが自主的に従っている感じに近いかも」
「妃芽ちゃんのいうことはどれくらい聞く?」
「どれくらいって…ちゃんとした命令を出したことがあまり無いからはっきりとは分からないけど大体のことは一応聞こうとする姿勢は見せてくれるかも。あ、でもお願いしたことを曲解して都合の良いように行動しようとはするかな」
私の答えにハルちゃんが頭を抱えた。
大変残念なことに喧嘩するなという私の言葉はほとんど守られることが無い。向こうが悪い、相手が先に手を出してきたなど、あの二人は何かにつけて喧嘩をしようとしている。あわよくば相手を排除しようとお互いが常に目を光らせている。どうかと思う。
「妃芽ちゃん、ちょっと真剣に聞いてくれ。俺の命に関わる大事な話だ」
命に関わるとはただ事ではない。私が姿勢を正して向き直るとハルちゃんは重々しく口を開いた。
「妃芽ちゃんの鬼はほぼ間違いなく俺のことを攻撃してくる、というか殺しに来る。だからなるべく早く全力で止めてくれ」
「殺しに来るって、そんな大袈裟な…」
「良いか?妃芽ちゃんが失敗すると俺が死ぬか妃芽ちゃんの鬼を殺すことになると思ってろ」
茶化そうとする私の言葉を遮るようにハルちゃんが強い口調で言葉をかぶせてくる。ハルちゃんが死ぬか私の鬼が殺される。何故急にそんな話になったのだろう。ハルちゃんが死ぬなんて、そんなこと。そもそもハルちゃんは私の鬼を助けるのではなかったのか、何故私の鬼を殺すなんて、そんなこと。
状況に追いつけない私を置いてハルちゃんはどんどん話を先に進めていく。
「とは言え、飛輪を使った後だから俺の方がかなり分が悪い。何せ俺は残量二割くらいなのに術封じで妃芽ちゃんの鬼は霊力ほぼ満タンだろうからな」
「待って、ハルちゃん何で私の鬼と戦う前提なの?助けに行くんじゃなかったっけ?」
「妃芽ちゃんの鬼はそもそも助けに行く必要が無いくらい強くて、今現在ただの偵察の術を派手にぶっ壊すくらいガチギレしてやがる」
「別に怒ってなくても偵察は壊すんじゃない?」
「通り道にあるならともかく、方々に散った術を連鎖させて全部ぶっ壊さねえだろ」
どうしよう。瑠璃なら怒ってなくてもそれくらいやりそうだけど言い出しにくい。
「んで、おっさんが居なくなっちまったから面識が無くて霊力が強い俺が標的になる可能性が高い」
「居なくなっちまったって、金城さんを退場させたのはハルちゃんだけど…」
「こんなことなら残しておくんだったって本気で後悔してる。おっさんの相手の方がまだ気が楽だった」
「こっちに来ている鬼が金城さんの仲間の可能性は無い?」
「おっさんの手持ちに甲は居ねえし、乙は白金っていう鬼だけだ。仮に白金の相手をしながらこっちに来ているなら俺の偵察を壊してる余裕は無いだろうから、両方妃芽ちゃんの鬼だと思って良い」
良かった、二人は無事だったのか。それが分かっただけでもちょっと安心してしまう。
そして今のハルちゃんの話からしてコウキュウ、オツキュウというのは鬼の階級的なもののようだ。きっと甲乙丙みたいな感じなのだろう。で、瑠璃と紅玉は甲と乙。なるほど。
「なるべく攻撃はしないようにするが状況によっちゃ反撃くらいはするし、多分加減は出来ねえ。下手すりゃ俺がやられる。だから妃芽ちゃん、」
「分かった、二人を止めれば良いんだよね」
「そういうこと。頼んだぜ」
そう言って私の頭にぽんっと軽く手を乗せた後、ハルちゃんが私から距離を取るように離れていく。何故離れる必要があるのだろう。私が戦いに巻き込まれないようにするためだろうか。でも今こちらに向かっている鬼が本当に瑠璃や紅玉であれば私の側に居た方が安全なのではないだろうか。その方がハルちゃんが攻撃されにくくなりそうだし。
ハルちゃんは私から離れた場所で手首に何本か括り付けられているミサンガを一本外して手の中に握り込む。
「圧縮術式第壱番『金烏』」
ハルちゃんが何か呟いた途端、彼の掌から術式が溢れ出して槍のような形をとる。その光景は金城さんが大鎌を出した時に近いかもしれない。ただ金城さんの背丈ほどあった大鎌と違いハルちゃんの槍は彼の胸の高さほどの長さで比較的リーチが短めに見える。
ハルちゃんは感覚を確かめるように軽く振り回し、それからぴたりと動作を止め目を閉じる。
「………来た」
「え?」
何が、と。私が口を開くより先に無数の刃と炎がハルちゃん目掛けて降り注いだ。攻撃が大地を殴りつける轟音と共に土煙が舞い上がりハルちゃんの姿が一瞬見えなくなる。
「ハルちゃん!!」
轟音が止み、立ち上る土煙が収まるとハルちゃんが先程までと同じ場所に立っていた。
「ははっ、小手先調べでこれか。えっぐいな」
ハルちゃんの立っているところだけ攻撃が当たらなかった、とは考えにくい。多分あの槍で自分に当たりそうな攻撃だけ弾いたのだろう。遠目だとはっきりとは分からないがハルちゃんに大きな怪我はしていないように見える。
だがそれに安心することは出来なかった。土煙が立ち上るわずかな間に私の目の前に立ち、ハルちゃんの目の前に立ち塞がる二つの影。
「おい愚物、鼠を仕留め損なっておるぞ。仕事が雑なのではないか?」
「攻撃がかすりもしていない無能が偉そうに。仕事をしないならいつも通り引き籠っていたらどうだ?」
瑠璃と紅玉。
会いたかったはずの味方が最も強大な壁のように感じた。




