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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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 複雑に折り重なる紐状の術が幾重にも金城さんを包み込んで繭のような球体を形成する。ワゴン車程度の大きさだったその球体は徐々に小さくなっていき、やがて人一人分くらいの大きさになると花が開くみたいにして繭が解けていく。

 そして術が解けたその場所に、金城さんの姿は無かった。

 金城さんが消えてしまった。


「そんなっ…殺さないって…言ったのにっ…!」

「いや、殺してねえよ?ちょっと遠くの山中に飛ばしただけだって」


 愕然として呟く私に繧繝さんが即座にツッコミを入れる。え?と振り返ると繧繝さんが呆れた様子で溜息を吐き出した。


「今使った『飛輪』は対象を遠くに移動させるだけの術だ、馬鹿みたいに霊力食うしちょっと着地に難はあるけど殺傷能力はねえから。そんなホイホイ人殺すわけねえだろ」


 繧繝さんの言葉をゆっくり頭の中で噛み砕く。遠くに移動させる、殺傷能力は無い。それはつまり、


「瞬間移動みたいな感じですか?」

「そういう感じ。金城のおっさん、ひょろいくせしてバリバリの武闘派なんでな。麦ちゃん庇いながら戦うのはちょっと厳しかったんで退場してもらったってわけ」

「圧倒するって言ってませんでした?」

「まともに術が使えるならな?おっさんが術封じを再発動したらイタチごっこになるだけだろ。麦ちゃんの鬼を助けに行かなきゃだし時間掛けてられないんでな」


 時間があれば倒せたみたいな言い方である。正直見た目だけなら繧繝さんより金城さんの方が強そうだったけれど。でも瑠璃と紅玉も見た目だけなら派手な紅玉の方が強そうだけど実際はそうでも無いのだし、素人が見た目だけで相手の強さを判断するのは止めた方が良いだろう。まあ、私なんかは見た目以外に情報を得る手段が無いので強弱について判断しない方が良いということになってしまうが。そもそも相手の強弱が分かったところで戦闘能力皆無な私より強いことはほぼ確定しているだろうから何の意味も無い情報である。


「その、いろいろ聞きたいことはありますが…取りあえず、繧繝さんはどうやって私が麦茶だって分かったんですか?」

「ん?そりゃ万歳してんのが見えたから。別に万歳じゃなくても遠くから見て分かりやすい動作なら何でも良かったんだけどな。万が一人違いだったら困るし」


 あの万歳、イタズラじゃなくてちゃんと理由があったのか。いや、そうじゃなくて。


「つまり万歳はただ最終確認をしただけですよね。それって繧繝さんはメッセージを送ってきた段階で金城さんに追われていた私が麦茶だって知っていたということになると思うんですけど…」


 繰り返しになるが私は努めて個人情報に繋がるような発言はしないように気を付けてきた。当たり前だが鬼に関することなど一切発言していない。私が、あるいは金城さんに追われていた人物が麦茶だと言うことは繧繝さんは本来分かるはずが無いのである。

 繧繝さんは返答に困っているのか、うーん、と少し考える素振りを見せてから口を開いた。


「その『繧繝さん』って呼ぶの止めてくれねえ?」


 全然違う内容が返ってきた。そのせいで一瞬何を言われたのか分からなかった。


「繧繝ってのは称号みたいなやつだから関係各所に呼ばれんのは平気なんだが、麦ちゃんに呼ばれるとなんか恥ずかしいからさ」

「え?えっと?…なら、私も麦ちゃんって呼ぶの止めてもらって良いですか?本名にかすりもしてないので…」

「あー、そうだな。そういやお互い自己紹介も未だだった」


 自己紹介も何も、繧繝さんは既に私の名前を知っている様子だったからあまり必要性を感じないけど。まあ、私が繧繝さんの名前を知らないのは事実なのでここは黙って応じるとしよう。


「俺は繧繝衆第八十二代目当主『繧繝』にして元守護四役第二席、日下部実晴だ」

「如月妃芽、高校二年生です。…えっと、サネハルさん?」

「そんな畏まらなくて良いって。いつも通りハルちゃんのままで構わねえよ、それにいつも敬語使ってなかったじゃん」

「そのいつも通りはオフラインでは通用しないんです」

「でもさっきはハルちゃんって呼んでただろ?」


 そんなことあっただろうかと私は首を傾げ、心当たりに行きつくとあっと思わず声を上げた。

 確かにほんの一時だけハルちゃんと呼んだ。繧繝さんに黎明の剣を上げると言ったときの話である。繧繝さんになんとか味方になって貰いたくて、ゲームのフレンドとしてなら助けてくれるんじゃないかという打算込みで呼んでしまった。

 迂闊だった。黎明の剣だけであんなに色の良い反応をしてくれたのだからハルちゃん呼びする必要無かったのに。まさか『あの時はこういう理由があって呼んだだけで、今はそうじゃないので呼べません』なんて馬鹿正直に言えるわけが無い。最低過ぎる。最悪の場合、折角味方になってくれた繧繝さんが掌を返してしまうかもしれない。それは避けたい。


「…分かったよ、ハルちゃん。これで良い?」

「おう、完璧。これからよろしくな、妃芽ちゃん」


 渋々と私が呼び方を変えると繧繝さん、いや、ハルちゃんは満足げに返事をする。悔しいかな、私の鬼のお陰で年上に敬語を使わないことにあまり抵抗が無い。鬼相手以外には役に立たないと思っていたのにまさかこんなところで役に立つとは。


「そんじゃ、自己紹介も済んだことだし妃芽ちゃんの鬼を助けに行くとしますか」


 ハルちゃんはそう言ってパチンと指を弾いた。するとハルちゃんの目の前にピンポン玉サイズの小さな球体が十個ほど現れて四方八方に散っていく。何の術だろう。術を見れば何の術か分かるようになれるみたいなことを瑠璃は言っていたが正直出来る気がしない。まあ、状況から考えれば鬼の加勢になるような術か鬼を探し出す術なのだろうけど。


「ハルちゃんは何で私を助けてくれるの?」


 私が質問するとハルちゃんは心底不思議そうに首を傾げる。そんなに不思議な質問でもないと思うのだけど。

 私がハルちゃんに味方になってと言ったのは『金城さんを説得するのに私じゃ相手にならないから対等に話しているハルちゃんが味方に付いてくれたら良いな』程度の甘い認識からだった。それがまさかハルちゃんも金城さんと同じ守護四役とかに所属していて、それを裏切ってまで味方になってくれるなんて誰が予想出来るだろう。そんな思い切った決断をまさか本当にゲームのアイテムの為にするとは思えないし。


「何だよ、突然。ひょっとして疑ってるのか?」

「助けてくれることは疑ってないけど正気は疑ってる」

「辛辣。それが本音だとしてももっと優しい言葉を選んでくれよ、傷つくだろうが」


 傷つくとか言っている割にハルちゃんが気にしているようには見えないのでただの冗談なのだろう。この人、意外と雑な扱いをしても大丈夫そうだ。


「落ち着いてから説明するけど、妃芽ちゃんと妃芽ちゃんの鬼を助けることは俺にとって結構利点が大きいんだよ。ちゃんと助けてやるから心配すんなって」


 先程は私の鬼を助けることは割に合わない、私を助けるのがギリギリのラインだ、と言っていたのに。この短時間で一体どういう心境の変化だろう。

 

 そこでふと、ハルちゃんが軽薄な笑みを消して川の下流の方向を見た。川の下流、私が来た方向であり恐らく紅玉が居るであろう方向である。そのことから考えるとハルちゃんがさっき使った術は鬼を探すものだったのだろうと一人で勝手に納得する。


「妃芽ちゃん、こっちに向かってくる鬼の反応が二つあるんだが…どっちが妃芽ちゃんの鬼だ?」


 深刻な顔をしているハルちゃんの質問に、へ?と間抜けな声を出してしまった。

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