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金城は大鎌の術式『紫金』を片手に繧繝と如月妃芽を真っ直ぐ見据えた。
現在目の前の二人には戦闘能力はほとんど無いと言っても過言ではない状況。本来であれば紫金を使う必要は無いと思える状況だが、金城は欠片もそのように捉えていない。表には出さないがこの二人を相手取るには自分一人では戦力不足ではないかと危惧しているくらいだ。
繧繝衆の当主、繧繝。彼自身の霊力は微々たるものではあるが霊力の扱い自体が群を抜いて優れており、制限を受ける中でも金城の攻撃を最小限の霊力で弾いてくる。簡単に弾いているように見えるが実際にやろうと思えば緻密な霊力のコントロールとずば抜けた反射神経が求められることだろう。金城が繧繝と刃を交えるのはこれが初めてであるがほんの数回の攻撃だけでも彼が天才と呼ばれる理由が良く分かる。敵に回してこれほど厄介な相手もそう居ないだろう。しかしいくら繧繝が天才的な術使いであっても万全ではない状態では金城の攻撃を弾くより避ける方が効率が良いはずだ。
繧繝が攻撃を避けない理由、それは恐らく彼のすぐ後ろに居る少女のため。
如月妃芽。彼女は一体何を企んで繧繝を盾にしているのだろう。使いに出したとか言っていた彼女の鬼が戻って来るのを待っているのだろうか。そもそも何故自らの側に鬼を置かなかったのか。この状況で自分の身の安全より優先するような事案があるのだろうか。彼女のその一手が金城の首に手を掛けるような決定打になるのではないか。そうでなければ如月妃芽が丸腰で金城を待っていた理由が説明できない。だがその決定打が何なのかが分からない、それが歯痒くて仕方なかった。考えれば考えるほど思考が雁字搦めになっていくような感覚がして金城は眉間にしわを寄せる。常に金城の先手を取る彼女の思考はまるで未知の言語を暗号に落とし込んだかのように複雑で難解だ。
だからこそ彼女が必須として寝返らせた繧繝のことを盾にして動かないでいることが不可解でならない。何か金城には考えもつかないことを考えていそうなのにそれが何か分からないことが薄気味悪くて仕方がない。出来ることなら増援を呼んで早く片を付けてしまいたいのに甲級の捕獲に駆り出しているせいでそれも出来ない。本来ならば甲級捕獲の方が優先順位が高いので二人を見逃し甲級捕獲に向かうことが金城にとっての最善だと頭では理解している。だが如月妃芽を放置するという選択肢は金城の中には存在しなかった。
それも全部彼女の策略の内だと言われても金城はもう驚かない。そう言われた方がすんなりと納得できるくらいに金城は如月妃芽のことを評価していた。
繧繝が術使いの天才であるならば如月妃芽は謀略の天才だ。聡い彼女のことだから無力な己を自覚しているはず、一人であればその一生を凡愚の中に埋もれて終えていたかもしれない。たとえその才を活かす場が無くとも平凡に幸せになる道を選んだかもしれない。何故ならその方が気楽であり安定的であり平和的だからだ。
しかし彼女は一人ではなくなった。手に入れてしまった、謀略の才能を活かす場と力を。野放しにするにはあまりに危険。敵に回すなど言語道断。だからと言って腹の中に虫を飼うつもりも無い。
極論、如月妃芽の出方次第でこの場で彼女を殺してしまうのが最善であると金城は考えている。故に繧繝の霊力切れを狙って攻勢に転じ確実に畳みかける。一瞬でも隙が生まれれば反撃の牙は簡単に金城の喉を食い破るだろう。わずかな油断も失敗も許されない。
金城の見立てでは繧繝が術を弾けるのはあと二、三回が限界だ。その後の行動は予測できない。ならいっそのこと完全な霊力切れになる前に攻勢に出るべきかもしれない。向こうも霊力切れのタイミングで戦況が動くと考えているだろうからそのほうが裏をかけるだろう。次の一手を決め金城が紫金を振り抜き、発動した術が二人に襲い掛かる。
まさにその瞬間だった。
金城が手に持っていた紫金、大鎌の形をした術式が突然崩れて跡形も無く消え失せた。紫金だけではない、金城がたった今放ったはずの術も二人に届く前に霧散する。
「………なっ、?!」
金城は目を見張り、目を疑った。時間にして瞬き一つ分、そのほんの短い時間の内に綿密に編み上げた紫金の術式がいとも簡単に解かれ練り上げた霊力が散り散りに消えていく。残ったのは極わずかな術があった痕跡だけ。
一つの現象として金城はそれの名前を知っている。だが直接目にするのはこれが初めてだった。
白消。
敵も味方も関係無く、一切の慈悲も無く、前兆も音さえも全く無く。それでいて嵐の後の如く見るも無残に術式を食い散らかす、術を扱う全ての存在にとっての天災。あまりに理不尽、あまりに不条理。術式など取るに足らないものだと言わんばかりに踏み躙り個の努力など無意味だと嘲笑ってくる人間の理解の範疇を超えた現象。
「ふ、はははははっ!」
突然のことに呆ける金城の意識を現実に引き戻したのは快活な繧繝の笑い声。金城が呆然としていたのは一秒にも満たない間だけだったがその時間が致命的な隙となった。
「おっさん、悪いな。今回は俺の…いや、俺たちの勝ちみてえだ!」
繧繝が手首に括り付けてある組み紐を一つ外した。金城は混乱する頭で繧繝の行動の意味を探す。術を使うつもりだろうか、だが繧繝の霊力は大半が天狼由来のものというのは周知の事実だ、金城の術封じが発動している状況では大した術は使えないはず、仮に術が使えるなら何故今まで使わなかったのか、使える状況ではなかったのだろうか、それならば何故今になって。
そこで金城の思考はようやく正常に動き出す。そして理解する。白消によって金城の術封じすらもかき消されていることを。
「圧縮術式第伍番『飛輪』」
組み紐がひとりでに解け、解けた糸の先から術式が溢れだす。複雑な術式とそこに惜しげも無く注ぎ込まれる膨大な霊力。先程の攻撃で繧繝は天才だと肌で感じてはいたものの、全力を出せる状態の彼を前にするとそれすら過小評価だと言わざるを得ない。
術封じを再度発動、否、間に合わない。せめて術の射程外へ。そう考えた金城はすぐに跳び退ろうとする、が、足が動かない。見れば金城の足元は術式によってその場に固定され動けないようになっている。金城が見せた一瞬の隙、それが命取りとなった。
「くっ…!繧繝、貴様っ!!」
「じゃあな。今日は天気も良いしハイキングでも楽しんできてくれや」
金城が再び紫金を出して拘束を斬るより先に、得意げに笑う繧繝の術が発動した。




