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「俺、守護四役抜けるわ」
繧繝さんの言葉に私は首を傾げる。というのも私が頼んだのは味方になって欲しいと言うことであり、守護四役とやらを抜けることではないからだ。
守護四役。金城さんの口から何度か出ていた単語である。状況が状況なだけに『それって何ですか?』とか聞ける雰囲気ではなかったので何となく聞き流してしまっていたが、金城さんみたいに鬼に関係している人たちの集まりなんだろうな、くらいの認識は一応出来ている。そして鬼の力を使って鬼に対抗しているんだろうということも今までの会話から察している。
守護四役を抜ける、ということは繧繝さんは現在守護四役に属しているということなのだろう。初めて知った。そもそも今日初めて会ったのだからそんな込み入った事情は知らなくて当然か。仮にゲームのメッセージ上でそんな話をされたとしても反応に困っただろうし繧繝さんのネットリテラシーを疑うだけだったことだろう。
偉い立場に居るみたいなことをさっき繧繝さんが言っていたので、きっとそれが守護四役とかいうもののことなのかもしれない。それで私の味方になって貰うにはそれを抜ける必要がある、と。わざわざ抜けなくてはならないと言うことは特定の人物の味方になってはいけない、みたいな規約があるのだろうか。
でもこんな風に部活を辞めるような軽いノリで抜けて良いものなのか。活動内容も結構重要なことをしているみたいだし金城さんの口ぶりからして厳格な組織だと勝手に思っていたのだけど、繧繝さんの態度からすると案外そうでもないらしい。金城さんの纏う厳かな空気のせいでそう思い込んでしまうところだった。危ない危ない、気を付けなければ。空気は吸うものであり読むものであっても流されるものではないのだから。
「…一応確認するが、自分が何を言っているか分かっているのか?」
金城さんを見て、私のその甘い考えは間違いだったと瞬時に理解する。
金城さんの警戒と敵意を露わにした表情はとても退部する部員を引き留める顧問のそれではない。私と話していた時も何故か異様に警戒していたが今の金城さんはその比ではなく、こちらが何か少しでも怪しい動作をしようものなら即座に制圧に動き出しそうな気迫を感じる。
「当然。こんなんでも繧繝衆の当主だ、守護四役を裏切ってどうなるか分からないほどアホじゃねえよ。それを踏まえた上で如月妃芽の味方をするのが一番有益だと判断した、そんだけだ」
相変わらず軽薄な笑みを浮かべる繧繝さんを見る。すると私の視線に気づいた繧繝さんがこちらを見て笑みを深くした。私はその笑顔を見て血の気が引く。
待って、裏切るって何?今そんな話していたっけ?いつからそんな話になっていたの?そしてそんな状況で何で繧繝さんは笑っていられるの?というかこの人、ゲームのアイテムの為に金城さんを裏切ったの?結果的に裏切らせた人間としてこんなこと言うのも気が引けるけど、冗談でしょ?
「本来なら馬鹿な冗談だと鼻で笑ってやるところではあるが…今回ばかりは笑える状況ではないようだ」
「無理に笑う必要はねえよ、ウケ狙いでやってんじゃねえからな」
「そうか、なら遠慮は不要だな。全力で行かせてもらおう」
深刻な顔をした金城さんがスーツのポケットから一枚の紙を取り出して手の中で握りつぶした。次の瞬間、金城さんの身長と同じくらいの大鎌が手元に現れた。術であの鎌を作ったのだろうか、それとも元々持っている鎌を術で収納でもしていたのだろうか。大鎌を持つ金城さんはその容姿と相まってまるで死神のようだ。とても強そう、勝てる気がしない。
「守護四役第三席、金城清。参る」
繧繝さんは軽薄な笑みを消して金城さんと静かに対峙する。
「あの、繧繝さん。これ大丈夫なんですか?」
「んー……まあ、ヤバい。滅茶苦茶ピンチ」
話している間に金城さんが大鎌を大きく一度振った。すると衝撃波のようなものがこちらに目掛けて襲い掛かる。
「よっ、と!」
「ぅ、え?!!」
身構える私をよそに繧繝さんはその衝撃波を片手で弾き、皮膚に振動が伝わるほどの轟音が周囲に響き渡る。もしこの攻撃が直撃していたら、考えただけで生きた心地がしなくなった。今の攻撃を何の躊躇いも無く人に向けて放てる金城さんもどうかと思うが、それを片手で簡単にいなしてしまう繧繝さんもかなり常人離れしていらっしゃる。お願いだから常人を巻き込まないで欲しい。
「いや、正直やり合うことになるのは想定外っつーか、この場は見逃して貰えると思ってたんだよ。殺されはしないと思うが…。真正面からぶつかると面倒が多いから少なくとも今おっさんから直接仕掛けてくることは無いと思ってたんだけどな。麦ちゃん、何かおっさんの逆鱗に触れるようなことした?」
「私は何もしてない、と思うけど…多分瑠璃が、私の鬼が何かしたんだと思います」
多分、なんて言ったけど瑠璃が金城さんに対して何かやらかしているのはほぼ間違いない。彼は一体どんな失礼な挨拶をしてくれたのだろう。お陰で主がピンチだ。
金城さんの二撃目を弾いてから、まずいな、と繧繝さんの表情が初めて曇る。
「さっき言ったけど俺の霊力は大半が鬼由来なんだよ。んで、今はおっさんの術封じが発動中だ」
「術封じ?」
「そ。おっさんが鬼と戦う時に使う術なんだが、これが発動していると鬼は術が使えなくなる。オーケー?」
「お、おっけー」
「ついでに霊力が鬼由来な俺も大半の力が使えないクソ雑魚になる。そのクソ雑魚と非戦闘員な麦ちゃん相手におっさんは手加減無しでやり合う気満々だ、オーケー?」
「全然オーケーな状況じゃないことだけはよく分かりました」
どうやら瑠璃が術を使えなくなっていたのは金城さんの術が原因らしい。そして術を使えなくなるのは鬼だけで人間は使うことが出来る、だから今金城さんから攻撃を受けている。でも繧繝さんは何故か鬼と同様に術を使えない。だから防戦一方の状態になる、と言うことなのだろう。
「こ、攻撃を弾いてるのは術じゃないんですか?!」
「術って言えるほどやつじゃねえし、攻撃を弾いてんのは鬼由来じゃない俺自身の霊力でやってんだよ。それもゴミみてえな量しかねえから絞り出してもまともな術は使えねえし、おっさんに押し切られんのは時間の問題だ。どうしような?」
「そんな他人事みたいに…っ!」
「せめておっさんの術封じが無ければやり様はあるんだけどな」
話しながら繧繝さんがまた術を弾く。繧繝さんが手加減無しでやり合う気満々と言っていた割には随分と悠長な攻撃だ。連発出来ないのだろうか。それとも繧繝さんの力が尽きるタイミングを計っているのだろうか。金城さんの人となりを詳しく知っているわけではないけれど、今までの少ないやり取りの中から考えてみると慎重な人のようだし後者のような気がする。どちらにしても私たちに残された時間はあまり無さそうだ。瑠璃が紅玉を連れて戻って来るまで持つか分からないし、そもそも二人のところに追加の追手が向かっていると金城さんが言っていたからこちらに来れるかどうかも分からない。むしろこちらから助けに行かなければならない状態なのかもしれない。助けを期待して待つのは得策ではない。
だから、今の私に出来るのは繧繝さんを信じることだ。
「術封じとか言うのが無くなれば金城さんに勝てますか?」
「はあ?」
繧繝さんが私を一瞥してすぐに金城さんの方向へ視線を戻す。どうやら軽いのは口調だけで繧繝さんもかなり余裕が無くなってきているようだ。
「まともに術を使えりゃ勝てるに決まってんだろ、俺を誰だと思ってんだ?おっさん一人くらい圧倒してやるよ」
「金城さんを殺さない方向で?」
「いや、当たり前だろ。殺さねえよ、物騒だな」
「それを聞いて安心しました」
良かった。繧繝さんは私の鬼たちよりまともな常識を持っているようで安心した。いや、繧繝さんは人間なのだから鬼と比べるべきではないか。でも人間でも金城さんみたいにいきなり攻撃してくる人もいるのだし、味方をしてくれる繧繝さんがそうじゃないのは喜ばしいことだ。
そもそも不利な状況であるにもかかわらず私を見捨てず、掌を返して金城さん側に行かず、こうして攻撃から庇ってくれている時点で信頼するには十分だ。単純に黎明の剣がまだ手に入っていないから助けてくれるだけかもしれないけど。でもこの急場を凌がなければ譲渡出来ないからそれまでは信用して良いと思う。
金城さんが大鎌を振りかぶる。繧繝さんと違って金城さんの表情には焦りも疲労も感じられない。だからと言って追い詰められている私たちに対して油断をしている様子も見受けられない。フェイントみたいな真似は恐らくしないだろう。
金城さんが大鎌を振り抜き術が発動したタイミングで私は、
ぱんっ、と手を叩いた。




