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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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 紅玉は襲い掛かって来る鬼を一振りで切り捨てる。袈裟斬りにされた鬼が苦悶の表情を浮かべる中、息つく暇も無く次の鬼が切りかかって来たのを一度扇子で受けて力任せに押し返した。


「くっ、雑魚が次から次に…切りが無いっ!」


 息つく暇も無くまた別の鬼が攻撃に加わる。そして紅玉が先程切り伏せた鬼の元に人間が駆け寄り術を使って傷を回復させる。その様子を横目に見て紅玉は悪態を吐いた。


 敵は鬼と人間が五人ずつ。単純な数と能力だけで言えば紅玉が後れを取るような状況ではない。

 だが不必要な殺生を戒める妃芽の命令と鬼だけが術を使えないと言う状況が紅玉に苦戦を強いていた。

 力量だけであればこの場に居る誰よりも紅玉が上だ。勝つことだけを目的とするならば背後に居る人間を先に殺し回復手段を断った状態で鬼たちの角を順番に折っていけば良い。しかし角を折らなければ死なない鬼と違って人間を攻撃すれば万が一という可能性がある。


 紅玉の脳裏を過るのは狡猾な性格でまんまと妃芽の一ノ鬼の座をかっさらった憎たらしい存在、瑠璃だ。下手に誰かを殺し痕跡を消しきれなかった場合、あの鬼はまず間違いなくその痕跡を探し出して妃芽に告げ口する。そして紅玉を捨てるように進言するのだろう。妃芽があの鬼の言われるままに自分を捨てることなどあり得ないとは思っているが万が一と言うこともある。この場に居ないにもかかわらず見事に足を引っ張ってくれるのは本当に忌々しいことこの上ない。


「なんだ、まだ生きていたのか」


 そんなことを考えている最中に聞こえてきた声。敵を払って振り返ればまさに今思い浮かべていた人物の姿がそこにあり紅玉は苦々しく表情を歪めた。

 

「…瑠璃」

「折角遠回りしてきたというのに…さっきの鬼もそうだがこの辺りの鬼は程度が低いみたいだな」


 鬼が増えたことに対して敵から動揺が伝わってくるがそんなことお構いなしに瑠璃は悠然と紅玉の元へと歩いていく。散歩でもしているかのようにゆっくり歩いているだけなのにこの場に居る誰もが一瞬で瑠璃へと警戒の対象を切り替えたのが伝わった。

 まるで自分の存在が軽視されているようで不愉快ではあるが、同時に敵勢の判断能力に紅玉は感心する。認めるのは大層癪ではあるが今この場において一番強いのは自分ではなく性格に難のあるこの鬼に違いないのだから。実際に戦ったことがあるからこそ紅玉はこの場にいる誰よりも瑠璃の強さを理解しているつもりだ。


「何をしに来た、性悪」

「お前を助けろという命令を受けた。そうでなければ誰がお前のような無能に会いにくるものか」


 そう言うと瑠璃は紅玉の隣を通り過ぎて河川敷に設置されていたコンクリートのベンチに腰掛け、習慣からか煙の出ないキセルをくわえる。助けに来たにしては随分と悠長な行動に理解出来ず紅玉が眉を寄せていると瑠璃は呆れた様子で煙の代わりに溜息を吐き出した。


「何をしている、紅玉。早く続きをしろ、そして使い古された雑巾のように惨めったらしくずたぼろにやられてくれ。じゃないと助ける気が起きないだろう」

「貴様、主の前でもそこそこ性悪だが主の前以外だと本当に性格最悪だな!」

「主以外に気を遣う必要を感じないな、ましてお前に遣う気など一厘たりとも持ち合わせが無い」

「ふん、懐の狭い男だな」

「倹約家と言って貰おうか、節制は美徳だろう」


 言い合っている間に警戒しながら人間が鬼の回復を始めるのを紅玉は視界の端で確認する。さっきまで忌々しくて仕方なかったそれが、今となっては悪あがきにしか見えない。自分を相手にするだけでも攻め切れない相手がこの鬼に敵うはずが無い。瑠璃と言う鬼それほどに厄介で強力だ。


「それとも何か、助けて欲しいと思っていたのか?命令もあることだし額を地面に擦り付けて慇懃に頼むのであれば助太刀してやらないこともないが」


 そして何より厄介なのはこの性格であると、紅玉は秀麗な顔をこれでもかと歪めてみせる。何がどうしたら妃芽のような無欲で善良な人間のもとにこんな腹の奥底まで真っ黒に染まっていそうな鬼がやって来るのか、そして何故妃芽が側に仕えることを許しているのか。全くもって理解出来ない。


「誰が貴様のような性悪に物を頼むものか!主の下命を軽んじるような愚物を頼るつもりなど元より無いわ!!」


 紅玉が叫んだ瞬間、鬼を回復させていた人間の体がふっ飛ばされる。

 突然のことに瞬きをしている間に宙に投げ出された人間が地面に叩きつけられ一、二度バウンドして動かなくなった。


「誰が、何を軽んじていると?」


 いつの間にベンチを立ったのか、その人間がさっきまで立っていた場所には瑠璃が立っていた。一拍遅れて回復を受けていた鬼が喚きながら襲い掛かって来るのを瑠璃は一撃で地面に沈める。

 命令違反を指摘されて加勢に転じたともとれるが恐らくそうではない。紅玉の言葉が逆鱗に触れたが紅玉を攻撃すれば一ノ鬼の座が危うくなるから代わりに敵を攻撃したのだ。つまり八つ当たりである。

 紅玉は追撃を加える瑠璃から視線を外してふっ飛ばされた人間を見た。他の人間が駆け寄って容態を確認しているが苦悶に歪む顔からは血の気が失せ腕が通常ではあり得ない方向へ曲がっている。


「おい、人間が死ぬぞ」

「存命に関わりの無い骨を何本か折っただけだ、放置しなければ死にはしない。仮に放置されて死んだとしてもそれは放置した奴が悪いのであって僕の責任ではない」

「はっ、貴様以外には通用しない詭弁だな」


 話ながら瑠璃は話題の人間に一瞥もくれることなく鬼の両手足の骨を手早く淡々と折っていく。そして身動きがまともに取れなくなったところでその鬼の角の先端を折った。

 他の鬼は臨戦態勢を取ってはいるが襲い掛かって来る様子は無い。今の短い戦闘とすら呼べない瑠璃の攻撃を目にして勝ち筋が無いと判断したのだろう。それでも負傷した人間や角を折られた鬼を見捨てて逃げ出さない辺り瑠璃よりは人間的な情がありそうである。


「そんなことよりさっきの発言を訂正しろ、僕は主命を軽んじたことは一度も無い。この世の誰より何より僕は主を重んじている」

「訂正する必要がどこにある?今の行動をそんなことの一言で片付ける貴様の考え方自体が主の命令から逸脱しておるのだ。愚物はそんなことも分からんのか」

「それを判断するのはお前じゃない」

「貴様が判断するわけでも無かろう。答え合わせがしたいのであれば今の出来事をありのまま主の耳に入れれば、」


 不意に、紅玉は言葉を区切る。

 張り詰めていた何かが弛むような感覚。その異変に気付いたのは紅玉だけではなかった。瑠璃は勿論、敵である人間や鬼たちにも動揺が走る。


「おい、性悪。今のは…」


 紅玉が何か言うより先に瑠璃がキセルをくわえて煙を吐き出した。

 煙が出た、それはつまり術が使えるようになったことを意味している。


「術が解かれた?…いや、これは……」


 焦る瑠璃の頭に最悪の予想が過る。


「妃芽が、手を叩いた?」


 それは主である妃芽が敵と遭遇したことを意味していた。

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