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待って、なんで特定されたの?どうやって特定したの?名前や住所は当然として、住んでいる地方や年齢に繋がるような大まかな情報でさえも意識して発言しないようにしていたはずなのに。細心の注意を払って来たはずなのに。え、待って。怖い。普通に怖い。なんでこの人、他人の個人情報特定しておいて笑顔で登場出来るの?ハルちゃんとは仲の良いフレンドだったけどオフラインでこんな出会い方したくなかった。助けてもらっておいてこんなことを言うのは気が引けるけど、目の前の繧繝さんがいろんな意味でとても怖い。
「面識が無いと言う割には随分と親しげだな、お前たちは一体どういう関係だ」
「しつけえな、俺らがどういう関係でもアンタには関係無いだろ。なんで俺の交友関係をおっさんに懇切丁寧に説明しなきゃならねえんだよ。アンタは俺の保護者か?違うだろ?」
困惑する金城さんに繧繝さんは鬱陶しそうに溜息を吐き出した。いや、でも普通このタイミングでゲームのフレンドと遭遇するなんて思わないだろうし、仮に遭遇しても助けるなんて思いも至らないだろうし。どちらかと言えば非常識なのは繧繝さんの方なので繧繝さんに同調するよりは金城さんに同情してしまう。
「お前の交友関係に興味は無いがこの場においては無関係では無い。そこに居る如月妃芽は先日討伐対象に指定された鬼の主人、この件に関しては当事者だ」
「え、嘘?マジで?あ、だからおっさんが追いかけてたのか!」
繧繝さんがたった今初めて聞きましたみたいな驚いた顔をして私を見たことに驚いた。
そこは知らないの?!それを知っていて助けてくれたんじゃないの?まさか本当にゲームのフレンドだからという理由だけで助けたの?
「彼女の身柄を確保すればこちらの被害は最小限で抑えられる。それを妨害するのであれば守護四役の決定に背くものとしてこちらも対応するが?」
繧繝さんが金城さんと私を交互に見てうーんと唸る。どうしよう。やっぱり金城さんに引き渡す、とか言い出さないだろうか。繧繝さんはヤバい人だけど敵ではなさそうだし、確実に敵である金城さんの下に行くよりは取りあえず繧繝さんについていきたい気持ちはあるのだけど。
繧繝さんは少し考え込んでから何か閃いたように、あっ、と声を上げた。
「でも、アレだろ?如月妃芽を捕縛しろっていう命令が出てるわけじゃねえし、おっさんの討伐を俺が直接妨害しているわけでも無い。なら如月妃芽を俺が連れていくこと自体は別に問題ねえよな?」
「被害を減らせる方法を前にしてそんな屁理屈が通ると思っているのか?」
「思うね。そもそも彼女からは霊力の類を一切感じない、ってことは使役も出来ないだろ?仮に鬼が自分の意思で麦ちゃんに従っていても縛りが無いなら不利益が生じる前に裏切る可能性が高い。ならおっさんは最初から麦ちゃん無しの小細工抜きで討伐に専念するべきじゃねえの?」
「待て。誰だその、麦ちゃんと言うのは」
「ここに居る如月妃芽のことだよ、話の流れから分かるだろ?いちいち話の腰を折るんじゃねえよ」
金城さんが悪いみたいな言い方をしているけど今のは繧繝さんが悪い。金城さんからしたら何で私が麦ちゃんなんて名前にかすりもしない呼び方をされているのか分からなくて当然だ。
「待って、えっと…繧繝さん、どういうことですか?」
「いつも通りハルちゃんで良いぜ」
そのいつも通りはオフラインでは通用しない。
繧繝さんは少しだけ言いにくそうに視線を泳がせた後、それでもやはり軽薄な笑みを浮かべて口を開く。
「結論だけ言うと、麦ちゃんの鬼は諦めてくれってこと」
え、と意図せずに声が喉から零れ落ちた。
鬼を諦める。繧繝さんが言っているのは多分、金城さんがこれから鬼を狩るから見殺しにしろということだ。
「あ、諦めるって…なんで…」
「麦ちゃんが自分の鬼を助けたいっていうなら助力したい気持ちはあるが、俺にとっては鬼はあくまで麦ちゃんのオマケだ。んで、この件に関してはオマケを助けるには割に合わねえことが多すぎる」
「割に合わない…?」
「そ。デメリットって言った方がいいか。俺、これでも結構偉い立場に居るもんだから背負っているものも多くてな、気軽に決まりごとを蹴ったりするわけにはいかねえんだわ。代わりと言っちゃなんだけど麦ちゃんの身の安全だけは保証するからそれで勘弁してくれ」
繧繝さんの言葉に私は愕然とする。初対面ではあるけれどゲームのフレンドという理由だけで助けてくれるような情に厚い人だと勝手に思っていたから、そんな簡単にメリットデメリットで物のように鬼を切り捨てるなんて予想外だった。
私が瑠璃や紅玉を助けたいと思うのと同じように繧繝さんには繧繝さんの事情がある。それなのに私は友好的な態度で接してくる繧繝さんに漠然と助けてもらえる気でいた。繧繝さんからしたら私の鬼なんて見たことすらない相手だと言うのに、図々しいにもほどがある。
「そんな顔されても無理なもんは無理だ。正直麦ちゃん助けるだけでもギリギリのラインなんだぜ。これ以上は俺にメリットが無い。俺の力は鬼由来だから今の状況でおっさんとまともに戦うのはキツイし、戦ったら戦ったで面倒が多いし」
繧繝さんは敵じゃない、でも味方でもない。たまたま私に興味があって助けてくれるだけだ。本来鬼を助けるために動かなければならないのは繧繝さんではなくて私だ。だけど私一人の力では金城さんに対抗することなんて出来るわけが無い。
二人を助けるには繧繝さんを味方に付けなくてはならない。じゃあ、繧繝さんを味方につけるにはどうしたらいいのだろう。どうすれば助けになってくれる?繧繝さんにとってデメリットを考慮しても釣り合いが取れるくらいのメリットが何かあれば、あるいは。
『メリットって、例えば?』
『主に不満があって鞍替えしたいとか、喉から手が出るほど欲しいものを貰えるとか』
思い出したのは少し前の瑠璃との会話。繧繝さんが金城さんに対して不満を持っているかどうかなんてオフライン初対面の私が知る由も無い。今までのやり取りからすると顔見知りだけど仲は特別良くも悪くもないといったところだろうか。まともに戦うのはキツイとも言っていたし、多分対立はしたくないのだろう。
だけど私は知っている、そして持っている。
繧繝さんが喉から手が出るくらいに欲しがっている物、ゲームをプレイしている全ユーザーの憧れと負の歴史の象徴を。
「繧繝さん……ううん、ハルちゃん。私は自分の鬼を見捨てるようなことしたくない。だから私の味方になって、鬼を助けて下さい」
「いや、だからな…それは無理って、」
「もしハルちゃんが味方になってくれるなら、私は!」
否定的な繧繝さんの言葉を遮るように声を張り上げる。私の鬼の命がかかっているのだ、怯んでなんていられない。金城さんにも聞こえるだろうが構うものか。
「『黎明の剣』をあなたにあげる!!」
は?と、繧繝さんが目を丸くした。




